サンタ捕獲大作戦
クリスマス小説を書こう企画! 本作品は【https://twitter.com/nonomura_akou/status/1074672182066724864?s=19】こちらのツイート上で集めた小説書きさんを対象に、クリスマスをテーマとした短編小説を書くという企画です。
私は『ギャグ・コメディ』を担当しました。ギャグやコメディはとても苦手なので不安要素が大きいですが、最後まで読んでいただけると幸いです。
「こちらケンタ、こちらケンタ。状況報告を願いますどうぞ」
暗闇の中、小学六年生の男児は床とベッドの隙間に寝そべった姿勢で待機し、オモチャのトランシーバに向けて囁いた。これは去年のクリスマスにサンタクロースから貰ったもので、同じ製品同士一定の距離なら無線で会話が出来るといった優れものだ。
ケンタは普段両親が使っている真っ暗闇の寝室で埃を被りながら、蜘蛛の巣を払い返答を待つ。しばらくしてトランシーバのスピーカーから小さな物音が聞こえてきた。
「こちらタツキ、こちらタツキ。ただいま階段から足音を確認。偽装工作に移る」
小学五年生の長女タツキは、ケンタと同じトランシーバに向けてそう囁くと、階段に繋がる廊下から、足音を立てないように子供部屋へと戻った。
子供部屋は引き戸になっており、畳に覆われた和室である。その中央に三枚布団が敷かれ、入口側から順番に、ケンタ、タツキ、リトの布団となっていた。
「リト、パパが来るよ! 準備して!」
タツキの合図に、小学三年生の次男坊リトは大きく頷くと、自らの股を押さえて入口に待機する。その隙にタツキは布団の様子をチェックした。
一番入口に近い布団、つまり長男であるケンタの布団におもちゃを詰め込み、さもケンタが包まっているかのように演出するのだ。それは三兄弟の中で最も芸術センスに優れているタツキだからこそできる技でもあった。
タツキは毛布の位置をしっかりと確認すると、オモチャを詰め込んでパンパンに膨れた靴下をケンタの足があるであろう場所に設置し直し自らの布団へダイブした。
その瞬間だった。彼らの父親が子供部屋の引き戸を開けたのだ。
「わっ、ビックリした。なんだリト、起きてたのか」
リトは三兄弟の中で最も演技が得意である。その演技力は家族の垣根を越え学校中に知れ渡る程だ。齢8歳にして学芸会でお遊戯会の主演を務めるだけに留まらず、子供会や公民館でのパフォーマンスまで熟すという子役顔負けの役者であった。初めて演じたのはミスタービーン。彼の映画を目にした瞬間、突然彼の真似を仕出したのが始まりだった。それからというものリトの見せるモノマネはハイクオリティそのもので、一度鶏のモノマネをした時は、家に居るにも関わらず両親総出でリトを探し回るハメになった程だ。
そんなリトに課された使命とは、両親の注意を逸らすことである。
「頼むわよ、リト」
リトの後ろ姿を盗み見ながらタツキは心の中で呟く。それが聞こえているかのように、リトは小さく頷いて自らの父親を見上げた。
「パパ……」
「どうしたリト、もう寝る時間だぞ? ちゃんと寝ないとサンタさん来ないぞ? ほら、お兄ちゃんもお姉ちゃんもちゃんと寝ているぞ?」
大成功である。不安げな表情を浮かべ、目に涙を浮かべるリトの演技に、父親の視線は完全に固定された。一番入口に近い布団の中に誰も入っていないなんて気づく暇すら与えない。目と鼻の先の布団に包まっているのは、長男のケンタではない。無数のおもちゃとタツキが集めているジャニーズのCDだ。
「パパ……」
「どうしたリト?」
「しっこした」
「……?」
「しっこした」
次の瞬間、リトの放尿が始まった。
「えっ、ええっ!?」
父親の慌てふためく顔を盗み見ながら、必死に笑いをこらえるタツキを他所に、リトは追い打ちをかける。
「しっこした!」
「え、今?」
「しっこした!」
「えっと、リト?」
「しっこ、しっこ!」
リトはそう叫ぶと、漏らしながら父親に飛びついたのである。これには二つ理由がある。一つは、放尿により畳や布団が汚れれば必然的にタオルで拭くハメになり、ケンタが抜け出した事がバレてしまう。それを防ぐために子供部屋から外へ飛び出すためだ。そしてもう一つは、純粋に演技をするつもりだったが本当に尿が漏れるなんて思っていなかったため、心底慌てていたからだ。
