第3話「震エテ眠レ」
岡山県真庭市の山中における高校生集団自殺、その集団自殺が他殺によるものだと疑われ、俺は一時容疑者となった。しかしロープに俺の指紋がなかったのと、あの日にずっとホテルの部屋で寝ていた供述がホテルよりあった為、捜査の段階で俺の無実は晴れた。
しかし世間はそんなに優しくなかった。
俺は学校や近所で殺人鬼と噂されるようになり、誰からも敬遠されはじめた。それは家族も然りだ。今でこそ何とか新しい仕事を始めたが、親父は暫く無職の状況にも追いやられていた。
当然俺は高校を辞めた。食欲も日に日になくなり、自分の部屋から出ることもできなくなった。俺がこうなったのは何も世間が俺をそうしたからではない。
あの忌まわしい記憶がいつまでも俺の脳裏に残って離れなかったのだ。彼女のあの姿を思い出すたび、俺は顔が真っ赤に腫れるまで机で自分の顔を打ち続けた。周囲からはキチガイだの精神病だの好き勝手に言われているに違いない。どんな涙を流したって誰からも受け入れて貰えない。そう思ってしまうのだ。たった1人を除いて。
「お兄ちゃん、ご飯持ってきたよ」
あの時、8歳だった妹の彩芽は13歳になった。彼女は偽名を使いながら、何とか学校に通っている。そしてこんな風になった俺の面倒までもみてくれている。
「ごめんね。お兄ちゃんがこんなんで……」
「もう! 謝るぐらいなら全部食べて」
「うん。今日こそは頑張るよ……」
「あ、そうだ! パパがボーナス貰ったらしいから、今度家族で旅行に行かないか? だってさ!」
「旅行?」
「うん! お父さんが運転してどこにでも連れてってくれるのだって!」
「俺……こんな体だしな……」
「だから頑張って食べるの! せっかくだよ! 遊園地にでも行ってみよう!」
「ゆ……う……」
俺はたった一言に狂わされた。
「うぁぁああぁぁぁぁぁあああぁああああああぁぁあああぁぁあああ!!」
狂いだした俺を彩芽が背中をさすって落ち着かせる。
「お兄ちゃん! 落ち着いて! 落ち着いてってば!」
やがて母親が駆けつけて俺の制圧にかかる。
こんな毎日をどれだけ過ごしてきたのだろうか。俺はもう限界を感じていた。それでも献身的に支える彩芽だけは心の支えだった。だから吐いてしまう食事も何とか口にしようと努力に努力を重ねた。やがてこんな俺にも光が射してきた。
栄養失調とも診断されていた俺だったが、だいぶ基準値まで食生活を改善することもできた。外出もちょっとずつできるようになり、カウンセリングから社会復帰のプランも提案されるようになった。誰でもない彩芽のお蔭だ。彼女の存在は壊れかけた家族の絆を見事に蘇生させてくれた。
やっと順風満帆な生活に戻れる。そう思っていた矢先のことだった。
夜中目が覚めると、すすり泣く声が聴こえた。耳を澄ませてみればよくわかる。母の声だ。俺はそっと部屋を出て様子を伺った。隣の彩芽の部屋が開いている。母がドアを開けていた。そして母は泣いていた。しかし俺を見るなり、もの凄い形相で怒鳴りつけてきた。
「聡! 自分の部屋に帰りなさい! アンタはここに来ては駄目!!」
そんなことを言われたものだから、俺は制止する母を押しのけて彩芽の部屋を覗きこんだ。
そこにあったのは首吊り自殺をした彩芽の亡骸だ。
俺は頭が真っ白になった。その刹那で色んな記憶がフラッシュバックした。
「そんな……何で彩芽まで……彩芽は……彩芽は全く関係ないだろう……」
「違う! 聡は関係ないの! 彩ちゃんは学校で虐められていたのぉ!!」
俺と母が揉みあいになる。しかし俺の暴れる感情は止まらなかった。溢れ出る涙と嗚咽が俺の身体から放出された。
「うわぁあぁあぁぁああぁぁああああぁぁあああぁあぁあぁああああ!!」
俺は母の言葉を振り切って、そのまま家を飛び出した。
行く宛てはない。でも俺は全てを思い出したのだ。そうだ。思い出したのだ。
あれは5年前の5月、俺と小林が交際を終えてから間もない頃の出来事だ。小林が工藤に接近していた時期にもあたる。
噂があった。俺は五十嵐から聞いていた。シングルマザーである小林の母親と工藤の父親が不倫関係にあったと。この問題は工藤の両親を離婚に追い込むまで発展したと言う。結局は示談が成立し、小林家が多額の賠償金を払う形になったと言う。小林が工藤の友人となって尽くし始めたのもこの頃の話だ。
だけど肝心なのはそこじゃない。
俺と五十嵐、玉木は他クラスの友人達と下らない野暮用があって、その日の放課後は残っていた。偶然にもそのタイミングで、工藤を中心とした女子4人の連中が何やら“鬼ごっこ”らしき遊びをしているのを見かけていた。
