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鴇さん!  作者: NNED
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3

 少し三人の子供たちと家にあった安い酒を飲み、12時をまわった所で、鉄は眠いと言ってさっさと床についた。


 そして翌朝。


「もう一回聞くけど、親父はあの階段から転げ落ちて、気を失って、目が覚めたらその体だったんだよな?」


「おう。」


「さて。これからどうするかね。」



「ご近所にどう説明するか。」


「あと年金とか役所にどう言うか。」


「それと、その姿が一時的なものなのか、慢性的にそのままなのか、そのまままた第二の人生が始まるのか…。」


 鉄の前や予想外の出来事の前では、兄弟そろって天然を炸裂するが三人だが、平常時はしっかりしている。曲がりなりとも、社会的地位の高い職業についている人間である。



「昨日寝る前に友人の美容整形の医師や細胞分裂の研究者とか、とりあえず考えつく相手に片っ端から電話して聞いたけど、誰もそんな事象知らないって。」


「俺も、海外の研究者たちにも電話やメールをしたが、それらしい答えは貰えなかった。」


 清子と剛はそう言って良樹を見た。


「う~ん。俺はそんな立派なお友だちいねえから、何とも言えないけど、大学時代の友達にSF作家やってる奴が居て、そいつに聞いたら、典型的な『SF小説』だって。アメリカで出版された『ジェフ』って小説があるから読んでみろって言われた。

 あらすじだけ教えてもらったぞ。」



『ジェフ』

 アメリカで凄腕の新聞記者をやっていた中年男性、ジェフはトラックに轢かれ死ぬ。いや、死んだと思ったら、その場でハイスクール時代の自分となって目が覚める。

 自分の代わりに他の人間がトラックに轢かれ死に、調べてみると、その自分の代わりに死んだ人間の名前も「ジェフ」で、新聞記者だった。

 しかし外見はまったく違う。

 トラックで轢かれた自分の代わりのおかげで自分は消え去り、自分は新たに「生き直す」ことになる。

 今まで生きてきた「経験」を生かし、上手く別の人生を歩む。


 が、外見年齢が「死んだ」当時と同じになった時、不慮の事故で死ぬ。

 そしてまた別のジェフという少年がその場で生まれる。



「似てるけどちょっと違う。


 でも、俺はこの小説みたいに、親父もこのまま80代まで行くんじゃないかなと思ってる。

 いや、そこまで行く前に死ぬかもしれないし、元の姿に戻るかもしれない。根拠なんてありゃしないけど、なんとなく、そんな気がしたんだ。」


 良樹がそう言うと、清子が呆れ返った顔をした。


「はあ。そんなことが実際にあり得るとは思えないけど、

 このまま成長っていうか老化してよ?その間、「山岡鉄」の戸籍とか、年金とか、どうすんのよ。それと今の姿の戸籍も…。」


 良樹は顔をしかめた。


「そこはどうしようも無いだろ。

『家出人』として届けを出して、ごまかすしか無いんじゃないか?認知症で、川に落ちてそのまま流されて死んじまった。死体は上がらなかったけど、身につけていた親父の靴とか服が流れてきたとか、そういうふうにするしかねえんじゃねえの。

 俺の先輩の友達に赤軍に参加して国際指名手配された人いたけど、たしか金で戸籍作ったって。世の中金でどうにかなるんだ。」


 そこに無言で、剛が良樹に拳骨した。


「いっってぇ!」


「よくやった剛。飴やろう。」


 鉄はノンシュガーのど飴を剛に手渡す。


「あのよぉ、良樹。

 それは奥の奥の奥の手ぐらいの手段だよ。


 いいか?俺は詐欺師でも盗人でも嘘つきでもねえンだ。犯罪はだめだ。正規の方法でどうにかしねーと。


 色々考えてくれるのは嬉しいけどな。あンがとよ。


 しかし、このまま年金を受給し続けんのも無理があんなあ…前に東京で年金受給の詐欺だっけ?あったよなあ…あれと同じになるのは勘弁だ。


 しっかし、俺が死んだことにすれば見舞金やら保険金やらが出るだろう?それも詐欺だな。ダメだ。


 俺はお天道さんに顔向けできない生き方はしたくねェ。」



 静かに、しかし、しっかりとした口調で良樹を説き伏せる。


「…でも、どうしようもなくなったら言ってくれよ?

 俺は結構色んな人間に顔がきく。頼りになるよ。もしも、親父が馬鹿正直に色んな奴に話して、ビックリ人間みたいな扱いでテレビに出るような日が来たら、俺はキレるからな。」



 鉄はニカッと笑い、良樹の髪をガシガシと乱暴に撫でた。


「ったく!おめえはいくつになっても、かわいいなあ!」





『犯罪』はダメだが、思いつくものが全て『犯罪紛い』だ。どうしようも無いものは、どうしようも無いのだ。



「役所に行っても、たぶん門前払いだよなあ。」

「どうせ信じてはもらえねえよ。」


 清子が口を開いた。

「やっぱり『行方不明』ってことにするのが妥当なんじゃない?

