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一生思いを遂げるという事~モテない男の幻想~

掲載日:2018/06/29

 自分の中の女性が目覚める。彼女の言葉が、心の中で紡がれ始める。まるで、眉から糸をほどくようにゆっくりと心情が表出されて、春の淡雪のように溶けていく。


「私は、一生、一人の人を愛せると思った」

素直に心情を吐露したが、すぐに別の自分に打ち消される。


「あんた、性別は男だろ。男にそんな真似ができると思えないね。あんたの実人生を顧みてごらん」

もう一人の自分は辛辣に、無垢なままの女性である私にきつい言葉を浴びせかける。むき出しの心が砂埃で洗われる気がした。


「たしかに私の女性遍歴は多いけど、それは、片思いの恋愛が駄目になったから別の人を探すしかなかった」

私は健気にも必死に抵抗した。意地悪なもう一人のざらついた声に抗うように。環境が自分を、様々な思い人との出会いを促すように仕向けたと主張した。苦手なドリブルを何回も練習するようなひたむきさで、声の主に反論した。


「なら、思い起こしてごらん。最初の初恋を」

私の初恋は遅く、専門学校で出会った18歳下の同級生だった。そそっかしくて、忘れ物が多く、裏表のない態度に、深く引っかけられた。


 タバコを吸わないのに、彼女に会いたいために喫煙所に通ってバス待ちをした。私の恋愛は周囲にばれている。でも構やしないと思っていた。海育ちのせいで、ハスキーな声、ちょっと茶色がかった髪の毛、細くて切れ長の目、よく似合っていたストリートファッション、全部が好きだった。


 結局、彼女とは仲良くなれず、失恋した時は、自分のすべてを否定されたことと、思い道理にならない状況と、周囲の上手く行ってるカップルたちとの比較で、冬の窓の結露のようにとめどなく涙があふれた。人目もはばからず、駅や電車の中や往来で泣き続けた。



「彼女との関係は淡い片思いから無残な失恋になった。それは仕方のないことです」

女性の心を持った自分は、当時の状況を淡々と告げた。


「なら、卒業式に時間を進めようか」

意地悪な声の主は、相手に卒業式の頃を思い出させた。スーツに身を包んだ同級生が、会場のロビーでたむろしている。その中に勝手の片思いの相手がいた。似合わないブラウスを着こなして、やや魅力が損なわれたイメージがあった。


「もう、その頃になると、わだかまりも消えて、お前と彼女はじゃれ合っていたよな」

彼女は、私のメタボ腹を見ると「なんだその腹は」と言い出して地獄突きをかましてきた。手刀が死亡に食い込む時、私は小さな悲鳴を上げて、笑い転げた。


「その時に、なぜやり直そうとしなかった」

意地悪な声の主は、私の心を爪で鷲掴みにして、力を込めた。ハートが押しつぶされて、真実を悟った。偽りの気持ちが染み出てきて、指を伝わって流れ落ちた。


 結局、私は、ストリートファッションに身を包んでいた頃の彼女は好きだったが、ダサいブラウスの彼女は好きではなかったことに気づいた。女性にメタモルフォーゼしていた私は、ただの男に戻った。

失った時間が、様々な可能性が、もう戻れない黒い結晶になって、わが身に降り注いできた。仲良くじゃれていたのなら、関係性を取り戻せたかもしれない。腹をへこめてやると、彼女に宣言すればよかったかもしれない。結局、私はどこにでもいる、遺伝子をばらまきたいだけの浮気者の男性だと悟った。一人の人を愛せるという認識は幻影だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] すぐ好きになっちゃう自分。何か親近感が(;^ω^) しかも、3日で忘れる事もしばしば。 これね、逆手に取るしか無いですよ。 カラオケで歌う時、曲ごとに思い浮かべる好きな人を変えて歌えるからラ…
2018/11/10 16:56 退会済み
管理
[良い点] 女性メタモルフォーゼという感覚が想像つかなかったです。しかし、思っていたような闇深い感じでは無かったので怖いもの見たさで読み始めたのに安心しました。 [気になる点] どういうやり直しを脳裏…
[良い点] 誰かを一生愛することなど、出来ないかもしれない。 そう思いながら、ずっと誰かを思い浮かべている。 なかなか切ない。
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