上
灰色に染まった窮屈な建物の中に私たちがいた。私たちは、情報と年齢というモノに束縛されながら生きている。誰か独り声を荒げようとするならば、周りはその人を強く非難をし、今後世に出て来ることがないように叩きのめしていく…。
私たちは一体…何のために生まれて来たのだろうか。こうしている間にも、また、この世のどこかで叩かれている………
「お疲れさまっ、これコーヒー。」
私は、同じ会社の同僚である彼に、コンビニのクジで引いて当たった新商品のコーヒーをプレゼントした。急に右肩の上にプレゼントを乗せられてビックリした彼は、一瞬こちらを向いた後、私にコクリと軽く解釈をして、視線を作業の方に向け直した。彼の態度に冷たく感じた私は、グッと凝り固まった両肩の凝りをほぐすように揉み始めた。
この、しばらく続く作業の音は、私を強く胸を締め付けていった。彼のことを強く…想わせていった……。そんな残業の仕方をしやている、私たちふたり。
Yシャツの腕捲りした彼の姿は、今はもう、どのアイドルやモデルよりも俳優よりも愛しくてたまらなかった。彼のその浸し隠したツラさを表に出さずに仕事に打ち込む姿は、私の心を放さなかった。弱味や愚痴なども言わない彼がとても不思議で心配で仕方がなかった。そして極め付けは、彼の腕に刻まれた……リストカットの遺り傷だった。私はしたことがないから解らないが、こう観るに耐えない傷なのは確かなのだ。私ごとぎが口出す事ではないと思いつつも、彼の去る後ろ姿を見つめていると、胸が張り裂けそうで嫌なのだ。
「……えっと、コーヒー飲めないんですけどっ」
作業に打ち込んでいた彼が苦笑いしながら、あけた缶ボトルを口のところまで持ってきたが、それ以上動けない事に気が付いた。私は考えごとしながら適当に揉みほぐしてしまっていた両手たちを、速やかに彼の肩から遠ざけた。 彼はその開放された肩を自由に動かすように、全身でクイックイッとコーヒーを口にした。グイっと呑む彼の姿の喉仏に眼がいき、私は追いやった右手を、背中のうしろでギュッと握り締めた。
私の思いは知っていても、彼の想いをどこかで知りたいと願った。
そうして彼はまた、終わらない作業に眉端と口先にシワを寄せて仕事を始めだした。
そんな彼を見て、想いが溢れていった。
『あれ………何だか私、
なんだか私、拓いちゃいけない扉を開けてしまったかも……………しれない』と。
つづく