第1話「噂ニ導カレテ」
「裏野ドリームランドって知っている?」
クーラーのよく聴いた教室、授業と授業の間のちょっとした休憩時間。女子で同じ班の小林が俺達に話しかけてきた。
「知らない。何だよ? それ?」
「真庭市の方にね、随分前に廃園になった遊園地があるんだって」
「なんやねん、そこいったらお化けが出るゆう話かいな? ベタやな~」
「お化けが出るかどうかはわからないよ? でも雰囲気はあると思う!」
「何だよ? もったいぶらせやがって、要するに肝試しがしたいのか?」
「むぅ、五十嵐君ってばノリが悪いのね! 工藤さんを呼ぶのになぁ~」
「え! 何それ! 結構バカにできない企画じゃねぇか!」
「お、俺も行くで! 倉木も行くやろ!」
「お、おう……」
「良かった! みんなの都合の良い日を後LINEで教えてね!」
高校2年生の夏休み前の話、男子で駄弁っている所に女子がやってきて遊びの誘いをかけてきた。普通の男子高生ならそれだけで心は踊ってしまうものだが、クラスのマドンナと称される工藤富美子が来るとのころで、五十嵐と玉木はホイホイ食いつくように小林の企画に乗った。
俺、倉木聡は工藤のことをあまり好きではなかった。確かに目が大きく端整な顔立ちをして胸も大きく、成績優秀で資産家の娘ときている。クラスの誰しもに大盤振る舞いもする彼女だが、その全てが胡散臭いと俺は感じていた。
「おい、倉木、何冴えない顔しとんのや?」
「え? いや、そんなことはねぇよ。楽しみだよ」
「お前、実は怖いのが苦手なんちゃうか?」
「違うって!」
「しかし何でまた小林なんだろうな? 工藤が直々に来てくれた方がさ、俺達はよっぽど嬉しかったぜ?」
「…………」
ひっかかるところがある。事実、小林がここのところ工藤と彼女のツレである前園の使いパシリにされているトコを俺は何度か見ていた。小林は基本大人しく、特にクラスで友達を作ってもいない。でも、たまに工藤から「お願い」をされて学校の売店に物を買いに行くところをこの目に焼きつけている。もっとも、お金自体は工藤が手渡しをしていたが……
俺は首を傾げずにいられなかった。しかし小林はそんな俺の杞憂を打ち消してしまうぐらいに笑顔で明るく振る舞っていた。
俺の班は俺と五十嵐と小林の3人だ。班長は俺で、クラスの多くが嫌がる前方の席の班になる。普段から真面目に勉強している俺達だったが、この日は時間が空けばすぐに小林が話す「裏野ドリームランド」の話題で盛り上がった。
放課後、ホームルームが終わると俺達の席まで肝試しに参加する面子が揃った。言い出しっぺの小林真美、クラスのマドンナである工藤富美子、工藤のマブダチな前園皐、大阪育ちで卓球部の玉木欣二、野球部補欠でチビながらもクラスではちょっとした人気者の五十嵐暁仁、そして俺、倉木聡の計6人だ。
「これね! ここのサイトに詳しい事が書いてあるの!」
小林はスマホを俺達に見せて説明をしてみせた。
「裏野正明って人が創ったテーマパークらしくてね、開園間もなく1カ月で閉園したのだって。子供が行けば子供がいなくなる。ジェットコースターで事故が起きたと言うけど、どんな事故か憶測ばかりが広がる。アクアツアーでは変な謎の生き物が観られる。ミラーハウスに入っちゃうと別人になって出てくる。お城の地下には拷問部屋があって、観覧車の近くを通ると『出して』って言う声が聴こえるのだって。何でもおまじないをして入園できる遊園地らしくて……」
小林含め6人全員が小林のスマホが映しだす画面に釘付けになった。というか、コイツこういうオカルトが好きだったのかよ? と俺は苦笑いもしてしまった。