「どうしよ、パパしっこ!」
「お、おう、とりあえずお風呂行こう、な!」
「パパしっこ!」
「パパはしっこじゃないぞー、ほら、降りよう!」
リトの演技力は神業である。無論、偶然の力も働きはしたがお陰で父親が子供部屋の中を確認する隙すら与えず連れ出すことに成功した。これで当分父親は戻ってこないはずだ。何せリトの放尿を父親が一身に受け止めたのだから。メリー苦しみますだ。
「こちらタツキ、こちらタツキ。たった今パパとリトが部屋を出た、どうぞ」
「こちらケンタ、こちらケンタ。了解した。只今よりサンタ捕獲大作戦を決行する」
ケンタの発言に、ようやくこの時が来たかとタツキが笑う。
そう、今宵は年に一度のクリスマス。サンタクロースがプレゼントを配る日である。この三人は、今日という日を心待ちにしていたのだ。今年こそサンタを捕まえ、プレゼントを独り占めしてやる。そのために。
「ケンタ、そっちは任せたわ。私はトラップの準備をしてくる」
タツキはパンパンに膨らんだ布団の中から、おままごとセットといくつかのオモチャを取り出した。サンタクロースを捕獲するために。
「了解、こちらは予定通りサンタクロースの通路を確認しに行く」
タツキはそう告げると、そっとベッドの隙間から這い出て、寝室のドアを開け外へ出た。ケンタは兄弟の中で最も行動力に長けており、身体能力が飛び抜けていた。その特異性を彼なりに活用した結果、彼のミッションはサンタクロースが使う入口で待ち伏せするというものだった。つまり、煙突の中でサンタを待つというものである。
両親の寝室は子供部屋の隣に位置している。子供部屋から父親とリトが出て行ったということは、今外の廊下には誰もいないはず。行くなら今しかない。
彼は足音を一切立てることなく、瞬時に廊下を渡りきり階段にまでやってきた。そこから恐る恐る下を覗きみれば、真っ暗闇の中リビングの方だけ灯りが着いているのが確認できる。どうやらテレビが着いているようだ。しかし、暖炉とは基本リビングに設置されているもの。テレビが着いているということは母親が見ているという事だろう。どうにかしてリビングに忍び込み、暖炉へ侵入しなくてはならない。
「こちらケンタ、只今よりリビングに向かい暖炉を確認する」
「こちらタツキ、了解した。私は今窓にトラップを仕掛けているぅ……うぅ、あうっ! 痛ァっ……!」
「どうしたタツキ!」
「サンタクロースの呪いを受けた、仕掛けたトラップを私が喰らってしまった」
「なんだって!? くそぉ、どこまでも狡猾なサンタクロースめ! 許さん!」
サンタクロースからすれば、完全なとばっちりである。
「ちょっと私キレたからトラップの量を増やすわ。窓からは絶対に入れないようにしてやる」
「はははっ、タツキ、サンタを殺すなよ?」
「頑張って手加減はしてみるわ」
サンタクロースは子供に命すら狙われる時代になってしまったらしい。タツキはおもちゃ箱の中からいくつかトラップに使えそうなオモチャを取り出し、周囲にばら蒔いた。
「これを踏めば痛いじゃ済まないわよ……痛いっ!」
痛いで済んだらしい。
「どうしたタツキ!」
「だ、大丈夫よケンタ。私の事は……。それよりお願い……あなたに、あなたに私の全てを……託す…………わ………………ガクッ」
「タツキィィィィ!」
「しぃーーー! パパにバレるでしょ!」
「あっ、ごめん」
状況報告を終えたところで、ケンタはトランシーバをポケットに仕舞い、即座に階段を降りた。一段一段踏もう物なら、階段は音を立て両親にケンタの位置を知らせてしまうだろう。階段を素直に降りることは出来ない。だから彼が取った選択肢はたった一つ、手すりを滑るということだった。
「見せてやる、俺の運動能力を!」
ケンタはお尻を手すりに乗せて、手と足でブレーキを効かせながら静かに降りる。うん、楽しい。安定感のない滑り台を滑っている気分だ。速度が乗ればジェットコースター気分を味わうことまでできる。このスリルがたまらない。しかも、親にバレないようにと気を使っているから尚のことだ。音を立てずに危ない遊びをする、このスリルは忘れられない。
