中
彼を見つめ続けてる私は、もう私らしくなんかなかった。彼は現在でこそ真剣に作業に取り組んでいるが、私が観る限りではそんな雰囲気はなく、入社してきた頃に比べてみれば一目瞭然なほどに疲れきっているのが判る。他の社員たちは、彼のいう言葉を鵜呑みにして作業をさらに増やしていったのを目にしてる。実際には寝れなくてクマが出来たんでなく、この労働に追われて眠れなくなり出来たものであって、この間の青傷も転んだ物ではなくて…実際に外出先で倒れこんだのを目の辺りにしている。そんな彼の姿を私は見たくもないのに、幾度と遭遇してきた。なんで私ばかりと思うほどに、彼の壊れていく姿を目の当たりにし続けてきた。
夜の音がビルの窓を通して聴こえてくる。私たち以外にも働いているのが判るように、あちこちのビルで所々電気が付いていて部屋に合わない少人数の人影がうごめいている。
私がいくら止めようとも、彼は手を動かし続けるだろう。その腕になんの思い出が刻まれているか解らないけど、私には到底抱えきれないほどの思いが刻まれているのだろう。そんな彼に私が出来るのは…その束縛された世界から解放させてあげること。
私が出来るのは、彼を楽にさせてあげること………。
私は彼にこう告げた。
「ねぇ、一緒にどう?」
唐突過ぎるかなと思いつつも、彼の返事を今までの人生以上に緊張をさせた。でも、そんな緊張もいらないほどに彼はピタリと手を止めて、つぶやいた…
「ぼくで……いいんすか。」
彼の帰りの支度が出来たころ、私は今までの気持ちを固めていた。彼のふとした瞬間の笑顔を眺めていると、なぜその顔が毎日眺める事が出来ないのかと社会と現実と私に恨んだ。ご飯をキチンと食べてないのかと疑いもかけたくなるけど、基からやせ形体質な彼。背は以外にもこんな私と同じくらいの小柄。それなのに彼から放たれるオーラは芸能人並に大きくて、未熟さに爪を噛んでしまう。そんな彼と少しずつ会話を繋げながら…漬け込んでいく…。
賑やかなお酒の店に辿り着いた時、低い声が聴こえた。私はお客の声だろうと、お店の中へさらに踏み出した。
街はもう暗闇まっしぐらだというのに、場の空気は昼夜逆転したかのように騒がしかった。そこにまた微かな低い声が、私に向かって呟いていた。私は気付かないふりをしていたんだと、自覚した。それはもう紛れもなく彼の声だった。彼はもう幾度となく私に呟いては、手を動かし続けていた。それは解決策ではないと知っていたから、私はいつまでも彼の心意を知りながらも傍にいて誤魔化し続けてきた。私はそれに対して何度も心を痛め、何度も立ち上がってきた。
『殺してください……』
そんな言葉、一体誰が聴きたいというのだろうか。さよならでもない、またねでもない、死にたいでも消えたいでもない、「殺してほしい」なんて言葉…誰が欲しているというのか。心中でも、お互いに同じな気持ちでない限り口に出せるようなものではないだろうか……
私は震えが止まらなかった。理解なんてするつもりなんかなかった。私はただ、彼を、一人の人間として、応援して愛して励まし続けたかった。
私は、彼の言葉を…強いお酒と共に飲み干した。