 何年も生きてるか死んでるか分かんない状況が続いたら、死亡者扱いになるってやつ。たしか民法でそんなのがあったでしょ。」


 ああ、と剛がそれに反応する。


「『失踪宣告』か。」


「あ?何ソレ。」

「?」


 良樹と鉄は首を傾げた。


「親父はともかく…

 良樹はそれくらい知っておけよ。」


「知らねえよ、三流大学の経済学部卒舐めんな。毎日麻雀三昧だったぜ。」


「威張ることじゃないぞ。」


 剛はため息をつきながら『失踪宣告』についての説明をはじめた。

 行方不明のままでは死んでいるのか生きているのかわからない。

 そうすると、法律上色々な不都合が生じてくる。遺産をどうするかだったり、戸籍の扱いであったり。そこで登場するのが、民法30条(失踪の宣告)だ。

 7年間、行方知れずで生死不明であれば、生死がわからなくとも、裁判所で法律上死亡したものとみなす、というものだ。



「それでいいじゃん!

 なんだ、簡単だな。そういうことにしとこうぜ、親父。」


 良樹は万事解決といった具合で、鉄を見た。

 すると、鉄は何やら複雑そうな顔をしている。


「なんか、微妙だなァ。

 俺はこうしてココにいるのに、生死不明って…」


「でも、今までの父さんは居ないじゃない。」


「そうだけどよ…」


 鉄が何か言おうとした時、


 ピンポーン


 誰かが来た。



「あっ!いけね!」


「「「?」」」



「デイサービスの者ですー」




 そう、今日は週に一度のデイサービスの日だ。

 足腰が弱くなってきた鉄は風呂に一人で入ることが少々難しかった。代謝があまり良くない高齢者だったので、そこまで頻繁に風呂に入る必要は無く、普段は濡れたタオルで体を拭く程度で済ます。一人暮らしというのもあり、食事のバランスも少々偏ってしまっていた。放っておくと、うどんや蕎麦など調理が手軽で軽いものばかり食べてしまう。

 そんなわけで、週に一度デイサービスでちゃんと風呂に入り、ご飯を食べ、体操をし、同じ年代の者たちと会話をするようにしている。そうして心身の健康を保とう!という。そういう日なのだが。



「どうするんだ、親父。」



 今の鉄はこの体だ。


「どうしようもねーだろ。」

 良樹はスクッと立ち上がり玄関に向かった。







「あ、デイの方でしたか…」


 何やら落胆する良樹。


「?どうかされましたか…?」


「昨日の夕方から、父が散歩に出かけて帰って来ないんです…」



「な!それは大変じゃないですか!」


「昨日一晩中探しても見つからなくて…!

 とりあえず、今からまた探しに行こうとしていた所なんです…」


「捜索願を出された方が良いのでは!?」


「ええ…今日探しても見つからなければ、そうするつもりです…そんなに大きな街でも無いのに…なんで…なんで見つからないんだ…」


 デイサービスのスタッフの頭の中では、最悪の事態の可能性が頭によぎった。


 認知症であれば、一人で出かけてそのまま家に帰れなくなるという事はよくある話だが、鉄はその辺はしっかりした年寄りだったからその線は薄い。


 でも、総じてお年寄りは運動能力が低く、耳が遠い人が多いのには変わり無い。自動車がつっこんできたら、避ける事ができなかったり、気付かなかったりする。事故に巻き込まれている可能性が出てくる。


 スタッフは一気に真っ青になり、


「お、俺、病院とかに山岡さんに似たお年寄りが運ばれてないかとか確認してみます!

 確認とれたら、おうちに電話しますんで!

 あとで俺も探すの手伝います!」


 と言った。



 そして、送迎用のワゴン車で他のスタッフ達と慌てて走り去って行く。

 良樹は、それを見つつにやりと笑った。


「チョロいな。」




「良樹…」

「なんなのその無駄な演技力…」


 良樹のドヤ顔が眩しい。



 もちろんそのあと、「鉄」が見つかるはずも無く。

 剛は警察に鉄の捜索願を出した。清子と良樹はご近所周りに鉄が行方知れずになったことを伝えに出かけ、鉄は家で一人留守番した。町内放送で鉄が居なくなったことを伝えるアナウンスが流れ、消防団員等が応援に駆け付け、鉄はとてつもない罪悪感に苛まれる。一度帰ってきた剛はしょぼくれる鉄に苦笑いしつつも、これはしょうがないことだと励ます。



 鉄の最終学歴は『尋常小学校』だ。難しいことはイマイチ分からない。だから、こうして出来の良い子供たちに助けてもらって、とても心強かった。


 そしてその日の晩。



「さすがに明日になったら俺帰るぞ、親父。」

「私も…作成途中の論文放り投げて来ちゃったから帰らなきゃ。子供たちも心配だし。」

「俺も、さっきから何時になったら帰ってくんだって会社からラブコールバンバンきてっから帰るな。」


「おう。」


 三人はやはり忙しい。

 鉄は久々に会えた息子たちとゆっくり出来ないのが少々寂しい気もしたが、仕方が無いだろう。



「しかし、結局どうするんだ?親父の身元…

 それに、親父をこのままココに置いておくのは忍びないんだが。」


 剛が、ぽつりと呟やくと


「は?なんで俺の事見んだよ。」


 剛と清子は良樹を見た。






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