クラスで人気のある工藤、その工藤が何か面白い遊びをしているということで、五十嵐と玉木が「俺達も参加してみよう」と悪ノリで興味を示していた。やはり俺は小林が気がかりだったので、その意味で工藤達の遊びに合流することに賛同した。
教室に戻って俺達が見たのは悪夢だった。
工藤のグループ女子3人が小林の首に縄をかけて“首吊りごっこ”をしていたのだ。苦しむ小林を見て俺は急いで止めに入ろうとした。しかし工藤は五十嵐と玉木に俺を止めるよう呼びかけた。五十嵐と玉木は何を思ってか、俺を制圧し始めた。わけがわからなかった。
やがて小林の息の根が止まった。
高笑いをはじめる工藤に呆気にとられて悄然とする一同。俺はショックで言葉を失った。しかしそこにいた全員へ工藤の言葉は強烈な余韻を残した。
「このことを言ったらタダじゃおかないから。あなた達も共犯よ?」
結局高校生による高校生の殺人はろくな捜査もなく、自殺で片付けられたのだ。葬儀の日、小林を殺害した女子3人は信じられないぐらいに大泣きをしていた。俺はそれを見て怒りを感じない筈はなかった。でもそれ以上に俺は彼女達が怖く、人が殺意に狂う記憶をどこか遠くに葬りさりたかった。
そしてあの「裏野ドリームランド」の件に至る。
いや待て。だとしたらあそこに誘ったのは誰だ?
無我夢中で走っていた俺はいつの間にか知らない所に来ていた。
外壁が大きく聳える、錆びた遊園地。
まさか。目をこする。間違いない。またここに俺は来てしまったようだ。
「!?」
急に目の前のメリーゴーランドがまわりはじめた。不気味ながらも綺麗だった。俺は少しだけそれを眺めると。ゆっくり歩みを進めた。
ジェットコースターも延々と動いている。首を捻じ曲げられた女子2人が乗っている。死んでいる。
ミラーハウスの前では男が首を捻じ曲げられて横たわっていた。この男もまた死んでいる。随分と派手なお洒落しているのに。可哀想だ。
観覧車も動いている。ここにも誰かが乗っているのか? 俺はずっと眺めた。するとドンドン! と叩く音が聴こえた。窓越しに懐かしい顔がうつる。
「工藤! 工藤か!?」
俺は急いで降りてくる観覧車に駆け寄った。工藤はどうやら観覧車に閉じ込められているようだ。俺は辺りを見渡して何とかしようと思ったが、何もできない。工藤は顔を窓にペタッとくっつけて助けを求めている。
俺が彼女に何かを言おうとしたその瞬間、彼女の首はペキっととても不自然な形で折れてしまった。急に白目を剥いたことと言い、もはや人間の仕業ではない。
俺が工藤の死を確認した直後、背後から視線を感じた。
恐る恐る後ろを振りむく。するとそこに彼女が立っていた。
「お久しぶり。聡君。随分げっそりしたのね」
小林真美だ。あの日の記憶のまま、古臭いワンピースにポラロイドカメラを首から下げている。彼女はパシャリと観覧車前でたじろぐ俺を撮った。
「ふふふ。別人みたい。記念に撮ってあげたよ」
小林はゆっくりと俺に近寄る。
怖い。だけど動くことができない。
やがて彼女は俺にそっと抱きついた。
「ねぇ、私のことはもう愛していない?」
「も、もう付き合ってはないのだろう?」
「うん。でもまた愛し合いたいかも……」
「やめておけよ。俺はお前を見殺しにしたじゃないか……!」
「随分昔のことを気にしているのね。もう昔のことじゃない」
「それでも俺は……」
怖いのか悲しいのか、わからないまま俺は涙を流し始めた
「どうしたの?」
「もうクタクタだよ……」
「そう。じゃあ休ませてあげるよ」
「真美……」
「だけど私のお願いもきいてね?」
「お願い?」
「君をたっぷり愛してあげるから、君は私をたっぷり愛して」
俺の背中を撫でる真美の手は1つ2つ3つと増えていった。彼女は怖いくらいに口元を歪めて微笑んでいる。数え切れない手はやがて俺の喉元にもせまった。
ああ、俺もまた罰を受けるのだ。
そして視界に真っ暗な闇が広がる。
最後に俺が目にした物。
それは愛する人が命を閉じた場所で命を閉じる自分自身の姿だった。
∀・)読了たいへんにありがとうございました!なろうの公式企画であります「夏のホラー2017」に初参戦の作品となりました。さていかがでしたでしょうか?ボクなりの「怖い」を詰め込んだ感じで製作にとりかかりましたが「怖い」と感じて貰えればコレ幸いです。宜しければ感想大歓迎です。また活動報告でも色々掘り下げてこの作品の話ができればなと考えています。ホラー企画、面白いですね。また来年も是非参加したいです☆来年はもうちょっと余裕をもって参加したいと思います(笑)