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暦は自分の家に帰るのが嫌で、いつも遼太郎の家にいつも上がり込んでいる。遼太郎の家は病気療養中の父一人と遼太郎だけ。友だちが来ることを歓迎している遼太郎の父の厚意に暦は甘えている。
暦はドラッグストアを出た後、まっすぐ遼太郎の家に向かった。そしてすぐに遼太郎の部屋に入り、パソコンを起動した。
「えっと…のがわ ときのすけ、だったよな。」
どういう漢字で書くのか分からなかったので、とりあえず平仮名で検索してみる。
それらしいサイトは出てこない。漢字じゃないと検索に引っかからないようだ。
「のがわ、は…野川?
ときのすけは、時之助か?」
ためしに検索すると、姓名診断や似た名前の人間のブログ等がひっかかった。
何ページか検索結果を捲っていくが、それらしいものは無い。他の漢字で試しても似たような結果ばかりだった。
「出てこねえぞ、くそぉ」
飽きてきたが、そうも言っていられない。
仕切り直そうとしてトップに戻ろうとした。そこでクリックする場所を間違え、画像検索をクリックした。
「おお…」
ズラッと様々な画像が表示される。
「野川 鴇之介」と検索していたため、川の写真や鳥の鴇の写真が多い。そこで、一つ毛色の違う画像があるのに気付いた。
「映画のポスターか何かか?」
そのポスターは絵の具で描かれていて、所々黄ばんで汚れているし、色も飛んでいる。『昔のもの』だとわかる。
中央で薄汚れた着物を着た二枚目と壺装束の美女が抱き合っていて、手前には悪そうな顔をした烏帽子を被った男とその手下のようなものが笑っている。
そして背景には、
「これ、鴇さんじゃねえか?」
鴇がもう少し年を取ったような、そんな男の横顔が描かれている。
その画像の元のサイトに飛んだ。
映画のあらすじと管理人の感想を載せたブログサイトだった。暦にサイト内検索という考えは浮かばないので、片っ端から読んでいった。
そしておよそ20分程ページを捲り、例のポスターの映画についての記事にやっと行き着いた。
それは平安時代の貴族の姫君とその下人の恋の話だった。
お互い愛していたが姫はもう他の男の所に嫁ぐことが決まっていた。しかし下人は諦められないでいて、とうとう姫君を連れ去り、京を出ようとする。
手前の悪そうな男たちは姫の父親やその部下だった。
そして鴇によく似た男は姫の嫁ぎ先の貴族役。
管理人はこの嫁ぎ先の貴族のことをべた褒めしている。
『この俳優さん、他の作品でも主人公のライバルや仇役をしているけど、この作品のが私は一番好きだな。
姫のことを最初はただのひ弱な娘だと一蹴して冷たく扱うんだけど、しばらく逢瀬を重ねていくうちに夢中になっちゃって、嫉妬や支配欲、独占欲に塗れて、どんどん壊れていく様!
観ているこっちも狂気を感じて寒気がしたよ』
そして最後に通販のリンク、制作会社と監督と出演者の名前が並ぶ。
『野川鴇乃助』
そう書かれている。
ゾクリとした。
これは何十年も前の映画だ。そしてそれに鴇そっくりの顔の人間が出ていて、鴇の言っていた『野川鴇乃助』という名前も載っている。
名前をコピーし、また検索をかける。
すると、先ほどのように姓名診断等が多く検索に引っかかったが、
ちらほらと映画関係のサイトが出てくるようになった。映画のDVDを扱う通販サイト、映画の感想サイト等…
これだというものはイマイチ見つからなかったが、少し期待出来そうなサイトを見つけた。
『銀幕wiki』
とりあえずクリックしてみる。
昔の国内外の映画や、俳優、監督についてまとめたサイトで、脇役や端役が多かった鴇についてもまとめられていた。
野川鴇乃助 本名:小林鉄
1925年5月8日生まれ。
戦争から帰ってきてから俳優としてデビューし
その後『ひたき』や『剣聖』等に出演。
名脇役として活躍した。35歳のときに引退。その後の活動は不明である。
主な出演作 . . . .
「これか…」
都心からのアクセスが良く、駅から徒歩数分で着くその公園は、いわば都民の憩いの場所であり、芝生になっている広場で皆が思い思いに時間を過ごす。
鴇にとってその公園は散歩ルートであり、
暦にとっては晴れの日の昼寝スポットだ。
鴇は昨日のことを思い出して、少しドキドキして公園のベンチに座っていた。
暦と比べて外見年齢は然程変わらないが、鴇にしたら暦は孫のようで、道夫は子供みたいなものだ。こいつらならと自分の年齢を教えたが、それによって道夫に避けられたら寂しいし、かわいいなと思った暦が年齢差に身構えてしまったら悲しい。
彼らは来ないかもしれない。
わからない。
やはり言わない方が良かったのではないか。
だが自分に憧れてくれるような子供に嘘はつきたくない。
グルグルと考えて、昨日は満足に眠れなかった。
しかしその心配は杞憂だったようだ。
「…どうも。」
暦が現れた。
「…よぉ。」
「…小林、鉄っていうんすね、本名。」
何か言わねばと出た言葉は、鴇の本名についてだった。
「!なつかしい名前だなァ。
結婚して婿入りしたから、今は山岡だ。」
「え、結婚してるんすか。」
「おう。まあ、嫁ぁ死んじまったが…子供だって居るし孫だって居るぞ。」
「……ええっと…若作り?」
暦も自分でもボケボケな質問だとは思うが、
外見については興味がある。大正生まれの人間の外見では無い。
「ブハッ!若作りってなんでぇそりゃあ!
さすがに若作りは無理があらぁ。なんで俺もこうなっちまったか自分でも分からねえんだが、
階段から転げ落ちてよ」
「え」
「そんで目ぇ覚めたら、このとおりヨ。
どぉなってんのかねえ。」
階段から落ちたというくだりで暦が固まるのを見て、鴇はクスクス笑った。おそらく暦は自分の身を案じたのだろう、優しい子だ、とそう考えて鴇は暖かい気持ちになる。
どことなく、暦は良樹に似ているような気もする。
鴇の笑顔に暦は余計固まって、そして真っ赤になる。
男の笑顔になんで顔が赤くなるのかは暦にはわからないが、それだけ鴇の笑顔の破壊力は凄いものだった。
昨日の薬局ではまともに顔を直視していなかったので、笑われてもなんとも思わなかったが、鴇の顔は男も見惚れるくらいの男前だ。
なんでこんな男前が端役か脇役だけだったのかと不思議に思う。
「若返っちまったもんは仕様がねえからって、今は息子の家に厄介になってんだ。
とまあ、そんな感じなんだけどヨ、俺がそんなジジイでも『強さ』ってのを聞きてえか?」
「はい!聞きたいです!教えてください!」
その返事ににやりと鴇は笑う。
「俺ァ厳しいからな?」
暦は嬉しそうに笑って元気よくハイと応えた。
「あ、それと、ここに来る前に薬局寄ったらあのオッサンは『仕事抜けられないから、帰り二人で寄れ』って。」
道夫は道夫で、一晩考えて、今までの関係を続けると決めたらしい。
「そうか」