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「若い頃随分遊んでたし…」
「顔も一番似てるし…」
「?」
「そうよ。うん、そうしましょ。」
「ああ。それが一番丸く治まる。」
鉄は子供たちが何言ってるのか今イチ良く分からず首を傾げた。
「『若い頃遊んでいた女に子供を作っておいて放ったらかしていた、そのしっぺ返しが』」
「まてまてまてまて。ない。その設定はないだろ。
清子、確かに若い頃は遊んでたけど、俺そんな男じゃないから。第一、そんな間違いは犯さねえし、もし犯していてもちゃんと責任とって認知して、養育費も払う。」
必死に良樹は否定に入った。
嫌な予感がする。これは、全部俺に押し付ける気だ。危険を察知した。
「じゃあ、『認知はしていたし、養育費も払っていたのだが、その女が死に、父親を頼ってやってきた青年』」
「だから、なんでそんな不名誉な設定なんだよ!
あれでも良いだろ、『お袋が死んでしまってからしばらくして、絶世の美女が親父の前に現れ、枯れていたはずの性欲が蘇り、俺たちとはかなり年の離れた腹違いの弟が』」
「俺ァ今でも豊子一筋でぃ!」
「…」
「諦めろ。」
剛が珍しくイイ笑顔で良樹の肩をポンと叩いた。
普段は性格がまっすぐで真面目で、おちょくるととても面白い反応をする剛が、良樹を“可愛がっている”。それを見て、結構良樹もおちょくると面白いなと傍観している清子が居る。
「話終わったかぃ?
結局俺ァどうすりゃあいいんだ?」
「父さん、良樹くんの息子設定が一番丸く治まるんだけど、父さんは良樹くんの息子になるの、嫌?」
「…良樹はどぉなんで?
見かけは20歳ソコソコだけど中身は米寿手前なんだぞ?嫌じゃねえか?お前ぇらに迷惑はかけたくねぇよ…」
「嫌ってわけじゃねえけど…」
嫌なわけ無い。迷惑でも無い。49にもなって独り身で、ココ最近は贅沢も大してしていないから、金はある。鉄一人養うのは平気だ。負担になんかならない。
それに鉄は尊敬する父だ。
もう年だというのに一人暮らしを続ける頑固な父に、ここからは遠く離れた東京で心配していた。仕事は忙しくてあまり会いに行けないし、この家の周りに他の親戚が住んでいるわけでもない。今回の「階段から落ちて大変」という知らせを聞いた良樹は不安と後悔で押しつぶされそうになった。
尊敬する父を世話することができる立場というのは、何より誇らしいし、安心する。
が、何やら良樹の意志を交えず、鉄の意見も聞かずに事が進んでいくのが、どうしようも無く嫌で、別に自分の息子という設定でも良いのに何かと抵抗してしまった。
「嫌じゃないならいいわよね?」
「親父は…嫌じゃねえか?」
鉄の子供の中で一番やんちゃで叱られていたのは良樹だ。
そんな良樹の息子っていう「設定」は嫌なんじゃないかと不安に苛まれる。
「俺ァ、なんやかんや言って立派に育ったお前らのこと、誇らしく思ってるよ。お前が俺の『親父』になるっつうのはムズ痒いけどヨ、嫌じゃないサ。」
「じゃあ…俺に親孝行させてくれるか?」
「おう!俺にも『親』孝行させてくれヨ?おとっつぁん?」
「あそうそう、俺の名前は『鴇』ってことにしてくれ」
「なんで?」
「隣の家の嬢ちゃんに会っちまっててな、
咄嗟に『鴇』って名乗っちまった。」
こうして、山岡良樹の父、鉄 87歳は、良樹の子、山岡鴇 19歳ということになった。
翌朝、家族四人、新幹線で仲良く東京に向かう。久々の遠出に鉄、もとい鴇はテンションが上がっていた。
「おい見ろよ、なんだあのデケエ妙竹林な建物!」
「コクーンタワーね…」
「へぇ、あれがこの間出来たっつう東京の新たな名所か!日本一デケェんだよな!」
「それはスカイツリーな…」
子供たちは皆40歳オーバー、アラフィフ世代だ。この若返った父のテンションに着いていけない。
階段から落ちた鴇を心配して、仕事を切り上げ、その足で新幹線に飛び乗った。そしてそのあとはひたすら事後処理に追われた。
疲れはピークに達している。
さっきから、鴇の興奮の声で起きて相槌を打ち即座にうつらうつらと船を漕ぐという繰り返しをしていた。
普段の鴇ならそれに気付いて、
「着いたら起こしてやるから、寝てな」
などと言えるのだが、いかんせん今の鴇のテンションはマックスだ。周りが見えていない。
そうこうしているうちに東京駅についた。
鴇は東京バナナやゴマたまご、ひよこ、人形焼き、しゅうまい弁当といったお土産品に目を輝かせていたが、疲れている子供たちがその鴇に気付くはずもなく、そのまま寄り道はせず中央線に乗り新宿駅についた。
剛の家は東京メトロ、良樹の家は中央線、清子の家は京王線、という具合に、皆バラバラな路線を使わないと帰れない。
「じゃあ俺はここで降りるから。」
「私もここでひとまずサヨナラだわ。」
なんかあったら、すぐ電話ちょうだいね。
良樹、親父に迷惑かけるんじゃないぞ。
「おう!またな!」
剛と清子はそれぞれの駅の改札に向かって去っていった。良樹はそれを見届け、電車が出発しておもむろに口を開いた。
「さて、親父、いや鴇。」
「ん?」
「鴇は掃除とか洗濯とか料理とか…できる?」
「まあ、そりゃあな。」
いきなりなんだ。といった具合で鴇は良樹を訝しむ。
「助けてください…」
「…ん?」
良樹の家に着き、ドアを開けるとそこには
「お前ェなあ…少しくれえ掃除しやがれ。」
ゴミ屋敷…とでも言うのだろうか、腐海が広がっていた。たしかに鴇も物を片付けるのは苦手だ。
気持ちは分からないでもない。
だが鴇はこうならないように余計な物を置かないように心がけている。同じ独り身だというのに、この息子はなんと情けないことか。と、鴇の口から出た声は驚くほど低かった。
良樹は捨てられない性分なのか、脱ぎっぱなし、出しっぱなし。男の一人暮らしと言えば聞こえはいいかもしれないが、あんまりにもあんまりな光景に鴇は呆れかえる。
「長旅やら色々で疲れてるだろぉけど、
これはまず掃除だ。」
帰って早々大掃除だ。キッと良樹を睨みつけた。
「は、はい…」
ゴミをまとめ、掃除機をかけ、窓をふき、溜まった洗濯物を一気に片付けた。そうして綺麗になったリビングで良樹に正座させ、鴇は良樹を脅したてた。
「忙しくてできねーっつうなら、これからは俺がやる。見られたくないもんや捨てちゃいけねェもんがあるなら、今のうちにどうにかしやがれ。
それかそういうとこキッチリしてる嫁さん連れてこい。」
後に良樹はこれを振り返って、
「あれは仕事人の目だった。掃除ついでに、俺も消されるかと…」
とぼやいていた。