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願い  作者: 室姫暁人
5/8

惨劇

今、惨劇の扉が開く。

 なぜか、ここからの記憶は私に強く残っていた。

あまりにも強烈過ぎて頭から離れないのだろう・・・。


 

 昼寝から目が覚め、時計を見ると二時間ほど経過していた。

寝る前には曇っていた外は強風と豪雨で一変し、窓に打ち付けるほどの雨。

私は寝ぼけ眼で自分の部屋からトイレに行こうとした。


 部屋を出て、脱衣所を通り過ぎた時、足の裏に何かが触れたような気がした。

今思うとおかしいのだが濡れてしまったと思った幼き私は、眠くて頭が働かないままトイレに向かい、ドアを開ける。

そしてトイレを終え、まどろみから現実へ引き上げられていく意識の中で、

ドアを開け、外に出ようとしたら、ドアの前に足跡がついていた。

確か、さっき何かに足が触れたことを思い出し、私が足の裏を見ると

べったりとこびりついた少しだけ乾いた血。

よく見ると私の足跡の形が脱衣場の前から続いていた。

私はよくわからない恐怖に怯えつつも脱衣場の前に立った。

シャワーの音がする。

この時間は父親がよくお風呂に入ってたな、なんてことを考えながら

必死に現実から目を背けようとした。


「パパ~、お風呂入ってるの?」

 自分でも声が震えているのを感じる。返事はなかった。

私はお風呂場のドアを開けた、安心したかった。何事もないと思いたかった。

いつになく、思い切り扉を開けた。

何もない、と一瞬ホッとしたのもつかの間、むせ返るような血の匂い。

まるで人間の根源の恐怖を呼び起こすようなその匂い。

そこには何もないのにシャワーと血の匂いが存在している。

 

 そのあまりに異様な雰囲気になにか恐ろしい物を感じ、怖くなって、一目散に逃げ出した。

まず父親の部屋に行った、いると思いたかった。

しかし、鍵はかかっておらず無人だった。

あたりにはおびただしい血痕。

普段なら一切感じないはずの胸のざわめき、と不安感、恐怖。

私は急いでリビングに走った。

 

 そこにはいつものように両親が笑い合って、

テレビを見るなりお茶を飲むなり、

寛ぎ、安らいでいる、日常がそこにある。

私はそう願い、とにかく無我夢中で扉を開けた。



 私が願っている日常の代わりに飛び込んできたもの。

それは非日常だった。自分の想像もしていなかった。

いや、正確には想像していたが無意識に避けてきた現実、

それ以上のものが目の前にあった。

 

 リビングの中央にあった、机、ソファーは部屋の端に追いやられ、

そのかわりに、あったもの。

それは、


 人と呼んでいいのかもわからないほど変わり果てた両親の姿だった。


 首は根本から切断されており、全裸になっている両親。

手足はなかった。

腸は引きずり出され、一直線上にならべられた両親を起点に大きく円を描くように

繋げられていた。

父親の腸が母親のお腹につながり、母親の腸が父親のお腹につながり、できた円。

それは、己の尾を噛んで環となったヘビもしくは竜、ウロボロスのような光景。

 

 そしてその円の中には、

  

 両親の生首が立てられていた。

太極図のあの白と黒の点、陰中の陽、陽中の陰を思わせる配置。

両親の首は目を見開き、苦悶の表情を浮かべていた。

歯を食いしばり、苦痛に耐えていた。

まだ瞳にも潤いがあり、さほど時間の経過がないことが伺える。

この世のどの苦痛を持ってしてもおそらくすることのない顔。

自分には決して見せることのない顔。

その顔が今、私の眼に飛び込んできた。

目が逸らせなかった。

 

 頭が、目が、身体が、現実を認識できない。

これは何だ?私は一体何を見てるんだ?

ここはどこだ?これは夢なのか?


