異変
道久と美香。
似てるようであまりに違う2人。
彼女はその身体に、心にいったい何を抱えているのか。
その禁断の扉が今、開かれようとしていた。
部屋に戻ると彼はいつもの様にCDをバッグから取り出した。
私の部屋に来ると決まってCDを取り出す。
この光景ももはや日常の風景だ。
「今日は一体何なの?こんなにいっぱい。」
「極夜みたいな時期に合うようなジャンルをちょっと。
アンビエントって言ってね・・・・」
始まった。
こうなるもう火のついたネズミ花火のように、止められない。
いつもおとなしい彼がときおり饒舌になるのが音楽の話題である。
なんでも両親が昔から音楽が好きで、その影響らしい。
彼の家にもおじゃましたことがあるのだが、どの棚にもレコードとかCDとかがあった。
彼によるとジャンルはかなり幅広いらしい、
と言われても音楽にさほど詳しくない私にはナンノコッチャだった。
でも打ち込めるもののない私よりはずっと・・・。
「はー、ほんとに高橋くんは音楽好きだよね。」
「ま、まあ・・・。でも、
僕にとって音楽は人の心を自由にしてくれるもの。感性の扉をまたひとつ開けてくれるから。」
こういう好きなことについて語る彼は詩人になる。
そんな彼の感受性が羨ましい、本気でそう思う。
私には熱を上げられたり感動できることなんてなにもないのに・・
何を望むでもない、何を願うでもない。
私の中には何もない。彼とは違いすぎる。
どこまでも空虚。伽藍堂。
何もない何もない何もない何も何も
なにもなにもなにもなにもなにもなにモ
ナニモナニモ・・・
― 薄れ行く意識、サイケデリックに歪む色彩、
「お前みたいな奴がなんで!なんでお前なんだよ!なんで生きてるんだ!この疫病神!人殺し!」
反芻されるあの言葉。
ゴメンナサイ。そう泣きながら必死に謝る自分。
まただ。いつもこれだ。私という人間は「あの時」にもう ―
「み、美香!?美香!どうしたの、救急車よぶっ・・・」
彼の一言で奈落に堕ちようとしてた思考が呼び戻された。
一瞬の静寂。意識を必死に繋ぎとめようとする身体。
「ち、違うの!病気とかそんなんじゃないから安心して・・・
ほんとに、本当に大丈夫だから・・・」
口ではそう言うが、浅い呼吸、動悸、まるで滝のように出る冷や汗。吐き気。
青ざめた顔。
誰がどう見ても大丈夫じゃない。
心配するのも頷ける。
― まただ、また。
彼と話すと決まっていつもこうなる。
彼は悪くない。「あの時」のせいだ。
忘れもしない。
丁度今から10年前の夏、私が8歳のころだった。 ―
美香が何かと道久と自分を比べる。
その原点を少しずつ紐解いてみようと思います。