野人転生コミック版更新記念「腰を入れる前蹴りについての考察」
宣伝丸出しのタイトルで申し訳ないです。タイトルの引きの強さだったり、色々なことを考慮した結果、このようなタイトルになりました。
以前、小倉ひろあき先生が書籍化された際、格好付けていないで宣伝しなよ! 後で後悔してもしらないんだから! という、ツンデレキャラのようなコメントを書きました。
あのときは、まさか自分の作品が商業化できるなんて夢にも思っていなかったので、偉そうなことを言いました。
しかし、野人転生がコミカライズして、その台詞がビッグブーメランとなって頭部に突き刺さっております。
余談はここまでにして、本題に入ろうと思います。
昨日更新された野人転生の漫画版で、主人公の野人が前蹴りをゴブリンの喉に突き刺す場面が描かれています。
ツイッターで知り合いの作家様が褒めてくださったのですが、空手経験者の別の作家様が、上体を反らすのが気になると指摘してくださいました。
正反対の意見なのですが、実はどちらの意見も正しいと思います。(自分を褒めてくれた人を正しいというのは恥ずかしいのですが、他に適切な表現が思い浮かばなかった)
私も道場で指導する際には、頭の高さや位置をなるべく変えず、コンパクトモーションで前蹴りを蹴るように指導しています。
ただ、軸足にしっかり体重を載せ、体重移動を意識して蹴り足に『重さ』を乗せるよう指導しています。横着な人は、軸足の踵に体重を載せたまま、足だけ伸ばしている人もいます。
伝統派の試合だと、突きよりモーションが大きいため決まりにくく、よっぽど綺麗に当たらないと前蹴りでポイントを取ってくれません。
そのせいなのか、前蹴りの練習をウォーミングアップ程度に考えて、横着する人がとても多いです。まぁこれは、伝統派に限らず、フルコン系の方にも多くみられますが……。
話はそれてしまいました、本題に戻します。
腰を入れない前蹴りを指導しているのなら、そっちの方が正解じゃないか! そう思われるかもしれません。
どちらも正解なんです、用途が違うだけで。私は、極端に間違った理論ではない限り、どのような技術も正解だと思っています。
みんな違ってみんないい。みたいなこと言っちゃうと、このエッセイの意味ねぇじゃん! そう思われてしまうので、もう少し深く掘り下げて見ようと思います。
前蹴りのイメージは、どのようなイメージでしょうか? 多くは、距離を取るために使うとか、牽制のために使う。そんな脇役的なイメージが多いと思います。
しかし、昔の空手には回し蹴りがなく、前蹴りが主流でした。極端な流派などは、蹴り技が前蹴りしかない流派も存在していました。
私が高校生の頃、おじいちゃん先生に指導を受けた際、前蹴りの高さを水月に合わせていると、そっと金的の高さに直され『蹴り技はこれだけでいい』そうつぶやいて、他の方の指導に向かわれていきました。
その出来事が強烈に記憶に焼き付いています。
多くの流派が存在しますので、回し蹴りも技術的には存在していたのでしょうが、主流ではなかったのは確かだと思います。
なぜ主流ではなかったのか? 様々な理由が思いつきますが、一番大きい理由はバランスを崩しやすいからだと推察しました。
空手は集団戦も想定しているので、バランスを崩すリスクが高い、回し蹴り系の技が発展しなかったのだと思います。
相手が集団の場合、ころんだ瞬間伸し掛かられて、動けなくなったところをボコボコにされたり、刃物で止めを刺されたりしてしまいます。
空手は立ち技なので、転倒のリスクを恐れた訳です。回し蹴りは前蹴りと違い、体を捻って威力を出すので、複雑な身体操作を要求されます。
その分、バランスが崩れやすいんです。
現代なら、回し蹴りをブロックされ転んでも、レフリーがストップしてくれます。しかし、ルールもレフリーもいない路上や戦場なら、そのリスクが理解できるはずです。
