第2話「闇ニ浮カヴ遊園地」
随分と広い遊園地のようだ。施設全体に紫色の装飾がなされていて照明が弱く、とんでもなく不気味な雰囲気を醸し出していた。
「ここが裏野ドリームランド?」
ゆっくりと立ち上がった工藤がお尻の埃を払って呟く。
「さっきまで山におったやないか。こがーなことがあるか?」
動揺を隠せない玉木はしりもちをついたままだ。
「ありがとう。ねぇ? 小林さんがいなくない?」
俺は前園が立ち上がるのに手を貸していた。前園はお礼に合わせて、俺に問いかける。
「ああ……五十嵐もいないな」
俺は周囲を見渡して五十嵐もこの場にいないことを告げた。
この遊園地一帯は数十メートルにも及ぶ外壁で塞がれていた。まるで『進撃の巨人』にでてくる防壁。よじ登るのも並大抵の素人じゃできないだろう。でも今、そんな事をあれこれ考えている場合ではない。工藤は戸惑う全員に話しかけた。
「これからどうする?」
誰もが返答に躊躇した。今現実に起きている事はあまりに非現実的な事なのだ。数分の沈黙を前園が破った。しかしその声は怯えて震えていた。
「と、とりあえず出口を探さなきゃ。ずっとここにいたくもないでしょ」
「出口なんかあるか!? 今さっきまで俺達は山の中に居たんやで!?」
さらに声を震わした玉木が前園の提案を遮る。無理もない。混乱して当たり前だ。俺は顎に手をあてて考えた。これでも動揺しているが、この4人の中で最も冷静になれるのは俺か工藤のどちらかだ。俺は重たい口を開けた。
「前園の言うとおり、出口があるのなら出口を探そう。だけど、小林と五十嵐も探そう。ここじゃないどこかに飛ばされたのかもしれないし……それとこれから何が起きるかわかったものじゃない。俺達4人は全員一緒に離れず動こう。もう携帯も使えないみたいだしな……」
「け、携帯が? う、うそぉ!!」
前園はすぐに懐からスマホを取り出して確認する。電波が圏外になるどころか、電源自体つかないのだから困ったものだ。
「倉木君の言うとおりね。私の懐中電灯は点くみたいだから、これを頼りにしましょう。いつまで電池が持つかわからないけど……」
「ああ、頼む。こうやって意思疎通ができるわけだ。はぐれないようにしよう」
俺も工藤も何とか平静を装っているのだ。俺達は密接に寄り添って工藤の懐中電灯が照らす道を歩んだ。肩に前園の手がかかる。彼女の手は震えていて、そこから汗が滲んで止まらなかった。
俺達が目を覚ましたのは大きなメリーゴーランドの前だ。そこを一周すると、少し離れた所にあるジェットコースターの付近を歩いた。そしてミラーハウスに観覧車、どれも錆びた状態が目立っていた。何年いや、何十年放置すればこんな風になるのだろうか? あまりにも不気味なアトラクションの数々に俺達は息を飲むしかなかった。勿論その中に入るワケなんてない……その筈だった。
大きなお城がたっているそのアトラクションは『ドリームキャッスル』と看板に書いてあった。その看板のすぐ下、見覚えのあるサンダルが一足落ちていた。
「これ……小林のじゃないか?」
俺は懐中電灯に照らされたサンダルを手に取った。そして広場で撮った写真をとりだしてすぐに確認した。間違いない。俺は目の前に聳えたっているドリームキャッスルを仰ぎ見た。
「なぁ、この城の中に入らないか? 小林が逃げ込んだ可能性がある」
「何言うのよ!? 今は出口を見つけることが先決でしょう!?」
「ホンマや!! 逃げている奴に構っている暇なんかあるか!!」
「見なさいよ! この建物だってこんなに錆びているじゃない!」
「だからどうしたって言うのさ?」
「え?」
「前園、玉木、お前らが怖いのはよくわかる。俺だって怖い。だけど1人でここに飛ばされた小林と五十嵐の立場にたってみろ。俺達どころじゃないに決まっているだろ!!」
俺は感情がこもった。そしてそのまま言わなきゃいいことも言ってしまった。
「俺は小林と付き合っていた! 今は彼氏じゃないけど、アイツに何かあったら居ても立っても居られないのは当然だろ!!」
「!?」
俺は感情に押されるまま玉木の胸座を掴んだ。前園が仲介に入ったが、俺の暴走を止めたのは工藤の溜息とそれに続く言葉だった。
「こんなところでカミングアウトなんてさ、恥ずかしいったらありゃしないね。でも、わかったよ。その勇気に免じて行ってみようじゃない。サッチ、私も一緒だから行こう。仲間は1人でも多い方がいいでしょ? サンダルも返さなきゃ!」
「トミ……」
「玉木君は早く出口探したいのなら急いだら? 私はビビッてばかりの男子じゃなくて、倉木君を頼りにする。男の弱音なんて聴くにたえないし」
「そんな! 俺だって!」
俺達は工藤の計らいによって城の中へ入ることにした。俺は工藤に頭を下げて礼を言った。工藤は苦笑いでそれに返した。サンダルは前園が保管した。
城の中は特に何もなかった。多くの絵画や展示物が飾られているばかりだった。そしてどれも朽ちていて、不気味な雰囲気を醸し出すばかりだった。結局4階の展望台まで行くが、何も見つからなかったし、小林なんてどこにもいなかった。
4階の展望台から見える景色はただの闇夜に浮かぶ月と星、そしてこのテーマパークを囲んでいる山々だった。落胆して1階に戻った。そこで俺はあることに気がついた。1階の受付場所のすぐ近くに地下への階段があったのだ。もし小林がここに逃げこんでいるのなら、地下に逃げこんだのではないだろうか?
