虚構と怨嗟
美香は努めて平常心で学校に行ったが、世界は変わってしまった。
そして彼女は世界の残酷さを思い知ることとなる。
涼子ちゃんが亡くなって暫くして、私は学校に登校することにした。
とてつもない衝撃だったが、彼女の死を無駄にはしたくないという子供なりの決意だった。
いつものとおり、明るく平静を努めて挨拶して教室に入る。
違う。
なにか違う。
返ってくるはずの声がない。遠巻きに見るか、目を背けるだけ。
批判めいたものでも、恐怖でもない。
まるで異物を見るような、好奇に満ちた下衆の目。
私はその空気に耐えられず教室の外に出てしまいそうになる。
しかし、ちょうどのタイミングで担任の先生が入ってきたので、朝礼だけは受けることにした。
朝礼後、私は担任の先生に呼び出された。
先生は、授業があるからとそそくさと逃げるように立ち去った。
場所は校長室。何が何だか分からない。
私は何もしてない。何も悪いことはしていない。
転校先で普通に学校に通って、明るく努めた。
涼子ちゃんの事故以外は何も起きていない。
「失礼します。」
私はごく普通にノックをし、自分の思考をすべて押し殺して入室した。
「君が遠藤美香さんか。先の事故では大変だったろう。」
校長先生は、そう私に言ってくれた。
そうか、私を慰めに・・・
そう思ってた次の瞬間、
「美香ちゃんは、あの事件について知ってることはあるかい?」
あまりにも唐突すぎる質問に私は困惑した。
「え、あ、あの事件って・・・?」
「・・・君の家であった、あの凄惨な事件だ。思い出させて申し訳ないが、聞きたいことがあるんだ。」
私の当惑に校長先生はそう返した。
「君の家は大変な事件に見舞われた、ということは私も知っている。それについてはなんとも掛ける言葉が見つからない。
しかしねえ、こんな噂があるんだよ。君の家はなにか宗教を信仰していて、それのもつれで事件が起きたんじゃないかって。君と関わると大変なことになるんじゃないかって。君が来た時から学校中で話になってたんだよ。」
そんな事実私は知らない。誰からも聞いていない。
「驚かせてしまったね。生徒は皆知らないはずだ。親御さんは子どもたちに伏せていたからね。
それに君の性格もあるから、表立って言えなかった。
でも、あの涼子ちゃんの事件で変わってしまった。
今まで色々とあった噂が周知になってしまったんだよ。
涼子ちゃんのご両親がいろいろ話してしまって・・・」
そんな・・・嘘だ。
あの事件は私のせいじゃない。私は何も悪くないのに。
思えば涼子ちゃんのご両親は私に対して少しよそよそしかったし、家に呼ぼうとしなかった。
葬儀への参列を拒否された。
他の友だちもそうだった。遊んではくれるけど家に呼んではくれなかった。
今思うと自分は避けられていたのではないか?
親御さんは自分と子どもたちを関わらせたくなかったのではないか?
そんな考えが巡る中で校長先生は続ける。
「君の境遇が辛いことはよく分かるよ。
でも、私達も限界なんだ。市民団体からの抗議や脅しの電話が凄くてね。
君をもうかばいきれないんだ・・・。
君の事件では犯人の射殺が問題になっただろ?
そのことに関して人権団体の抗議が凄くてねえ・・・。
うちにも来るんだよ。
あの少女がいるから、犯人は射殺という結末を迎えてしまったんだ。
司法にに因る人権蹂躙を引き起こしたのはあの少女のせいだ!引き渡せ!ってね・・・」
私はたまりかねてすべてを吐き出した。
「・・・ふざけないでください!私は何もしてない!
なんで、なんで私だけこんな目に合わないといけないの!
・・・パパもママも殺されて!友達も目の前で死んで!
みんな寄ってたかって私達家族をいじめるんだ!
お前たちは絶対に許さない!
何もわからないくせに言いたいことだけ言っていつも外から見てるだけ!
誰も助けてくれないくせに!お前たちを絶対に許さない!
・・・次同じ言葉を吐いたらお前たち学校に少しでも関わりのある人間全員を殺してやる。
お前も、お前の家族も。生徒も。一族郎党皆殺しにしてやる。
お前たち周りの人間なんて全員敵だ!殺してやる!
どいつもこいつも・・・・」
我に返る私。思わず口をついて出てしまった言葉。
でも意味が自分でもわからない。
自分は何を言っている?
なぜこんなことを口走る?
あまりにも憎しみに満ちたその声を私は自分自身と認識できていなかった。
「あ、あああ!済まなかった、落ち着いてくれないか。私が本当に悪かった!申し訳ない!」
口ではそう言っていた校長だったが、その目は完全に怯えていた。
まるで犯罪者を見るような目。
すべてを恐れている、未知への遭遇をして
得体のしれない何かを見るような恐怖の目。
自分はこんな目をあの犯人に向けていたと言うのか。こんな目を・・・。
こんな目を私は今向けられている・・・・。
私はどうしていいかわからず、校長室を、学校を飛び出して家に帰った。
部屋に閉じこもり、布団を被った。
震えながら堂々巡りの思考を掘り下げていく。
私はあんなふうに今まで思われていたというのか。
私は今まで他人をあんなふうに見ていたというのか・・・。
憎しみしかなかったというのか。
まるで世界そのものを恨んでいるかのような呪詛の言葉だった。
私はそんなに醜い人間だったのか・・・。
私は他人を不幸にしてしまう人間なのかもしれない。
そう、思っていたちょうどその時、家のベルが鳴った。
私は訝しみ、悲しみと絶望を感じながらもドアモニターを覗いた。
誰もいない。
その代わりに、ポストに大きい封筒が入っていた。
差出人は日高さんだった。
開けてみると、手紙。
そしてホチキスで綴じられた書類、かなりの厚みだった。
手紙には
「美香ちゃんへ
君に知らせようか迷ったけど、美香ちゃんの人生のためにも
今できることをしようと、ちゃんと調べたことを報告しようと思いました。
僕には時間がないから。
この中身については誰にも話さないと約束してください。
今まで、楽しかったよ。ありがとう。
日高要一」
何を報告するのか、まったくもって分からない。
普通にインターホン押して応対するのじゃ駄目だったのか。
なぜ挨拶もせず、すぐに去ったのか。
そしてなんで別れを思わせる文面なのか分からない。
しかし、日高さんが態々よこすのだから意味があるんだろう。
そう思ってその書類を捲ると、
そこには私が思いもしないものが書かれていたのだった。
美香の持つ闇の源泉が少しずつ明らかになってきました。
はたして日高さんは何を知ったのでしょうか。