という訳で、そのままよじ登ってもう一回。滑り終えたケンタは幸福に包まれたかのような表情でヨダレを垂らした。
「あ、きたねっ」
自分のヨダレである。それにしても、この手すりを滑べるという遊びは中々に楽しいものらしい。もう一回遊ぼう。もう一回遊ぼう。彼はまるで中毒症状が出たかのように手すりから降りようとはせず、何度も滑り直していた。
「うーん、今の滑りは両方のお尻で挟むという安定感重視の滑り、危険度は低くハラハラレベルは星二つ。滑ラーとしては由々しき問題ですなぁ」
いつの間にやら滑ラーなるものまで誕生していたらしい。
「おっ、今の滑りは右のお尻と左のお尻を交互にジャンプさせるもの、芸術点が高い! 5点、3点、80点! これは出ました高得点!」
ルールも曖昧である。
「やっべ、この遊びめっちゃ面白い! なんで今までやらなかったんだろ!」
それからのケンタは止まることを知らずといった様子だった。今度は少しアクロバティックに行こう。そう自分に語ると、後ろ向きに滑る。それから独自の得点方法で採点。より難易度の高い技を目指したい。とのことで、まず座禅を組みながら。あまりにもこの程度じゃ余裕だ。もっと難易度を高く、両足の靴下を利用しよう。手すりの上でムーンウォーク。一瞬ふらついたが、これも行ける。
「やっべぇ、今の手すりから落ちそうでめっちゃ楽しい! 点数的に言うと王手!」
もう点数ですらなくなった。
「おいおい、俺ってバランス感覚ヤバくね!」
あれから何分が経過しただろうか。ケンタは滑ラーとしての地位を確実に築き上げ、完璧な滑りを見せるまでに成長していた。今年の春に開催される春季滑リンピックでは、恐らく金メダル候補として名が知れ渡りライバルのツルリンチェフ・コロンダンと最終決戦までもつれ込むのだろう。そして最後に決める大技、手すりで側転だ! と意気込みを入れて回転した瞬間、足をくじいて危うく手すりから落ちるところだった。
「いてて、いってぇ……足捻挫しちゃったなこれ……いやでもこれ面白いな、タツキにも教えてあげよっと」
思わずトランシーバに向けて最高の遊びを見つけたことを報告しようとした瞬間だった。リビング横にあるお風呂場のドアが開いた。
「や、ヤバい! リトがもう体洗い終えたんだ!」
完全に失態であった。一人のうのうと遊んでいる間に、せっかくリトが尿を噴射しながら稼いでくれた時間をみすみす無駄にしてしまったらしい。
「ヤバい、どこかに隠れないと!」
慌てて隠れ場所を探したが、遅かった。お風呂場から出てきた人物と目が合ってしまったのだ。そこに立っていたのは……。
「お兄ちゃん、何でここに」
「リトッ!」
パンツを頭に被ったまま呆然と立ち尽くす弟であった。本来足が通るであろう二つの穴からは、小さなリトの目が覗き、じっと兄の姿を見つめている。
「いや、リト、そんな変な目で見てるけど、おかしな格好してるのお前だからな?」
「えっと……」
リトからすれば、十分に時間を稼いだにも関わらずまだ階段で突っ立っている兄の方がおかしいのだが。それに、手すりに捕まったままナマケモノのように逆さになっている。階段の降りかたを忘れてしまったようだ。
「こら、リト、パパのパンツ返しなさい!」
すぐさま父親の声が聞こえてくる。まずい、このままではケンタが起きていることを知られてしまう。そう瞬時に理解したリトは、表情を再び変えた。
「んっ、どうしたリト?」
急変した我が子の表情に、父親は目を奪われる。何か具合でも悪いのかと不安げになる父親の前で、リトは涙を堪える演技をしたまま口を開いた。
「しっこした」
「いや、さっき洗っただろ」
「しっこした!」
「またしっこするの!?」
「出ない!」
「出ないの!?」
「出ない!」
「出ないならほら、お布団行こう」
「おしっこ出ないのぉ!」
「うん、分かったから、ほら、お布団行こう」
ダメだ、父親の気を引く事が出来ない。何とかゴリ押さなければ、負ける。そう判断したリトはその場でリンボウダンスを始めた。
「へいへい! へいへい!」
「リト、もう夜だから騒がないの」
「おしっこぉぉぉ!」
「おちんちんこっち向けないの、ほら、パパのパンツ返して。リトはちゃんと自分のパンツ履いて」