俺は階段まで率先して歩き、決定的なものを見つけた。
「見ろよ。これ」
一同は驚愕した。俺が手にしたのは小林の生徒手帳だ。もうこうなれば地下に行くしかない。俺達は恐る恐る地下へ向かった。
狭い地下室には何もなかった。小さな立ち台と首吊り用に結ばれて設置されていた縄を除いて。
「何なのよ!! これはっ!!」
これまで何とか平静を保っていた工藤が激しく憤りだした。しかしここにきてトーンダウンした前園が何とか彼女を落ち着けた。確かにこんな時にこんな物を見せつけられたら、腹が立つに決まっている。しかしそれにしても何であんなにまでイライラしてしまっているのだ? 俺と小林が交際していた事とは別に彼女は彼女で人に言えない秘密があるのかもしれない。俺はひとまず謝った。それと同時に小林がここにいない悲しみに暮れ始めてもいた。
俺達は城を出て、再び遊園地の探索を開始した。それからも様々な錆びきったアトラクションの数々を目にした。そして遂にこの遊園地の玄関口に辿り着いた。
しかし一縷の望みの芽は摘まれていた。巨大な出入り口は巨大な鉄格子により、固く閉ざされていたのだ。
「もう、どうしようもないのか……」
俺達はみんなその場にしゃがみこんだ。みんながみんな疲れ切っていた。
そんな時だ。俺達の近くにある『アクアツアー』のアトラクションから大きな悲鳴が聴こえた。咄嗟に立ち上がる俺達一同、俺は思わずアトラクションの中へ駆けこんだ。あの声は……五十嵐暁仁の声だった。
「待って! 倉木君! 一人で行かないで!」
俺の勝手な行動に工藤達も続いてくれたみたいだ。みんな、本当にすまん。
アクアツアーの中を探し回った。しかし何もない。アトラクションの雰囲気を演出する為かところどころで水族館のような大きな水槽の展示がされていたが、死んで朽ちた魚がプカプカ浮いているだけだった。
やがて工藤達3人が俺に追いついて合流した。
「はぁ……はぁ……どうしてそんな急に動けるんや、お前」
「すまん。どうしても五十嵐の声に聴こえてしまって……」
「それよりこんなところ出よう! 出口で待ってよう! こんな所で悲鳴あがるなんてさ、気分が悪いよ!!」
前園の言葉に誰もが納得した。そしてこの建物の外に出ることにした。
外に出るとアクアツアーの乗り物がプカプカと浮かんで順路を巡回していた。ここの乗り物は水流を利用して、ずっと順路を流れ続けているらしい。真夜中に動き続けるアトラクションだなんて何とも気味が悪いが、さっき見た魚の死骸に比べれば可愛いものかもしれない。
そう俺が1人思っていた時だった。
乗り物の後ろから乗り物でない物が浮かんで泳いできた。
「おい、何やアレ?」
玉木が指でさす。それが何かわかった途端、俺達は一斉に青ざめた顔になった。信じられない現実が目前に訪れた。
俺達が見た物。それは首の角度がありえないぐらいに曲がった五十嵐の死骸であった。目は白目を剥いており、生きてないのは誰の目から見ても明確だった。
「いやああああああああああああああああ!!」
工藤と前園が大きな悲鳴をあげて逃げ出した。2人とも別々の方向へ逃げ出す。続けざまに何かを喚いて玉木も逃げだす。俺はその場で哀れな姿に変わり果てた五十嵐を見て呆然とした。俺は頬に冷や汗を垂らした。
どれくらいの時間が経ったのだろうか?