それなら足技自体発展しないのではないか? そう思われるでしょうが、やはり足のリーチの長さや筋力は魅力的です。
リスクとリターンを計算した結果、最短距離で攻撃でき、体軸をぶらさない前蹴りや足刀蹴りなどの、体を捻らない足技が主流になったのだと思います。
つまり、古流空手において、前蹴りとは『勝負を決めるフィニッシュブロー』だったのです。(蹴りなのでブローではありませんが……)
多少のリスクはあるが、強力な相手を倒す一撃。その位置に置かれていた古流空手の前蹴りと、一対一の戦いをベースに考えられ、牽制やダメージの蓄積を狙う位置にある近代空手の前蹴り。
同じ前蹴りでも、目的が違うので蹴り方が変わってくるのは当然だし、どちらも正しいのです。
フィニッシュ狙いの大技と、牽制狙いの技。
まとめてしまうと、用途が違うという当然の理由になるのですが、このままだと浅いので、もう少し深く技術的なことについても触れてみたいと思います。
ここからは少しディープな感じになるので、理由がわかってスッキリ! という方は読まなくても大丈夫です。落ちも何もない話になってしまうので……。
さて、予防線を貼った前文に追加して、更に予防線を貼ります。
当然、近代空手にもフィニッシュ狙いの前蹴りはありますし、古流空手にも牽制狙いの前蹴りは存在します。ただ、どちらが主流だったか? という点でお話をしていますので、ご了承頂ければと思います。
タイトルにもありますが、腰を入れるというのは蹴りにおいて非常に重要なことです。
回し蹴りが足技の主流である現在は『腰を入れる』または『腰を切る』という言葉は、足を横に回しやすいように半身になる動作を指します。
蹴りになれていない人が回し蹴りを蹴ると、サッカーのフリーキックのように親指が上を向いた状態で足を振ってしまうことが多いです。
蹴り足の親指を横にする。親指を下げて踵を上げるイメージをすれば、分かりやすいかもしれません。
そうすると、スネが横を向いて、しっかり蹴る場所に当たるようになります。腰も横方向に回転させやすくなります。
これが一般的な腰を入れるという表現なのですが、前蹴りの場合は少し特殊です。私の感覚では、腰を入れるというより、骨盤を前に突き出す感覚です。
空手経験のある、知り合いの作家様に上体を反らすのが良くないと指摘されましたが、伝統派空手では、前蹴りに限らず、多くの蹴り技は予備動作を読まれないように、また、軸がぶれないように頭の位置をなるべく動かさない蹴り方を指導されます。
前蹴りも腰を入れず、体重移動によって『重さ』を加えて、上体を真っ直ぐにしてコンパクトに蹴ります。
知り合いの作家様が指摘した上体を反らすという行為は、この指導とは真逆なので気になったのでしょう。
私も、道場の子供たちが上体を反らしたりしたら注意するので、彼の指摘も正しいです。上体を反らして反動をつけ、強く蹴ろうとする人も結構いますから。
ただ、フィニッシュ狙いの腰を突き出す前蹴りの上体が反れるのは、反動を付けて蹴りを強くしようとしているのではなく、骨盤を突き出すと、自然と上体が後ろに反れるからです。
この反りは不自然な反りではなく、人体の構造に基づいた自然な反りなので、意外とバランスが崩れません。
同じ上体を反らすという行為でも、反動をつけようとして無理やり反らした動きと、骨盤を突き出すことで自然に上体が反れた、というのは意味がまったく違います。
骨盤を突き出すように腰を入れる利点はなにか? 単純ないち動作なのですが、多くの理由が含まれています。
まず、数センチですが距離が伸びる。打撃系の武術、格闘技は数ミリ単位での攻防も珍しくありません。たかが数センチ、されど数センチなのです。
前蹴りは、スネで蹴る回し蹴りと違い、上足底(中足の名称の方がメジャー)で蹴るので、足刀と並んで最も距離がでる蹴り技です。
