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流星のネコ  作者: 双見トート
第二章・学園編「夏空、秋雨、冬の陰り」
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第14話「模擬戦大会」

そろそろ戦闘回が近づいて参りましたが、第一章同様ギスギス不穏な空気も漂ってきます

 夏が終わり、9月に入るとカミツレではひとつの話題で持ち切りになる。


 模擬戦大会。


 一年と二年で行われる大規模な模擬演習。


 球技大会が無い代わりに行われるもので、しかし、5月の鬼ごっこを見れば分かる通りに上級生の独壇場である。


 しかし、今年の一年生は違った。


「「「鬼ごっこのリベンジがしたい!」」」


 沢山の生徒がネコに詰め寄り、怨嗟のこもった声で叫んだ。


 要約すれば、義継と模擬戦で大立ち回りしたネコに教えて貰えば自分達も一矢報いることが出来るはずと、教えを乞いているのだ。


 ネコはというと、困惑としか言いようのない表情をしている。


 確かにネコの操縦技術は卓越したものだ。二年生と模擬戦をしても引けを取らないだろう。


 だが、飽くまでもネコは操縦技術だけで、ミーティアでの戦闘技術は持ち合わせていない。


 それゆえに、義継に苦い実質的な敗北を喫したわけだが。


 それでも、ミーティアでここまで熱くてなってくれるのはネコも喜ばしいことであるし、忘れがちだが、ミーティアの教えを乞われたときに教授するのが役目。


 結局、断り切れずに引き受けてしまった。


「安請け合いするものではありませんよ、ネコ」


 ネクに言われて、ネコは肩を竦めながら応える。


「そうは言ってもねぇ……」


 寮でネコはスマホで空戦技術について書かれた記事を読んでいるが、ミーティアでの空戦技術など、どこにも書いてはいない。


「どうしたらいいんだ~~」


「少しいいか、ネコ」


 ソファに身を預けていると、筋トレを終えた義政が声をかける。


「どうしたの?」


「ネクは使えないか?」


「ネク? どうするの?」


「凄いAIなんだろ? 戦闘技術の指南だって出来るんじゃないか?」


「ネク、できる?」


 二人は画面を見る。


 ネクはいつもの無機質な表情で、なんでもないように答えた。


「一流のパイロットにしてみせます」



 そして、翌日の放課後。


 ネコは教室のブラックボードにスマホを接続して、ディスプレイにネクを表示させる。


 集まった1年生達は「誰?」「アニメのキャラ?」「かわい~」と好き放題言い合ってる。


「え~、彼女はサポートAIのネクと言います。これからミーティアでの戦闘を指南してくれるので、皆さんよろしくお願いします」


 クラスがざわつく。


 AIが授業など、まるで映画やアニメのようだとか、AIに授業できるの? といった感想が飛び交うも、ネコが頼むのだから大丈夫なのだろうと次第に落ち着きを見せる。


「ご紹介に預かりました、ニューロコンピューター式高度サポートAIのネクと申します。あなた達を一流のパイロットにするようオーダーされた為、短い期間を効率良く進めていきます」


 ネクの頼もしい発言に歓声があがった。


「一流のパイロットにするといっても、ミーティアの操縦技術は一朝一夕でどうにかなるものではありません。しかし、戦術と戦闘教義を知れば戦い様があります」


 早速、ネクの講義が始まる。


 その内容は戦闘機の世界でも使われる基礎的な戦術で、しかし、カミツレの授業では到底行わない内容であった。


「――そして、次は搦め手です。付け焼き刃になるならなるで、それでも有効な作戦があります。それは、空間識失調です」


「ばーでぃご……? ってなんですか?」


「航空機のパイロットが一時的に平衡感覚を失い、いま自分と機体が上を向いているのか下を向いているのか、降下しているのか上昇しているのか、判断が出来ない状態にする事です。この状態になった際に、海面まで誘導すればたちまち海上に激突するでしょう」


「でもでも、向こうは2年生だよ!」


「5年以上日常的に飛行しているパイロットですら起こすのが空間識失調です。たかが1年、学校のカリキュラムで飛行している程度の人間が耐えられる筈がありません」


 またもや歓声があがる。


 

