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謎のギリギリありそうで無さそうな架空の希少職業インタビュー取材記録『ノラ猫の家系図づくり職人』

作者: 軽石

【レギュレーション】

①現代日本において合法的職業であること

②生活できる位の収入が見込まれる職業であること

③明確に実在する/実在した職業は禁止

④実在しそうでやっぱり無さそうなギリギリのラインを追求すること(ありそう/なさそうの意見が半々になることを目指す)



『ノラ猫の家系図づくり職人』




–– 前日譚 ––


 きっかけは地元市役所の玄関に飾られていた立派な家系図だった。


 "なんでこんな場所に飾ってあるのだろうか?"と思ったその家系図をよく見ると、書かれていた名前は人間のものではなく、『ミケ』や『タマ』と言った猫の名前だった。


 しかも家系図のタイトルから推察すると、この猫の家系図は有名な猫一族のものではなく、京都の伏見稲荷付近に住む、とある名も無き(名前はあるが)ノラ猫の家系図だという。



 "このノラ猫の家系図を作っている職人はどんな人物なのだろうか?"



 興味を持った私は京都在住の『ノラ猫の家系図づくり職人』の元へと向かった。




–– インタビュー当日 ––


 インタビュー取材に快く応じてくれた職人は穏やかそうな長身の男性だった。年齢は五十代半ばといったところだろうか。



イ「本日はお時間いただきありがとうございます。今日は職業インタビューということで、職人さんのご職業であられます『ノラ猫の家系図づくり』についてお聞きさせていただきたいと思います」


職「よろしくお願いします」




––まず『ノラ猫の家系図づくり職人』になったきっかけを教えてください


職「元々は家業として人間の家系図づくりを行っていました。京都という土地柄、かつては結婚の際に家系図を準備する人も多かったのです」


イ「なるほど」


職「しかし私の祖父の代ぐらいまではまだ需要があったのですが、私の代になったあたりからは世間も変わってしまいさっぱりで……。

 そこで、手が空いた時間に暇つぶしで何か新しいことを始めてみようと思ったのがきっかけです。私が三十代の頃の話なので今から約二十年ほど前のことになりますね」


イ「もともと持っていた家系図づくりのノウハウを活かしてらっしゃるということなんですね」


イ「ということはもしかして、今でも人間の家系図づくりが本業で、ノラ猫の方は副業だったりする、ということでしょうか?」


職「いえ、いまはノラ猫の方が本業ですね。なぜかと言えばうちは家系図づくり職人の中でも『新規の家系図づくり専門』でずっとやってきたからです。いまどき新規の家系図を必要とする人となると更に少なくなりますから……」


イ「家系図づくり職人の世界にも棲みわけがあるということなのですね。初めて知りました」



––では早速、『ノラ猫の家系』はどの様にして調べているのでしょうか


職「直接、ノラ猫がいる場所に何度も足を運び取材を重ね、情報収集をしています」


イ「それは大変そうですね」


職「役所に行っても分かりませんからね、猫の戸籍は。」


イ「確かにそうですね」



––このお仕事をされてて難しいと思ったことは何かありますか


職「父猫が誰なのかを調べるのはなかなか難しいですね。母猫は子猫の時に一緒にいる期間があるので分かりやすいのですが、父猫ははっきりしないことも多々あります」


イ「では父猫はどうやって調べるのでしょうか?」


職「基本的には"見た目"で判断しています。あとは"動き"でしょうか。

 父猫の候補は大体その縄張りのボス猫とあと去勢されていない数匹の成オス猫に絞られますので、それほど候補がいるというわけではありません。繰り返し観察を続けることでなんとか特定できるといった感じでしょうか」


イ「なるほど。難しくまた時間も掛かりそうな作業ですね」


職「相手がノラ猫なのでいつも同じところに居る訳ではなく、探しても見つからない時も多々あるので根気が必要です。基本的に彼らは自分の縄張りの中で生活してしますが、急にフラッと居なくなったり、と思ったら急に帰ってきたりということもありますから」


イ「なるほど」


職「思い通りいかず時に焼きもきすることもありますが、それもまたこの仕事の味だと思っています」



––大変失礼ですが、よろしければ"ご収入"についてお聞きしたいのですが……


職「いいですよ、皆さんそれが一番知りたいと思っていることでしょうから(苦笑)」


職「基本的にはアートとして富裕層の個人さん相手に商売している感じですね。あと最近は美術館や役所関係、海外からバイヤーさんも来られています」


イ「なるほど。私も地元市役所で飾られているのを拝見しました。ノラ猫の家系図はアートとして需要があるということなのですね。ところでノラ猫の家系図を買う人というのは一体どの様な人なのでしょうか?」



