僕の為に全てを懸けた君と、自分の為に何もしなかった僕
学生時代に授業の課題で作ったものです。
最後まで読んで頂けたら嬉しいです。
お互いが気になる、でも恋じゃない。そんな存在が今までの僕の人生の中で一人だけいる。
彼女と過ごした時間は僕が生きてきた時間の中の十分の一にも満たない。だけど、彼女と別離れた十三年経った今でも、思い出す。
それは今でも彼女が気になる存在だからなのだろう。
彼女は高校のクラスメートだった。長い黒髪を一つに束ね、制服も風紀違反をしない程度に着こなす普通の女の子。そんな彼女と普通に出逢い、普通に友達になり、普通に高校生活を過ごした。
だけど彼女には普通ではない面が一つだけあった。それは、とても頭が良いということ。学年主席で控えめな性格、この二つが揃っている彼女がいじめの標的にされるのに、そうは時間がかからなかった。
高校二年の最初の春、それは始まった。彼女に対するクラス全体のいじめ。教科書や上履き、鞄を隠されたり、机に落書きされることなんてまだかわいいものだった。靴の中に画鋲、トイレの個室で上から水をかけられる、さらに酷ければ階段で足を引っかけられて転げ落ちる、というのもあった。
ドラマでありそうな古典的ないじめ。古典的だが、それは確実に彼女を傷つけていた。日に日に酷くなるいじめ。だけど僕は、ただそれを見ているだけだった。
僕は彼女がいじめられていることに先生より早く気付いた。何とかしてあげたい、最初はそう思った。
だけど同時に、彼女へのいじめがクラスぐるみだということにも気付いてしまった。僕一人が反抗したってクラスのいじめの的が一つ増えるだけ。それに、後から気付いた先生ですら見て見ぬふりをしている。大人が何も出来ないのに僕みたいな子どもに何か出来るわけがない。
そう自分に言い聞かせ、僕は傍観者になった。いじめに加担せず、だからと言って彼女を護るわけではない。彼女が傷ついている姿をただ黙って見ているだけ。僕は弱い人間だったんだ。
だけど、それでも、僕は彼女の友達だった。
友達とは、一緒に遊んだり、しゃべったりする親しい人だと辞書に載っている。そう考えると僕と彼女の関係は友達なのだろう。だけどそれは誰にも知られてはいけない秘密の友達。コソコソと隠れるように彼女との時間を過ごす。
彼女との時間は僕が彼女の机を人差し指で一回叩くことで始まる。その合図で彼女は周りにバレないように僕の後を着いていき、誰もいない教室、屋上、学校の裏手とかで彼女と過ごす。
休み時間、昼休み、放課後、チャンスがあれば出来る限り彼女の傍にいた。彼女と一緒に昼食を食べたり、他愛ない話をしたり、隠れてさえいなければ僕らはふつうの時間を過ごしていた。
だけど、そんな時間の中でも彼女がいじめられているという現実は突きつけられる。
昼休み、彼女と昼食をとる時、彼女の昼食がないことが何度かあった。僕は、それがいじめによるものだと気付いていながら何も言わず、彼女に購買で買ったパンをあげていた。彼女はそれを本当に申し訳なさそうに受け取り、笑顔でありがとう、と僕に言う。その言葉を聞く度に、僕は救われた気持ちになると同時に罪悪感に苛まれていた。
何故、僕に礼を言うの?何故、僕に笑顔を向けてくれるの?君を助けることもしないで友達面をしているこの僕に。
彼女との時間を過ごすのは罪悪感からではない。むしろ彼女と過ごしている時間に罪悪感が生まれるのだ。
彼女と過ごす時間は僕にとって何より楽しい時間であると同時に何より辛い時間であった。
彼女は何も言わなかった。僕が傍観者であることについて、人目を気にして会っているとについて、そして助けてとも言わないで、僕との時間を過ごしてくれた。
それが、たまらなく辛かった。何も出来ない僕を責めてくれたら、ただ一言、助けてと言ってくれたら、僕はこの罪悪感から解放されただろう。
だけど彼女はそれから僕を解放してくれない優しい綺麗な人間だった。
僕は、それに耐え切れず、ある日彼女に聞いた。
「辛い?」
その問いを肯定してくれたら、どんなに楽だったろう。
だけど彼女は、キョトンとした顔で言った。
「何が?」
肯定でも否定でもない、その言葉が僕の罪悪感を確かなものにした。
それから数日後の昼休み。