俺は暗澹とした気持ちで絶望を抱えたまま壁に寄りかかる。五十嵐は何者かによって殺された。そいつが人間なのかどうかもわからない。何とかしたい。でも何ともならない。俺はやがて涙を流していた。情けないけど、怖くて泣いていた。怖くて俺はもうどうしようもなかったのだ。
「倉木君」
聞き覚えのある声が俺の涙を止めた。
顔をあげる。そこにはずっと探していた友の姿があった。
「真美!」
俺は彼女の苗字でなくて名前を呼んだ。そしてそのまま抱きついた。
「うわっ! ちょっとやめてよ! 私達もう付き合ってないでしょ!?」
俺は小林に押し返された。そしてそのまましりもちをついた。そんな俺を見て、彼女はクスクス笑い始めた。それでもそれからやっと俺が普通の状態でないことに気づいてくれたようだった。
「あれ? 倉木君、泣いているの?」
俺はとっさに「泣いてなんかねぇよ!」と反抗してみせた。だけどこれまでの経緯は話さないといけない。深呼吸をしつつ気持ちを整えて、メリーゴーランド前で目が覚めてからの話を赤裸々に伝えた。
「そうだったの……五十嵐君……捕まっちゃったのね。可哀想」
「捕まっちゃった?」
「うん。私もこの辺で目が覚めたの。んでね、その時に白い人間じゃないような化物に襲われて。何度か追いつかれたけど、何とかお城の中に逃げ込んだのよ。地下室みたいな部屋に鍵をかけて何とか逃げおおせたけど……」
小林の声はだんだんと震え始めた。そうか。そうだったのだ。彼女は何とか命からがらここまで逃げてきたのだ。そして俺達が見つけたサンダルと生徒手帳はやっぱり彼女の物だったのだ。片足しか靴を履いてない彼女を見て、俺は彼女を今度こそ護ってみせると心に固く誓った。もう恋人でなくてもいいのだ。純粋に彼女を愛せるのならば何だっていい。そう俺が心の中で唱えた瞬間だった。
突如頭上から「ゴゴゴッ」と大きな音が鳴り響いた。
見ると巨大な鉄格子の扉が開き始めていた。
「お、おい、マジか。マジかよ! やったあ!!」
俺は小林の手を引いて夢中で玄関口まで走りだした。無我夢中だった。工藤や他の奴らも急いで向かってきているに違いない。俺は勝手に確信した。
凱旋門をちょうどくぐり抜けようかという時、小林は俺の手を振りほどいた。俺はとっさのことに驚きと怒りを素直にぶつけた。
「おい! 急にどうした! ここから出ないのか!」
小林の顔は真剣に俺を睨んでいた。だけど次の瞬間、俺の唇は彼女の唇で塞がれた。ちょっとした沈黙が2人を包み込む。俺は何が何だかわからなくなった。
「真美……う? うぉおおおおおおおおお!?」
俺が彼女の接吻に酔ってしまうやいなや、俺はもの凄く強い力によって門外へ吹き飛ばされた。小林が突き飛ばしたのか? いや、そんなことがあるわけ……
俺は腰を激しく強打してしまったらしい。なかなか立ち上がれずにいたが、何とか顔をあげてみた。すると巨大な鉄格子の扉が閉まり始めているではないか。俺は声を張り上げて彼女の名前を叫んだ。しかしその直後に俺は言葉を失った。
彼女はそっと微笑みながらも首を傾けて手をゆっくり振っていた。その傾きは軽く傾ける程度のものだったが、だんだんと角度がつきはじめて肩の下まで垂れ下がり、ろくろ首のように変わり果ててしまった。しかし表情は何も変わらない。不気味にも彼女は微笑んで俺をひたすら見つめていた。
やがて扉が閉まる。そして大きな地震が俺を襲った。俺はまたも気を失った。
俺がぼんやりとした意識を取り戻した時、俺は警察署で取り調べを受けていた。俺に課せられた容疑は殺人容疑だ。絞首での殺人。犠牲となったのは俺のクラスメイトの工藤富美子、前園皐、五十嵐暁仁、玉木欣二、そして木庭郁美……
木庭? 木庭って誰だ?
俺はただ黙秘を続けた。本当のことを誰に言ったってわかって貰える筈がない。俺は天井を仰いだ。どうやらとんでもないことに巻き込まれたらしい。
俺はこの現実が夢であって欲しいと願い、目を閉じた――