 そう思いつつも、身体はふらふらした足取りで近づいていた。

なぜかわからない。自分では止められない。

よく見ると、両親で出来た円の内側、内周を沿うようにびっしりと文字が書かれていた。


 血で。


 見てみると両親の身体から血が一滴も流れていない。

何の言葉かも分からないがその言葉の量はおびただしい、アリがはうかのごとく細かいものだった。

よく見ると文字自体に盛り上がりがある・・・


 そこまで考えて私は足元から崩れ落ち、失禁するのも構わず、叫びながら首を振る。

半狂乱状態になってわめく、警察を呼ぼうなんていう意識はその光景の前に追いやられてしまった。

 

 そうやって騒いでいると、後ろから声。

「あれ~公園であったねえ!会えて嬉しいよ!」

いきなりした声に驚き、声が出なくなった。

あまりにも的外れで常軌を逸した返事、恐る恐る振り向くと

公園で出会った、

あのお兄さんが居た。

変わり果てた残骸のそばにいる私から5mくらい離れたところ、

ちょうどキッチンのすぐ近くに立っていた。

手にはナタ、そして背中に背負ったハンマー。全身は返り血で汚れていた。

「え・・・え・・・あ・・・」

呼吸と喘ぎで精一杯だった私をよそに、


「大変だったんだよ~。キミのパパは何か書斎で書いてたねえ。

鍵がかかってたからねえ、とりあえず、コレ。」

そう見せたのは変形した父親の部屋の鍵。

「ハンマーでね壊させてもらったよ。運動してない僕には辛くて辛くて。

必死に抵抗してたなあ。娘のところには行かせないとか、

殺すなら僕を殺せとか言っててねえ。

だから言われた殺したよ!いやあ、生きたまま首を斬るのは至難の業でねえ。

骨にも引っかかるからのこぎりみたいにしたり、叩き切ろうとしたり悪戦苦闘して、もう腕が痛いよお・・。

でねえ、腸もほしいから、そのまま首を斬るのもそこそこにお腹を開いて引きずりだしたんだ。

もうそれはそれは抵抗して、うめき声上げてオシッコ漏らしながらもずっとミカ・・・ミカ・・・ってもう親子愛に涙が泊まらないよぉ!

最高の光景だったよ!

 でね、なるべく物音立てないで気付かれないように頑張ってたんだけどぉ、お母さんはそこのキッチンでご飯を作ってて、さすがに物音気になってこっち来ちゃったんだよねえ。無粋なことに警察を呼ぼうとしてたからね。電話線は全て切らせてもらったけどね。

ほらぁ、パパだけじゃママも寂しいだろ?だからキミのママも殺したよ!

キミのママはいい身体してるけど、汚すのは倫理的にも社会的にも駄目だよねえ。

何もしなかったから安心してくれ!

・・・これで夫婦次の次元で仲良くだ!

悪く思わないでくれよ。僕は君たち家族を救いたいんだ!

これでキミの家族は現世から救われるんだ!僕の両親も生き返る!

フ、フフ・・・ハ、ア、アッハッハッハッハッ!」

・・・何も頭に入ってこない。

高笑いするカレ。

変わり果てた両親だったナニカ。

こいつは何を言っている?この光景は何だ?

あまりの現実に何も考えられない。


 「盛り上がっちゃってごめんごめん。

ああ、その顔は僕があげたあの本まだ読んでないんだね。

あの本には、

人を救う方法が書いてあるって言ったでしょ?

人間の腸で魔法陣を作って、血を抜きとり首を円の中に太極図のように置く、内周に血と手足を混ぜたものを魔法文字として書く。

血を効率よく抜き取るためという意味もあるから手足を切っておくってのも書いてあったねえ。」

朗々と喋り続けるカレ。

「そして・・・最後の仕上げに10歳以下の女の子の死体を中央に置く。それで完成だよ!

殺された人たちは魂を高い次元にランクアップできるし、殺した人の家族は生き返る!

殺した方も殺された方も救われるんだ!

そう書いてあったんだ!僕は試しかったんだ!

・・・まあそういうわけで殺した後お風呂場に持って行って

手足を切り取って血を抜き取って、ミキサーに掛けたんだ。骨も粉砕できるこいつでね。」

よく見ると私の直ぐ側にあるソファーの横に血臭ただようミキサー。

大きさ的に業務用だろう。

「後はキミだけなんだよ、キミさえ死ねば全て解決なんだよ!なあそうだろう!

キミも寂しいだろう?

パパとママに会いたいだろう?

だから・・・・早くこっちに来なよぉぉぉ!」

そういって限界まで口角を上げた笑みで走って近づいてきた。

高々と掲げたナタを私の頭上から振り下ろしたが、私がたまらず手を振る。

角度がそれたのか、狙っていたであろう首を外れ、私の左腕から左手の甲にかけて、一直線に切れた。



 子供だって見逃す気はないんだ。私だって殺そうとしてる。

 

 あんなふうになるのか。

 

 パパ、ママ・・・!


 ワケガワカラナイ。 わけがわからない。

 いったい・・。

 

 なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで!