「しっこ出せよぉぉぉぉお」
「パパが出すの!?」
リトの完全に狂ったリンボウダンスと謎の発言に、父親の注意が逸れた。完全に今がチャンスである。ケンタは得意の運動能力を活かして瞬時に階段から廊下へ降り立ち、あえてお風呂場のドアに張り付いた。
「頼むぞリト」
目配せでそう伝える兄に、リトは小さく頷くと両目から涙を零して必殺技を放つ。
「しっこ出ない!」
「さっき出したからね?」
「うんこした!」
「えっ!?」
次の瞬間、猛烈な悪臭と共にリトは便を放った。
「うんこした! うんこしたァ!」
「うん、うん、分かった、分かったから。ちょっとママー!」
「うんここ! うんここ! うんここ! うんここ!」
為す術もない父親は、思わず母を呼ぶ。その声に気づいた母は、慌ててリビングから駆けてきた。
「ちょっとあなたどうしたのこんな時間に」
「ママヤバいって、リトが」
「うんこした」
「なんでお前そんなキメ顔なの!」
父と子のやり取りに呆れた表情の母は、小さく溜息をついて冷静に指示を出す。
「あなたとリトはもう一回お風呂入ってきて。私は床に着いたうんこ片付けてくるから」
そう言うと、母は洗い物用具入れのある方へ、つまりリビングとは反対側へ駆けていく。ドアとリトとうんこが視線を奪ったため、ケンタがすぐ近くに隠れていることには気が付かなかったようだ。
「ほら、リト、お風呂入ろっか」
「うんこした」
「お前なんでそんなに満足そうな顔してるの?」
そんな会話を残して、父と弟も風呂場へと消え、風呂場のドアが閉まった。
「こちらケンタ、リビングへ向かう」
「こちらタツキ、了解した。気をつけてミッションを遂行してくれ」
トランシーバで軽くやり取りをし、そのまま足を運ぶ。
──むにゅ。
「…………」
ケンタはその場で立ち止まったままトランシーバに口を近づける。
「こちらケンタ、うんこ踏んだ」
「こちらタツキ、了解した、気をつけ……え、なんで?」
「あぁ、もう最悪だ、お気に入りの靴下なのに」
「えっ、なんでうんこ踏んだの」
「うわぁ、ショックだよ、サンタの罠だよ」
「な、なんだって? サンタめ、プレゼントだけでなくうんこまで配るなんて……。ケンタ、気をつけて」
「了解した」
小学六年生のケンタは、涙を必死に拭って靴下を脱いだ。それからゆっくりと足に顔を近づける。
「……臭い。くそぉ、サンタめ」
サンタクロース、完全にとばっちりである。だが、こんな所でクズグズしていられない。背後で母親がバケツに水を溜める音がする。バレる前に暖炉へ向かい煙突を登ってサンタクロースの入口で待機しなくては。
「待ってろよサンタクロース、この恨み絶対晴らしてやる」
完全に逆恨みだが、ケンタの意思は固まった。彼はうんこのついていない方のあしでけんけんと飛びながらリビングに向かう。
──むにゅ。
「…………」
二度まで言う必要は無い。ケンタは自分の集中力の弱さを恥じた。そのままうんこの匂いがする靴下を脱ぎ捨て、逆立ちをしたままリビングへと向かう。
──ぼとっ。
ポケットから落ちたトランシーバは、偶然にもうんこがクッションとなり音を立てずに済んだ。
「最悪だ」
ケンタは逆立ちを諦め、うんこの着いた足で廊下を進み、リビングの入口に立った。両足からはうんこの臭いがする。たまったもんじゃない。鼻が曲がりそうだ。と、顰めっ面を浮かべたまま、ケンタはうんこの着いたトランシーバを手に取った。そのままうんこの臭いに話しかける。
「こちら……ケンタ。今リビング前にいる。テレビだけ着いている模様」
後は中に入り煙突を上るだけだ。そう決意した瞬間、トランシーバからタツキの声が聞こえてきた。
「こちらタツキ。今思ったんだけど、私たちの家って、暖炉無くね?」
「……あ」
言われて気がついたケンタは、その場に崩れ落ちる。そもそも暖炉が無いのにどうやってサンタは家に入ってくるのだろう。煙突が無ければ入ることも叶わないはず。
「何故だ……」
そう落胆する彼の後ろで、母がケンタの名を呼んだ。
「ケンタ、なんであんた起きてるの?」
