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3.オムライスに包まれて

目の前にいる彼の名前は誰だったかな。ライオンみたいな髪の色をしてる。

どう会話を終わらそうか、いっそのこと名前を聞いてみようか思案してるとライオンくんが愛嬌のある微笑を口元に湛えた。

「駅の近くに新しくできたパンケーキのお店知ってる?」

「えぇ、できたみたいですね」

トレーを持ったままどうしようかと考えながら彼に、かすかに笑みを返した。

すると、助け舟を出すように食堂の奥で村瀬さんが呼んでくれえた。

「結音、こっち」

ほっとして、会釈をしてその場を離れ呼ばれる方に駆け寄った。



今日のお昼はオムライスにしてみた。シンプルな方のオムライスだ。

ふわっとした卵で丁寧に包まれてケチャップで彩られている。その、つやつやの卵にスプーンを入れると中から色づいたライスが顔を出す。崩れないようにそうっと拾い上げ、口の中へと入れる。

「おいしい」

ひとり言のように呟くと、村瀬さんがそれを拾い上げてくれた。

「よかったな」

「はい」


「いいなー。私も明日はオムライスにしようかな」

向かいの席で雪ちゃんが言う。

「雪ちゃんの定食もおいしそうだよ。ハンバーグ」

「おいしいよ。結音、こっちと悩んでなかった?」

「うん。今日の日替わり定食と迷ったんだけど、卵のこの色みたら食べたくなっちゃって」

「うん、うん。綺麗だよね。ひとくち食べる?」

「ううん、大丈夫。ハンバーグは……」

言いながらこの前の会話を思い浮かべて、なんとなく隣の村瀬さんを見上げた。

私の言葉を待って問うような視線を投げかけられたので、なんでもないという様に首を振って言葉を続けた。

「夜ごはんに作ろうかな」

この前も結局作らなかったので、今日も作らないかもしれない。

彼との会話を約束されたような気になって私は心のどこかでそれを待っているのかもしれない。


私の言葉に、うんと頷いて雪ちゃんが言う。

「それにしても、今日も混んでるね」

「そうだね」

雪ちゃんの隣の席で誰かが相槌をうった。そこで私は首をひねる。

この猫みたいにサラサラの髪の毛の人は同じ部署の男性、千冬ちふゆさんだ。名字だけで名前はちょっと思い出せないけど、雪ちゃんのお付き合いしてる人。

勝手に納得して視線を戻そうとしたら彼と目が合った。

「こんにちは」

「……こんにちは」

条件反射で返すと、雪ちゃんが思い出したように声を上げた。

「あ、ごめんね結音。4人で食べることになって、自己紹介も済ましてるから」

3人。雪ちゃんと千冬さんと、村瀬さんを指差した。

そうか、だから自然と会話してたのか。ちらりと村瀬さんを見る。

「一緒に食べてよかった?」

少しだけ眉を下げて言うので、私は慌てて返事を返す。

「いいです。大丈夫です。嬉しいです」

少し緊張して変な言葉になったけど、たぶん伝わったのだろう村瀬さんが目を細めた。


食後のお茶を飲んでいると「そういえば、」と雪ちゃんが話し始めた。

「この前、言ってた薯蕷じょうよ饅頭手に入ったよ。後で渡すね」

「ほんと! ありがとう雪ちゃん」

嬉しくて、だらしなく頬を緩めてると村瀬さんが聞いてきた。

「そんなに好きなの?」

「好きです。大好きです。めちゃくちゃ、おいしいんですよ」

ぐっと頑張って力説してみるも、私の説明力では上手く表現できないのがもどかしい。

食べてもらったら分かりやすいのに。おいしいものを語り合えないのが残念で気持ちがしぼんでしまいそうになったが、ひつの案が頭の中で輝いた。


「村瀬さん、おやつ食べる時間ってありますか?」



午後3時から4時前まで、集中力が途切れ、ちょっとだらけそうになるけど就業時間までまだある。

メールで合図がきたのでいそいそと、はやる気持ちを抑えて小さな休憩コーナーに向かった。

「村瀬さん」

名前を呼ぶと村瀬さんが手を上げた。

「お疲れ様」

「おつかれさまです。大丈夫でしたか?」

「キリが良かったし大丈夫。そっちは?」

「私も大丈夫です」


手に持っていた小さなトートバックを膝に置き、その中から小さな箱と水筒をテーブルに置いた。

「村瀬さん、煎茶飲めますか?」

「うん、大丈夫だけど持って来てくれたの?」

「はい。淹れたてじゃないですし、ティーバッグですけど……」

言いながら会社に置いている自分用コップと予備のコップをふたつ並べて置く。

水筒はもちろん保温されているのであったかい。

「いいよ。ありがとう」


小さな箱を開けると薯蕷饅頭がふたつ並んでお行儀よく座っていた。

「では、いただきます」

一呼吸置いて言うと、村瀬さんからも同じ言葉が聞こえた。

煎茶を一口飲み、小さな欠片を口に入れる。

はー。ふかふか、だ。雲みたなお布団に飛び込んだような気持ちになる。やわらかくて甘すぎず、おいしい。

「おいしいな」

「おいしいですよね」


上機嫌な彼をじっと見つめた。

「私、お返しできましたか?」

「なにのお返し?」

「この前のコーヒーと居酒屋の、あと最近色々助けてもらってるお返しです」

「そんなのいいのに」

「よくないですよ。村瀬さんといると、ほっとするというか……私はおいしいご飯を食べたときみたいになるんです。だからお返ししたかったんです」

心も体ぜんぶ満たされていく感じがする。笑い声と手のひらに安心する。

「いい意味で?」

「いい意味です」


「そうか。ありがとう、結音」

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