 パパ、ママ、パパ、ママ、パパ、ママ・・・・・

思考がグルグルと循環し始める。


 そして、私は左手の怪我にも構わずたまらず逃げ出した。

声すら出せなかった。

どうしていいかもわからないまま方向も考えないでただ必死で逃げた。

わけも分からず逃げるとそこには自分の部屋。

ドアを開け、とりあえず自分の部屋に閉じこもり、鍵をかけた。

壁際にまで逃げしゃがみ込むほかなかった。

幸い、家は広い。カレが来るまでまだ時間があった。

ふと横を見ると机の上に携帯電話。

私はすぐさま手に取り110番を押した。

ママに教えられていたとおりに。

あの骸に教わってたとおりに。

「どうされました。事件ですか事故ですか。」

いざ言われると小さな自分には何を言っていいのかわからなかった。

自分の両親が訳の分からない儀式のために殺されました、私も殺されそうです。

そういえばいいのか。

 

 何から話していいのか、どう話せばいいのか、何を話せばいいのか・・・

小学生の私の頭は完全にパンクしていた。

それほどまでに混乱していて無力だった。

「えと・・えと・・あ・・・」と言っていると

ドアがバン!と音を立てた。

重たい衝撃だった。

「どうしたのかなあ!そんなところに閉じこもっちゃって!

はやく、パパとママのところに会いに行こうよぉ!

僕の両親も生き返るんだよ、さあ早く・・・ハヤクシロヨオオオオオオオ!」

彼は喚きながらドアをナタで傷つけ、さらにタックルを繰り返す。

私はたまらず通話も切らずに携帯電話を落としてしまった。

ただひたすらに怯えることしかできない。

恐怖で体が動かない。

近くに本棚などはあったが、小さな身体に動かせるシロモノではなく、バリケードなんて作りようがない。


 幸いにも我が家の部屋のドアは非常に頑丈で簡単には壊せない作りになっていたため、

ドア自体には問題はなかった。

ドアには。

しばらく、10分以上続いた音。

カレも冷静さを取り戻したのか、部屋の鍵をハンマーで壊し始めた。

ガン!ビキ・・ミシミシ!そう、強烈な破壊音とともに、少しずつドアノブの揺れが大きくなり、限界を迎えていることを物語る。

ガタガタとノブが軋み始め、ついに。


ガチャガチャ・・・キィ・・・


「開いた開いた・・・まったくもう。 さあキミのパパとママのところに行こうねえ・・・」

開いた絶望と狂気に満ちたカレの顔が覗く。

力づくで開けたのだろう、ナタを持ってる左手には木片が突き刺さっていた。

よく見たら股間が濡れていた。

そして、なぜか右手には赤黒い謎の液体が入ったコップ。

カレは床にナタを置いた。


「やだ、やだ、やだ、やだ、やだ・・・・」

私は恐怖で何も考えられず、うわ言のようにそう言って首を左右に振る。

カレはその私の顔を頬から抑えこむように左手でがっちり掴み、

「しょうがないなあ。怖がらなくてもいいのに。ほーら、コレを飲むんだ。」

赤黒くて生臭い液体、この世の混沌を詰め込んだかのような液体を

右手に持ってたコップから無理やり口に流し込んだ。

飲み込みたくなかったが、このままだとむせて、窒息してしまう。

吐き出そうにも顎を上向かれて、頬を抑えられてるのでそれも難しい。

たまらず飲み込む、


血の匂いとドロっとした感覚、これは一体・・・


「いやあ、キミのパパとママの手足切り取ったでしょう?

魔法文字書いたあとも余ってさあ~。処理に困っちゃって困っちゃって。


だからねえ、


ドリンクにして一緒に飲んじゃえばいいかなーって思ってさ!

処理もできるしね!

どう、美味しい?

美味しいよねえ!

キミのパパとママだもんねえ!

これでキミはパパとママと一緒だねえ!」

そう言いながら右手を私から離し、床においたナタを左手で拾う。


 ・・・告げられた事実。

今のは私のパパとママ・・

わたしは・・・・

うそだ・・・


そう、はっきりと認識した瞬間、

身体が、吐き出そうとした。

その現実に身体が悲鳴を上げ始めた。

「ヴッ・・・オ、オエエエエエエエエッ!ゲエエエエエッ!」

しかし、何も出てこない。

出てくるのは唾液と胃液ばかり。


どうして、どうして・・・!

もう嫌だ、なんでこんな目に!