それから程なくして、ケンタとリトはきれいさっぱりシャワーを浴び、母の協力によりうんこまみれのトランシーバも分解清掃を経て本来以上の美しさを取り戻していた。しかし、ミッションを達成できなかった男兄弟二人の表情は晴れなかった。
「僕、うんこまでしたのに」
「俺も、捻挫までしたのに」
それは自業自得である。
しかし、三兄弟にはまだ一人希望が残されていた。
「よし、お前らちゃんと寝ろよ?」
父親に部屋まで送り届けられた二人は、ただ素直に返事をして布団に潜り込む。その二人に挟まれたタツキは、作戦の失敗を察して労いの言葉を述べた。
「おつかれ二人とも。でも安心して。私には秘策があるから」
「秘策って?」
「窓には沢山のねずみ捕りをしかけたわ」
彼女の言う通り、オモチャのねずみ捕りが無数に仕掛けられていた。これは真ん中を押すとストッパーが外れ、バネの力で押したものを抑えるというおもちゃだ。先はスポンジになっていて痛くはないのだが、これが作動すればサンタが窓から入ってきた事がわかる。
「でもこれはまだ序の口」
「と言うと?」
「あちこちにケンタの恐竜のオモチャを仕掛けたわ」
「ま、まさかお前」
「ええ、そのまさかよ」
二人のあまりの変貌に、リトは生唾を飲み込む。
「タツキ、お前『恐竜のオモチャ踏んずけた時あまりの痛さに声を上げてしまう症候群』を利用するのか!」
「その通りよ『恐竜のオモチャ踏んずけた時あまりの痛さに声を上げてしまう症候群』を利用して、サンタクロースを捕まえてみせるわ」
二人の会話の意図が全く読めないリトは、間に入って聞き直す。
「なにそれ、恐竜のオモチャの症候群?」
「違うわ『恐竜のオモチャ踏んずけた時あまりの痛さに声を上げてしまう症候群』よ。その恐ろしさは強大で、今まで日本で51万63万907万6千21万251.5人の死者が出るほどなの」
「ああ、この『恐竜のオモチャ踏んずけた時あまりの痛さに声を上げてしまう症候群』によって死なかかったとしても『恐竜怖ーフラキシーショック』によって見るだけで死んじゃうんだ」
「二人ともサンタさんを殺したいの?」
それぞれ足を負傷した長男長女は、顔を見合わせてから頷いた。サンタクロース、飛んだとばっちりである。命すら狙われる時代になってしまったとは。
「それだけじゃないの。サンタの大好物を用意したわ」
「だ、大好物だって?」
「そう、枕元にしっかりセットしたの。これを見ればサンタクロースはこの部屋から出たくないはずよ。絶対食べるわ。食べた瞬間捕まえるの。三人でね!」
「なるほど、了解!」
「わかった!」
三人は長女の作戦に最後の望みを賭け、決して眠らないよう目を開いたまま布団で待機した。サンタが現れ次第、全員で取り押さえてプレゼントを独り占めするのだ。他の家の子供たちなんかにプレゼントは渡さない。三兄弟だけで牛耳るのだ。
しかし、いくら待ってもサンタクロースは現れない。永遠に続くと思われた漆黒の闇も、いつしか目が慣れ輪郭を持ち始めた。天井の木目が人の顔の様に変化し、窓の外には星が煌めく。冬とは思えない程度の暖房が、体を芯から温めてくれ、カチッカチッカチッと、一定のリズムで時を刻む秒針は子守唄となった。
「起きて、起きて!」
リトの声に慌ててケンタとタツキは飛び起きた。どうやら眠ってしまったらしい。
「サンタは!」
「ちゃんと来たみたいだよ!」
リトが嬉しそうにプレゼントボックスを抱えている。よく見れば二人の枕元にも同じようなプレゼントが。
「結局寝ちゃったのか」
「トラップが発動していないわ、サンタは窓から来ていない」
長男長女が現状確認をしている横で、リトはプレゼントを開けて一人喜んでいた。
「そういやタツキ、サンタの大好物は?」
「無くなっているわ」
「それで、大好物ってなんだったの?」
「生の牛肉よ」
「え?」
「生の牛肉よ」
理解出来ないといった表情のケンタに、タツキはドヤ顔で説明を入れた。
「サンタ、食う、ロース。でしょ?」
「ダジャレかよ!」
「ねぇねぇ! サンタさんから手紙来てた!」
そんな二人を、リトが突然制した。
「なんて?」
「うんとね、もうすぐ小学四年生だから、おもらしは治しましょうねって!」
最後まで読んでいただきありがとうございました。もしよろしければ、他の参加者の作品も合わせてお読みください。