––人はなぜ『ノラ猫の家系図』を買うのか


職「まず猫好きな人が基本ですね。猫が好きすぎて猫グッツならなんでも収集したいという人も世の中には少なからずいますので」


職「あと、『ノラ猫』という存在に一種の哀れみというかノスタルジーというか、そういう感情を持っている方もいるみたいですね」


イ「なるほど。私も少しわかる気がします。ただ、それがどうしてノラ猫の家系図を買うということにつながるのか少し不思議に思いますが……」


職「"ストーリー"を求めていらっしゃるのではないでしょうか。ノラ猫の猫生(にゃんせい)は飼い猫と違って波乱万丈です。飼い猫は10年から15年生きると言われていますが、ノラはその半分の5年生きれれば長い方と言えるぐらいなのです……」


イ「……」


職「ただ、どんなノラ猫にも"必ずお母さん猫がいる"ということはとても重要なことだと思います」


職「私の作る『ノラ猫の家系図』をご覧いただき、少しでもそういった様々なことを感じる機会になれば嬉しいかなと思っております」


イ「……意外と奥が深い世界なのですね」



––話は変わりますが、『ノラ犬の家系図』は作らないのでしょうか


職「犬もやってみたいですが、犬はネコと違って難しいんですよね。ノラ犬ってほら、今の時代すぐ通報されて保健所に連れて行かれちゃうから」


イ「確かにノラ犬はあまり見ないですね」


職「あと、ノラを支えるコミュニティが存在していないと家系図づくりは難しいですね」


イ「ノラを支えるコミュニティ?」


職「ノラ猫はノラと言っても自然の中で暮らしているわけではなくて、人間の地域社会に支えられて暮らしているんです。コミュニティに支えられていないノラ猫は1つの場所に居つくことはやはり難しいですし、また大人になるまで育つことも難しいのです」


イ「なるほど。地域猫というやつですね」



––地域猫について


イ「地域猫というトピックですと、近年ではノラ猫を殺処分するのではなく去勢手術してまた地域に帰すという活動があると思いますが、それについてはどう思いますか?」


職「とても良いことだと思います。私も『ノラ猫の家系図』で得た収益の一部をノラ猫の去勢手術を行う費用として寄付しています」


イ「しかし、それだと新たな世代が生まれなくて『ノラ猫の家系図』が作れなくなるのではないでしょうか?」


職「難しい質問ですね……。ですが、これまで20年、様々な場所のノラ猫を見てきたところ、なんだかんだで新たな子猫の再生産は続いている様ですね」


職「不思議なことですが、地域猫が全て去勢された地域ではノラ猫が減ることはあっても、去勢猫が全て寿命を迎えて絶滅するということはあまりないみたいです。どこかからまた新しいノラ猫がやってきます」


イ「不思議ですね」


–– インタビュー終了 ––


イ「本日はどうもありがとうございました」


職「こちらこそ、普段は淡々と作業していますので、話を聞いていただけて楽しかったです」




–– インタビュー後記 ––


 『ノラ猫の家系図づくり職人』は気さくな人だった。インタビューの中で記憶に残ったことは”どんなノラ猫にも必ずお母さん猫がいる”というノラ猫の家系図づくり職人の言葉だった。


 わずか数年で死んでしまうノラ猫たちには戸籍もなく、ただ消えていく。そんなノラ猫たちの家系図を長い時間をかけて調査し作成するという『ノラ猫の家系図づくり職人』の仕事は決して派手ではないものの、いまの日本社会に必要な仕事の1つなのかもしれないと感じた。


<終わり>

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メインに書いている中編です↓
『山の土地を買ってセルフビルドで小屋を作る話』
『ざまぁ』について考える

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― 新着の感想 ―
[良い点] 個人的にものすごく猫好きだということもあり、繰り返し読んではニコニコしてしまいます。癒やされます。 実際にノラ猫の家系図が売っていたら、ぜひとも購入したいものです。 [一言] 学生の頃にこ…
[良い点] 生きとし生けるるものに優しくありたいと素直に思ってしまいました。 職人さんの風情が、無常感を醸し出しています。 次はノラ猫の引越しについて研究している学者さんにインタビュー願います! ア…
[良い点] レギュレーション設定が素晴らしいです。 どう見てもバカバカしい話(ほめてます)なのに、 ノスタルジーとヒューマニズムをなぜか、 刺激されてしまう不思議でステキな作品でした。
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