彼女は僕の机を人差し指で一回叩いた。彼女からは初めてだった。
思えば、この時から彼女との別離れは始まっていた。
「辛い?」
彼女は、あの日と同じ場所で、あの日と同じ僕の問いを口にした。
「…何が?」
あの日の彼女の言葉と同じなのに同じじゃない。僕は彼女のように綺麗な人間じゃないから。
彼女は何も言わず、また一つ問う。
「じゃあ、助けてって言ったら助けてくれる?」
その言葉を初めて口にした時、彼女は僕と目を合わせなかった。
僕は彼女の問いに言葉で返さず、ただ首を縦に振った。
言葉に出来なかった。言葉にしてしまったら彼女との時間に自ら終わりを告げてしまう気がしたんだ。
「そっか、ありがとう。」
彼女は、笑った。
その日、彼女は別の意味で僕を解放した。
あの時、僕が言葉にしても、否定の意を表しても、彼女が、助けてくれる?と言った時点で、彼女自身から終わりを告げられていたんだ。
彼女からの手紙。それは僕の下駄箱の隅に、彼女の性格のように控えめに置いてあった。それは何枚もあり、どれも丁寧にしたためられ一日やそこらで書かれたものではなかった。
そこには、僕と過ごした時間が綴られていた。
人差し指の合図をいつも心待ちにしていた、僕の後をコッソリ着いていくのが楽しかった、僕があげたパンはとても美味しかった。どれも、いじめがあるからこそ成立した二人の時間なのに彼女は楽しかった、と。
彼女は、僕が罪悪感に苛まれていることを知っていた。知りながら甘えてしまって、ごめんなさい、と。そして、それが何より辛かった、とも。
この時、僕は気付いた。終わりを告げたのは彼女ではなく僕だったことに。彼女に、辛い?と言葉をかけた時、あれは自分に向けての問いであり、彼女もそれに気付いていたんだ。
それが、僕が彼女に告げた終わりだった。
彼女が自ら命を絶つほど追い詰めた存在は僕だった。もう、何も考えられなかった。
だけど、やっぱり彼女は彼女だった。
手紙の続きには、辛かったけど、僕と過ごした時間は何よりの救いであり、支えであった。僕の存在が光だった、と綴られていた。そして最後に、ありがとう、と。
彼女は最期まで綺麗な人間だった。
高校二年の秋、彼女との哀しく、優しい別離れだった。
それからの僕は、普通に卒業して、普通に大学に入り、普通に就職して、普通に生活をした。何度か女性とも付き合ったが、どれも長くは続かなかった。
それは、彼女以外の優しさを持つ人がいないことを知っていたから。
思えば、あの時の彼女の問いも、僕を罪悪感から解放してくれようとした優しさだったのだ。
ありがとう。彼女が遺した言葉は、あの日から僕にとっての光であり、また戒めだった。
彼女を二度と忘れないための優しい戒め。
彼女のことを好きだったかはわからない。
だが、十三年経った今でも彼女のことを鮮明に思い出すのだから、僕にとって彼女は今でも気になる存在なのだろう。彼女の支えが僕であったように、僕の支えも彼女なのだ。
恋だか愛だかわからない。だけどお互いが気になる存在。
この先、また誰かと恋をしたとしてもそれは変わらない。彼女以上に気になる存在はいない。
彼女の時間の中に僕がいたこと、僕の時間に彼女がいること。
どんなに時が経っても、それは変わることはない。
彼女との時間は、僕の中で今でも続いている。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
前書きにもありましたが、この作品は学生時代に書いたものです。
子どもの声は小さいです。ですが、それが集まると大きな声になります。それを正しい方向に導く役目が大きな声を持つ大人の役割です。でも、この物語にはその大人が存在しません。小さな声はあるけどそれを出せない「僕」と、声すらあげさせてもらえない「彼女」。
現実でもそれがあるかと思います。この物語は「僕」と「彼女」が中心にいます。ですが、大きな声を持つ人がその責任を放棄、乱用してはいけないという思いもありました。
悲しくも優しい最後ではありますが、この物語は私自身、バッドエンドだと思っております。
もちろん捉え方は人それぞれです。でも、この物語で何か感じてもらえると嬉しいです。
初めての投稿は学生時代名作品ですが、次回は異世界転移物語を投稿しようと思います。