距離の長い蹴りが、更に伸びる。自分の持っている技の中で一番リーチのある技が数センチ伸びるというは、大きな武器です。
次の利点は、蹴り足と骨盤の一体化。人体はとても重いので、蹴った方にも反動が来ます。骨盤と蹴り足を一体化することで、反動に負けず衝撃を相手に残さず伝えることができるのです。
もう一つの利点は、蹴り足の角度。前蹴りは、膝を真っ直ぐ上げ、畳んでいた膝を伸ばすようにして蹴ります。
このとき、相手にヒットする上足底は半月を描きながら相手に当たります。腰を突き出すと、この角度が浅くなるんです。
横方向と水平に近くなるため、上方向にエネルギーがロスすることを抑え、より『突き刺す』蹴りが可能になります。
実際に片足をあげて、足を伸ばしてみると違いがよく分かります。腰を突き出したほうが、角度が浅くなり、横方向と平行に近くなるのが分かるはずです。
ごく小さな違いなのですが、こういった小さな違いの積み重ねが武術です。
後は上体が反れること。上体を反らして反動をつけようとすると、蹴りより先に上体が反れるので、前蹴りだとばれてしまいます。
これは非常に良くないことです。
ただ、腰を突き出すから上体が反れる場合。最後にぐっと腰を突き出すので、もう前蹴りは放たれる寸前です。
その時点で予備動作として、上体の動きが察知されることはありません。すでに足が上がっていますから。
この、上体を反らすという行為は、相手の顔面攻撃から距離を取るという利点があります。
もっとも距離が長い足技を出すのに、顔面攻撃のカウンターを警戒する必要があるのか? という疑問もあると思います。
よっぽど相手とのリーチ差がない限り、前蹴りに合わせて顔面のパンチをカウンターで入れるのは難しい。
距離を詰めようにも、前蹴りはまっすぐ放たれるので、先に蹴りがあたってしまう。前蹴りのカウンターで上段回し蹴りなど、漫画レベルの話。
もっとも距離が遠い攻撃で、顔面へのカウンターを警戒するのは意味薄い。利点とは言えないのではないか? 確かに一理あります。
ただ、古流空手の想定の場合、相手が素手とは限らないのです。
なので、最もリーチがある前蹴りであろうと、上体が反れることで、相手と顔の距離が離れることは利点と言えると思います。
もちろん、利点だけでなく、デメリットも多くあります。そのため、足技の主流を回し蹴りに奪われてしまいました。
まず、攻撃が点、もしくは線であること。最短距離を一直線で蹴るとはいえ、どうしても突きよりも遅くなってしまいます。
同じ蹴りでも、面の攻撃である回し蹴りより、攻撃がかわされやすいのです。さらに、かわされた後の反撃もされやすい。
回し蹴りは面で攻撃するため、相手はブロック、もしくは距離を取ってかわすことになります。なので、反撃されにくい。
前蹴りは半身になってかわしたり、下段払いで体を横に流されたりすると、隙だらけになってしまいます。
一対一を基本戦術とし、攻防が高速化した近代格闘技において、攻撃が遅く反撃されやすい。という面が非常にマイナスでした。
バランスが崩れ転倒してしまうリスクより、反撃のされにくさ、汎用性などが重視され、威力重視の前蹴りは主流から外れることになってしまいました。
他にも、威力重視の前蹴りは、近代空手とマッチしない部分が存在します。ボクシングなどから、利き手を活かすという概念が導入されたためです。
威力重視の前蹴りは、軸足で地面を蹴り、全体重を預けるように蹴り出します。さらに腰を突き出すので、蹴り足をそのまま元の位置に戻すのが難しいのです。
蹴りを放った後は、蹴り込んだ足をそのまま着地させ、サウスポーにスイッチすることになります。
空手では、蹴った足をそのまま着地させ、スイッチを繰り返しながら戦うという、他の立ち技格闘技にはあまり見られない特徴が存在します。