「ふーん、遊園地と言うよりは遊園地自体がお化け屋敷みたいな?」
「っていうか、こんなに大規模な所があったら、みんな知ってなくない? ウチ、初めて知ったよ。こんなの」
「でもサイトに写真あるし、あるのはあるのだと思う」
「ま、なくてもええやないか。それはそれで野外活動とかになりそうやし」
「お前すごくポジティブだな……」
「玉木の言う通りだ。せっかくなんだし、これが偽物でも田舎を満喫しようぜ!」
工藤にゾッコンな玉木と五十嵐は我を忘れて必死になっていた。
「あの、もしこれがガセだったら、私、土下座でも何でもするよ!」
「そんなことするなよ。仮にそうでもお前が悪いわけじゃないのだし……」
小林もなんだか必死だ……
「わかった。マナミンがそこまで言うなら、私が企画したってことでいいよ!」
「工藤さん……」
「サイトにちゃんと住所が書いてあるのだし、ガセだったらサイト元にクレームをつけてあげればいいじゃない? ね、サッチ?」
「そうだね。問題は宿泊する所だけど、ある程度はお金をかけちゃうかもね~」
「お金に困っているなら私に相談あれ! ある程度ぐらいなら相談にのるよ!」
玉木と五十嵐が「お~!」と声を揃えて狂喜した。色んな下心が丸見えだ。
ひととおりの話が終わると俺達は解散した。部活をしているメンバーが多く、日程を決めるのに試行錯誤を重ねたが、何とかお盆の最中に予定を入れることに成功した。解散直後、前園と別れるタイミングを見計らって、校内廊下で俺は工藤に話をかけてみた。どうしても気になることがあったのだ。
「よぉ、ちょっと聞きたいことがあるのだけどいいか?」
「あら、倉木君、どうしたの?」
「今回の肝試しは本当に小林が提案したことなのか? あんたじゃないのか?」
「口利き悪いよ。何をどう考えたらそんなファンタジックな展開になるのよ?」
「言いづらいことだけどさ、ここ最近、俺は何度か見ていて……」
「何を?」
「お前、ときどき小林をパシリにしているじゃないか」
工藤は溜息をつき、手を広げて首を横に振ると悟ったように話しだした。
「あれはね、マナミンからお願いしてきたんだよ? 私達も突然にだから驚いたけどね。『何でも買ってあげる』って頑なに言うものだから、文具をお願いしたの。お金まで出そうとしていたけど、さすがにそれはね……。キミは何も知らないのだろうけど、あれから私達は一緒に遊んだりもしてもいるのよ? ほら、これを見て」
そういうと工藤は手帳を取り出し、プリクラを見せてきた。たくさん貼られているプリクラの中に小林が笑顔で写っているものがいくつか交じっていた。
「マナミンなりに私と友達になろうと努力したのだろうね。さすがに断るのもさ、可哀想だから彼女の『お願い』もこうしていくつか聞いたりしてあげているの。でも街で遊ぶこととか慣れてないみたいだし、無理している感じがあるからさ、そんな頻繁に呼んではないけどね……今回の真庭市の話も彼女なりのアプローチなのじゃないかな? 私はそう理解しているつもりだけど、倉木君はそういう風に私を疑ったりするのね?」
優しく微笑んでいる彼女はとても嘘をついているようには思えなかった。俺は偏見で工藤と小林の関係をみてしまっていたようだ。俺の知らないことは山ほどある。俺はとても恥ずかしく、ただ「すまん……」と返事するのに精一杯だった。
「ふふっ、倉木君ってば、マナミンのこと好きなの?」
「な!? ち、違うよ! これはその……」
「そんなに詳しいことまで心配していたなんてね。マナミン、喜ぶだろうなぁ」