もうやだ、もうやだ・・・・

怖いよ・・だれかたすけてよ・・・なんでだれもこないの・・


 私の頭は恐怖と絶望で支配されていた。

私を殺す気なんだ、反応を見て楽しんでる・・・! 

もうだめだもうだめなんだ・・・


 吐き出そうしてしばらく、手足のしびれを感じながら、私が何もできずにいると、

「え、なにこれ・・・え・・・」

今度は目の前の景色が万華鏡のように歪み始めた。

色彩の暴力。ゆがむ彼の顔と自分の手足、音が洪水のように流れこんでくる。

そして増幅されていく恐怖感・・・


 後にわかったことだが、この飲み物にはLSDが入っていたらしい。


「せっかく魂を次の次元にランクアップしようとしてるのに、キミが怖がっちゃうからねえ!天国を見せてあげようと思って!どうだいすごいだろぉ!

いやあ僕も使ったけど、こんな素晴らしい物があるなんて知らなかったよ!

キミにも見せてあげたいと思って!」

増幅された恐怖感とともに、入ってくる言葉は

私の精神を粉々に破壊するには十分だった。

しかし、もう恐怖で何も考えられない。


「準備も終わったし、さあ、行こうかあ。」

とカレが私の右手を掴みリビングまで引きずっていこうとした。


 その時、

「手を上げろ、警察だ!」

そう彼の向こう側から聞こえた。

警官だった。手には拳銃。

「両手を上げて床に伏せろ!」

閉まるドア。警官はドアに寄りかかるように背にした。

助けが来た・・・

私はそう思った。

その歪んだ色彩と音の洪水、朦朧とする意識の中でかろうじて認識した。

しかし、よく見ると警官の風貌は若く、慣れない手つきで拳銃を握っている。

その手と声は震えていた。

カレが見逃すはずはなく、

「あれえ、入ってきちゃったのかあ・・・。外はすごい天気だからみんな窓を閉め切ってて

音がもれないはずなんだけどなあ。」


 私の家も例外ではなく、強度と防犯上のため家自体の壁やドアが分厚く重い我が家では尚更だった。

しかも警官が部屋のドアを閉めてしまった。

警官は寄りかかってしまってる、それ自体がバリケードの役割を果たしてしまう。

ノブのない今のドアでは外から開けることができない。

私が昼寝した頃から回り続けていたクーラー。

完全なる逃げ場のない密室。

ここは私の墓標になるのか。


そのやりとりと思考の間にも

私の身体はサイケデリックな色彩と音と崩れゆく意識の暴力の深みにはまっていく。

ずるずると身体が崩れ落ちていくのがわかる。

もう姿勢すら保てないほどに。

「手を上げて、そのナタを離して床に伏せろ。その子の手を離せ。開放してやるんだ。

周囲にはパトカーも待ち構えてる。もう終わりだ・・・。」


 そう、告げた直後

「ふざけるな・・・ここまで来たのに・・・まだ、だよ。まだ終わらないよ・・・僕の邪魔をするなあああああああ!」


カレは私の右手を離し、持っていたナタを振りかざし若い警官に飛びかかろうとした。

歪んだ認識の中で

このままじゃあの人も死んじゃう・・・そう思った刹那、


 乾いた音、崩れ落ちるカレ。


 ナタの落ちる音。

 

 流れ出る血。

 

 その顔は狂気に満ちた笑顔で固まっている。


 焦げ臭いような匂い。


 腰を抜かし、座り込む警官。

 

 感覚が完全におかしくなってる私にもその目は怯えていることがわかった。

 

 そう、感じた。

 

 恐怖で歪んだ顔。

 

 明らかに精神に限界を迎えていた。

 

 警官が崩れ落ちたことで寄りかかったドアから結果的に離れることとなった。


 開くドア。

 大量に入ってくる、同じ服装の人達。


「やっとドアが開いた・・・大丈夫か!おい・・・」

「っ!お前なんてことを・・・・」

「独断専行で・・・」

「そんなことはあとにしろ!それよりこの子を早く・・・怪我もしてるし何か飲まされてるぞ!」

「救急車呼べ!早く!」

「もう大丈夫だからな・・・」

 

 飛び交う声。

大量の警官。鳴り響いていたサイレン。


 すべてが終わったんだと、悟った瞬間、私の意識は闇に飲み込まれていった。


この事件、いろいろな凶悪犯罪を調べて書きました。

その中でもなるたけ不可解で理不尽なものにしようと。

儀式殺人というのは日本ではあまりみないかと。

でも悲劇は始まりでしかありませんでした。

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