多数を相手を意識して研鑽されてきた技術は、利き手を活かすという概念が薄かったのです。
四方八方から襲い来る敵を相手に、いちいち構えをスイッチなどしていられません。その名残として、基礎練習では、必ず左右どちらの構えも鍛錬するのです。
ところが、基本戦術が一対一を想定したものになり、利き手を活かすという概念が導入されることで、普段と逆の構えだと上手く戦えない人が多くなりました。
利き手とは逆の手で箸をうまく使えないのと同じで、逆側の構えになると、途端に動きにくくなる人が多いのです。
突きも蹴りも非常に複雑な動作を必要としますし、構えが変わると距離感も変わってしまいます。
器用にどちらの構えでも戦える人もいますが、基本的には得意な構えで固定されるはずです。
隙が大きい上に、苦手な構えにスイッチしてしまう。いくらフィニッシュを想定とした技でも、外したときのことは考えて置かないといけません。
利き手を活かす構えが導入されたことにより、強制的にスイッチしてしまう威力重視の前蹴りは、さらに使い難くなってしまいました。
多人数相手を想定して、多少のリスクを犯しても一撃で決める。
そういったコンセプトから、一対一を想定して、隙の小さい攻撃で相手を削り、徐々に弱らせて仕留める。という技術体系へと変化してきた今では、威力のある前蹴りは徐々に消えゆく技術になっています。
そして、この前蹴りは技としてのデメリットだけではなく、他にも大きなデメリットがあるのです。
まず、練習がし難い。その場で繰り返し練習できる、コンパクトな前蹴りと違い、一撃一撃全力で蹴り込む前蹴りは、練習が難しいのです。
全力で蹴り込むので、シャドーなどの、なにもない空間への蹴り込みが難しい。空振りだと、蹴り足に負担が掛かり、怪我をするリスクが高いからです。
練習するなら、ミットに思いっきり蹴り込むことになります。
一人でミットを独占して蹴り続けられる訳でもないし、全力なため足に負担も掛かる。数が蹴れません。当然、習得の難易度が上がるわけです。
一番の問題は手加減ができない、ということです。
軸足で地面を蹴り、全体重を乗せるように蹴るので、蹴り足を多少手加減したところで、強烈な蹴りになります。
平和な今の御時世に、内臓を破裂させるほどの強烈な前蹴りを練習で蹴る奴なんて、すぐに居場所がなくなると思います。
近代空手ではリスクが大きく、練習もし難い。この、威力重視の前蹴りが姿を消し、技術としてしらない人が多いのも当然の話なのです。
私がこの前蹴りを学んだときは、中二病全開の高校生だったので、公園で木に向かって全力で蹴り込んで練習をしたりしていました。
しかし、技術を習得してもポイントにならないので、試合には使えない。路上で絡まれても過剰防衛になるレベルの技なので、実用性は皆無です。
作中の野人の場合は、相手が武術や格闘技をしらないゴブリンだったので、回避されるリスクより、威力を選んで使いました。
現代でも、相手に格闘技経験がなかったり、格闘技経験者が相手でも、意識を上に向けておいて水月に蹴り込む、などの工夫をすれば十分実戦で使える技術です。
地味な前蹴りなのですが、かなり危険な蹴り方なので、通り魔が刃物を振り回す場面に遭遇する。などの緊急事態以外は、異世界にでも転生しないと使い道がないんですけどね。
最後に蛇足。
この威力重視の前蹴りは、板垣◯介先生が漫画で描く空手家がよく使用しています。現実ではあまり見かけなくなった技術が、創作物の中で炸裂するのを見て、嬉しくなったり、時代の流れを感じてセンチメンタルになったり、不思議な気分になります。
野人転生episode1後編が、昨日更新されました。
ついに、ゴブリンさんと運命の邂逅。
毎月「第1・第3水曜日更新」
ニコニコ静画
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