「お前! アイツにそういうのはないからな! 変なことするなよ!」
「はいはい。これ以上遅れると顧問の先生に怒られちゃうから行くね」
「お前! 絶対やめろよ!」
「わかっていますって。またね。15日に」
「おう」
工藤は颯爽と彼女の所属する吹奏楽部のある音楽室へ向かっていった。
俺は心のモヤモヤが多少は解消されるも、何とも言えない気持ちに支配されたままだった。俺は部活なんてしていない。家に帰ると、予備校に行くまでの間、眠れるだけ眠った。俺は毎日のように勉強漬けの日々を過ごしていた。
今だから言えるが、俺と小林は高校1年生の時に交際していた。キッカケは同じクラスだったことと、同じ予備校に通っていたことだ。俺も彼女も決してお洒落なタイプでなく、古風な佇まいと趣向が合ったことから、どちらが告白をすることもなく、自然と交際に発展した。何回もデートに行って、何回もキスを交わす無邪気なカップルだった。
しかし高校2年生の春になって、突如彼女から別れを告げられたのだ。「友達でいたい」と。俺はその時ショックを受けてばかりだったが、次第に彼女の気持ちを受け入れるようになった。聞いてみれば、今のアイツに彼氏はいないらしい。だからいつでも思う。同じ教室にいるわけだし、何かキッカケがあれば依りを戻すことができるのかもって。それまで俺は彼女を苗字で呼ぶことにした。
今回の「裏野ドリームランド」の誘いは俺にとってもまたチャンスだった。
8月の15日の昼下がり、俺達は岡山駅に集結した。この度の旅行を何らかの合コン的なものと思っているのか、みんな張り切った格好で集結していた。あまりお洒落なイメージが似合わない玉木が彼とアンバランスかつ高価そうな服を着ているのがツボで、俺や前園は爆笑をしてしまった。スポーツマンな前園とお嬢様な工藤は、思いっきり肌を露出した刺激的な夏のコーデで来ていた。誰も何も言わなかったが、明らかに玉木と五十嵐は嬉しそうに鼻を伸ばしていた。
俺と小林はシンプルかつ地味な佇まいでこの旅行に参加していたが、小林の古臭いワンピース姿には少し笑えた。首にかけたポラロイドカメラもいい感じだ。
県北の奥地である真庭市の美作落合駅までは津山駅の経由で電車を乗り継いで向かった。電車の中は終始賑やかだ。周囲に迷惑なんじゃないかと思うぐらいに。そう言えば、普段から笑顔をみせない小林もずっと腹を抱えながら笑っている。
俺はずっと小林の傍にいたけども、彼女が欲していたのはもしかしてこういうものだったのかもしれない。今は工藤に夢中になっている玉木と五十嵐がもしも彼女に鞍替えをしてきたら、俺はいてもたってもいられなくなるのだろうけど、今はそんなことどうだっていい。彼女の弾ける笑顔を見られて俺は幸せなのだ。
やがて俺達一行は美作落合駅に到着した。すぐに徒歩30分のホテルへチェックインした。1人1部屋とってあるようだが、このノリだ。男子は男子で、女子は女子で誰かの部屋に集まって朝まで騒ぐのだろう。そんな事をあれこれ想像しながら俺は1人ほくそ笑んで部屋を出た。
ホテルを出た俺達は早々に合流して、裏野ドリームランドを目指した。
ホームページに記載されている住所は駅またホテルからも随分と離れた位置にあり、人里離れているも甚だしい場所に所在するようだ。この地で有名な神社の近くに山道があり、そこから登っていった所にあるらしい。
こんな何もない田舎町に何の目的で遊園地を建設したのだろう? 車が通られもしない所にわざわざ娯楽施設を建てるというのか? どうやって経営しろと?