 その歓声を遠巻きに聞きながら、縷々と佳奈は下校しようと玄関口へと向かう。


 夕暮れの通学路を歩きながら、縷々は佳奈にひとつ質問を投げかける。


「おにいちゃんの講義出なくて良かったの?」


 その質問に対して、佳奈は珍しくまじめな顔で唸りながら答えた。


「なんでも一緒だと疲れちゃうからさ、今日はいいの」


「ふぅん。でも、模擬戦大会は良いの?」


「テキトーにやるよ、テキトーに。それに秘策があるからさ~」


「なにそれ」


「ナイショ」


「まぁ、いいけど……」


 暫くの間、無言が続く。


 夏の残暑が続く、9月。縷々はチラッと佳奈の汗ばんだうなじを見て、邪な考えが頭を過ぎる。


「(いま、この子の首を絞めたらどうなるんだろう)」


 苦悶の表情を浮かべるだろうか。もしかしたら、何をされているのか理解できないような顔をするかもしれない。傷ついて、絶望の表情を浮かべるかもしれない。


 空想の中の佳奈へサディスティックな情欲をぶつける度、背筋がぞくぞくと愉悦が走り、わずかに口角が吊り上がる。


 それを悟られない様、慌てて口元を抑えて目を逸らす。


 ――何を変なこと考えてんだろ。


 自己嫌悪にも似た感情で、重苦しい気分になった時、佳奈が口を開く。


「ねぇ、もしもの話なんだけどさ。ネコくんがここに居なくて、私か縷々ちゃんが男の子だったら、私達付き合ってたかな」


「はああぁぁぁ!?!?」


 叫ぶように驚きの声を漏らしてしまった。


「もしもの話だって~! ほら縷々ちゃんが男の子なら、身長高くて、綺麗な黒髪で、めっちゃイケメンで~」


 嫌に早くなる鼓動を押さえつけ、なんでもない風を装いながら、縷々は会話を続ける。


「馬鹿ね、そんな優良物件がアンタを相手にすると思う?」


「へへへ、だよねぇ」


「まったくもう。仮に、仮によ? 私が男で、しかも何の気の迷いかアンタと付き合ってたとして、そしたらアンタにメイクするのは誰になるのよ」


「あ。……えっと~…………えへへへへぇ」


「笑って誤魔化さないの。それで、この調子なら円香も男?」


「ん~、円香ちゃんはトリシアさんの嫁だから、男にするならトリシアさんかな」


「なにそれ。ほんと、馬鹿ね」


 指先でつんつんと佳奈の頬を突く。



 同じ頃、円香とトリシアの寮では、ソファに顔をうずめて円香が静かに涙を流していた。


 ちょうど部屋に帰ったトリシアは何事かと円香の前でしゃがみ声をかける。


「おいおい、そんなにメソメソしてどうしたんだ」


「とりしあ……ぐす……ひぐっ……」


 身体を起こして、トリシアの質問に答えようとするも、嗚咽で言葉がままならず何も言えないでいる。


 見かねて、トリシアは隣に座り、身を寄せながら背中を擦る。


 やがて、落ち着きを取り戻した円香は深く深呼吸をした。


「話せるか?」


「……はい」


「で、何があったんだ」


「えっと……忠人さんに、想いを伝えました。でも……」


「フラれたか」


 無言で頷き、それを肯定する。


 それを見て、まるで心配して損をしたとでも言いたげなため息を吐きながらソファに身を沈める。


「そんなことか」


「そんなことじゃありません! 私、本気でお慕いしていたのに……」


 感情的な円香とは対照的に、トリシアはまるで機械かのように無感情で、そして冷徹だった。


「以前、言おうと思ってたんだが……」


 トリシアは言うか言うまいか、逡巡から一瞬の沈黙の後、何故そんな事を考えるのかを自問自答し、更に、その思索すら不必要な物と断じて、率直に言葉をぶつける。


「円香、あんたのそれは恋じゃなくて尊敬や崇拝を勘違いしているものだ」


 その言葉に、円香は胸をナイフで突き刺されたような衝撃を覚え、また大粒の涙を浮かべながら激昂する。


「違います! 絶対に違います! 私のは正真正銘、恋心で……!」


「そうやってムキになるのが事実じゃないか」


「どうして……! どうしてそんな酷い事を言うの……! やっと、やっと仲良くなれたと思ったのに」


 顔を覆い、声をあげながら泣きはらし、それでもトリシアは機械的な応答をする。


「お前との仲と事実を言うのと、何か違いはあるのか?」


「――ッ!」


 顔をあげて、絶望の表情を浮かべながら円香はふらふらとソファから立ち上がる。


「あなたなんかもう大嫌い……!」


 そうして、逃げるように寝室へと駆け込んだ。


 壁越しに大きな大きな泣き声を聞きながら、トリシアは腑に落ちないまま茫然と天井を見上げる。


 日が沈み切った頃、闇に落ちるようにそのままソファで眠りについた。

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