27-33 宇宙服?
『試験データによると、展望室が少々危険ですね』
一方老君は、透明素材でできた展望ドームの内部に差し込む可視光線、紫外線、宇宙線などに対して危惧していた。
中央部の司令室にいる限りは、ほぼ完全に有害な電磁波類はシャットアウト出来るのだが。
『遮光結界、ですか……』
老君には、そういった新しい魔法を開発するための能力はあっても権限がない。
『御主人様にお願いするしかないですね』
老君は、仁が起きるのを待ち、相談することにした。
「老君、何か問題でも?」
そこへやって来たのはアン。ロルとレファも一緒である。
仁が乗る旗艦をより安全なものとするため、崑崙島から呼び寄せたのである。
因みに、崑崙島を統括する魔導頭脳『太白』も、魔素通信機で打ち合わせに参加することになっている。
『ええ、御主人様の安全に関しましていろいろと』
「それは何を置いても優先されるべき事項ですね」
「ご主人様の安全ですか、それは絶対です」
「その通りです」
そこで、まだ寝ている仁が起きたらすぐに見せられるよう草案を作成すべく、彼等は相談を始めたのであった。
「展望室は老君が言ったように遮光結界ですね」
「一定以上の強度を通さないようにすること、それから必要のない波長は通さないこと」
「とはいえ、『展望』室ですので、目視の妨げになるようではいけませんし」
「宇宙は真っ暗です。艦隊行動をとる際の標識灯は是非とも付けるべきです」
『それはいいですね。必要に応じて点灯消灯できるようにしましょう』
「宇宙服は絶対に、ごしゅじんさまに危険が及ばない構造にすべきです!」
『そういう意味では『身代わり人形』が最適なんですが』
《御主人様はご自分の目で見、直に感じ取りたい、と仰るのですね》
『そうなのです。無理にお引き留めすることも出来ないので、可能な限りの安全策を講じたいのですよ』
こうして、仁のあずかり知らぬところで、忠実な臣下たちは話を進めていくのであった。
* * *
「ああ、よく寝た」
蓬莱島時間午前6時半、仁は起床する。
もう季節は初夏、十分に明るい。
因みに、ラインハルトは領主としての仕事、サキはグースと行っている研究のため、2人とも昨晩のうちに家へ帰っていた。
「ジン兄、おはよう」
エルザは6時には起きていて、ソレイユと一緒に朝御飯の仕度をしていた。
「今朝はワカメのお味噌汁」
実際にはワカメそっくり、な海藻なのだが、仁たちはもう『ワカメ』と命名することにした。
エルザが味噌汁を作り、ソレイユがご飯を炊いていた。
あとは梅干しと漬け物、それに焼き魚だ。
和風の朝食に、エルザもすっかり慣れ親しんでいた。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「おそまつさまでした」
後片付けはルーナがやってくれるというので、仁とエルザは家を出て研究所へと向かった。
そこにはアンとロル、レファが待っていた。
「おはようございます、ごしゅじんさま」
「アン、おはよう」
「お早うございます、ご主人様」
「ロル、おはよう」
「お早う御座います、ご主人様」
「レファ、おはよう」
皆と挨拶を交わし、仁は司令室の席についた。エルザはその右隣、礼子は背後に控える。
『おはようございます、御主人様。早速ですが、我々が考えた『アドリアナ』の内装計画をお聞き下さい』
挨拶をした老君は徐に説明を始めた。
『……などです』
「なるほど、やっぱり宇宙では光全般が厄介なんだな」
老君から、展望室の危険性を説明された仁は、少し考えた後、耐光線用の結界を作るべく、魔結晶に魔導式を書き込み始めた。
基本は、400ナノメートルから700ナノメートル以外の波長をもつ光線・電磁波をカットすることだ。加えて、一定の強さ以上の光もカットする機能を付加。
電子回路に例えるならば、『バンドパス・フィルタ』と『リミッタ』といえようか。
『御主人様、ありがとうございます。早速試験を行います』
仁から魔結晶を受け取った老君は、早速試験をすべく、『イカロス2』を宇宙空間へと送り出したのである。
「ごしゅじんさま、一つよろしいでしょうか?」
「アンか。なんだい?」
「はい。ごしゅじんさまがお詰めになる司令室ですが、万が一の事を考え、内装にクッション性を持たせる、というのはいかがでしょう?」
床、天井、壁。それに備え付けの魔導機の表面に、スポンジのような緩衝材を貼ったらどうか、というわけである。
無重力室でのことを思い出し、すぐに賛成する仁。
「ああ、それはいいな。無重力室を含め、早速手配しよう。ありがとう、アン」
「もったいないお言葉です」
続いてロルとレファが。
「ご主人様、2人で相談していたのですが、宇宙船内部に手すりをお付けになったらいかがでしょうか」
「事故などで無重力になった、あるいは何らかの理由で無重力にしなければいけなくなった際の移動や身体の固定に役立つと思います」
「ああ、なるほどな。いいと思う。助言ありがとう」
《御主人様、私からも提案があります》
アン、ロル、レファに続き、『太白』も発言をしてきた。
「お、『太白』か。珍しいな。うん、何だ?」
《宇宙服の件です》
「うん、それで?」
《御主人様の安全を守るという目的と、ご自分で行動なさりたいという御主人様のご要望を加味し、皆で諮りました結果》
魔導投影窓に一つのスケッチが映し出される。
《このような案が纏まりました》
「……なんだこれ?」
それは、ドラム缶に足が8本生えたような形状をしていた。
《もちろんこれは、機能と構造をご説明するために描きましたラフスケッチです。実際にはもっと洗練された形状になると思われます》
「いや、いくら洗練してもこれは……」
《宇宙空間には未知の危険がひしめいていると思われます。ですので、御主人様の安全を確保しつつ、行動をなさるためにはこれしかないと結論しました》
「だからといってなあ……」
太白は説明を続けていく。
《筒状の部分が御主人様の搭乗される部分です。ハイパーアダマンタイトなどで構成すれば、かなりの危険を防ぐことができます》
「……」
仁が何も言わないので、太白の説明は途切れることなく続いた。
《歩行のための脚部は4脚ですが、予備にもう4脚用意します》
そのせいで、出来の悪い蛸か蜘蛛のようにも見えるのだ。
《腕の役目をする疑似触腕は4本、普段は2本をお使いになるのがよろしいかと思います。もちろん、魔力的に操作致します》
「……」
まだ仁は何も言わない。
《外部の様子は、搭乗部内に張り巡らせた全周スクリーンで確認出来ます。上下と前後左右、死角はありません》
「……」
少々呆れているようにも見える。
《当然、武器も装備させますし、力場発生器で空も飛べます。重力も制御しますので、無重力から大重力まで対応できます》
「……」
小さく溜め息をつく仁。
《そして搭乗部には転移門を備え、万が一の時の脱出も考えてあります》
「……うん、まあ、言いたいことはわかった」
疲れたような仁の声が響いた。
「確かに、これだけの装備をしていれば、大抵の環境には耐えられるし、危険も少ないだろうな」
《ありがとうございます》
仁は、いかに周囲が自分のことを心配してくれているか、改めて思い知った。
そして、この不格好な宇宙服(?)ではなく、もっと使いやすく見てくれのいい宇宙服を作ることはできないかと考えるのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20151026 修正
(誤)『老君、何か問題でも?』
(正)「老君、何か問題でも?」
『』を「」に。
20151027 修正
(旧)心配してくれているか、改めて知った
(新)心配してくれているか、改めて思い知った