疑問の矛先は当然のように小林に向けられた。しかし施設のホームページ自体は確かに存在していて、誰の携帯からもアクセス可能である。小林に疑惑が課せられていても、せいぜい玉木と五十嵐が彼女をからかう程度に終わった。
神社を通り過ぎて10分ぐらいか、陽が沈みかけた頃に俺達はそれを見た。
「見てよ! あれ!」
視力の高い前園が1番に気がついた。彼女は一目散にそれを目がけて走り出す。そしてそれを片手で掴んで、もう片手で手を振って見せた。そこにあったのは、「裏野ドリームランド」と白いチョークで書かれた木造の看板だった。実に貧相な看板だが、それは矢印状になっており、矢印の向く方向には山道への入り口があった。噂は嘘をついてなかった。ある意味で。しかしここまで来てしまうと、もうこの先の展開は見え透いていた。
「お、おい……帰ろうぜ」
多くの木々に囲まれた山道、その先は夕刻をとっくに過ぎているせいもあって、とてつもなく暗く、不気味な雰囲気を醸し出していた。その雰囲気にやられて五十嵐は思わず弱音を吐いてしまった。
「ゆ、遊園地なんてあるワケないだろ。だ、誰かの悪戯だよ。こんなものは」
「どうしたよ? こんな所でおもらしでもしそうになったの?」
「ち、違うって! 俺は何ていうか……この先にすごく嫌な予感がして……」
「はいはい。じゃ、私達先に行っているね」
工藤と前園は五十嵐をからかうと、先頭を歩いてはしゃいでいる玉木に続いた。俺は心配して残ったが、小林は汚名を返上するかのように吐き捨てた。
「誰デチュかね~? 『小林が全部作ったおとぎ話』とか言っていた男子は?」
「うっ……違う! そうじゃない! 俺は……」
「行こう。倉木君♪」
颯爽と工藤達に続く小林。俺は小林のことも心配だったので、五十嵐には一言残しておいておくことにした。
「無理するな。ここに残るなら残るでもいいし、帰ってもいい。後で連絡する」
五十嵐は両手で頭を押さえて、そのまま看板の前でへたりこんだ。
五十嵐を除いた俺達一行は長い山道をひたすら歩いた。坂道でない真っすぐな道をひたすら歩いた。やがて俺達は大きな広場に出た。その時には空はすっかり暗くなり、夜空は星空を浮かばせていた。念の為に持参していた懐中電灯で周囲を照らす工藤、広場の真ん中にまたも木造の看板が立てかけてあった。
「これは?」
看板には紙が何枚も貼られていた。彼女はその中の1枚をペリっと剥がした。
「何や書かれているな」
「うん。でも、これってもしかしてさ……」
「おまじないだな。サイトに書いてあった」
紙にはおまじないが書かれていた。何でも紙の端を複数名で持って引きちぎるおまじないらしい。『この呪いを解いた者は永遠に友となり幸せになれる』とある。
「お、おい……帰ろうぜ」
後ろから急に現れた五十嵐に俺達一同は度肝を抜かれた。前園は彼に激怒したが、他多くは爆笑した。やはり寂しがりやで臆病な五十嵐だったのだ。
ホッと息をついたのも束の間、工藤が提案をしてきた。
「ねぇ、このおまじないやってみない?」
ここまで来たのだ。可笑しいことだとわかりながらも、俺達は紙に書いてあるおまじないをそのまますることにした。五十嵐は「終わったら帰ろうぜ」と声を震わしながら何度も言っている。
おまじないは呆気なく終わった。みんなそれぞれ紙の切れ端をポカンとした顔で眺めた。最初から何もなかったのだ。誰かが仕組んだくだらない娯楽ごっこであったのだろう。それにしてもホームページを作るといい、手の込んだ悪戯だ。
俺達はことの全てが何者かによる冷やかしだったとわかると、広場中央に集い、小林のカメラで記念撮影をとることにした。撮影は俺と小林が交代で行い、その場でできあがった写真は俺が懐で保管することにした。
記念撮影を終えた玉木は思いたってなのか、看板に貼られている紙切れの全てをとった。すると掲示板には白いチョークでこう記してあった。
『騙されてやがるの! ばーか!』
「うわっちゃー! こりゃ1本とられたな!」
「誰かの悪戯ってことなのだろうね。ん? 倉木、顔色悪いぞ?」
前園の言葉に反応する余裕が俺にはなかった。看板に書かれている汚い字体を目にした途端、俺は何とも言えない驚愕に言葉を失い、動揺を隠しきれなかったのだ。しかしその俺の動揺をかき消すかの如く、とんでもなく強い地震が俺達を襲った。
俺達はみんなその場で倒れてしまった。
目を覚ます。そこは俺達がさっきまでいた広場ではない。
「此処は……?」
目の前にあるのは見たこともない真夜中の錆びた遊園地だった。