27-23 救援と治療
「うーん、やっぱり強度はそれなりに弱いねえ」
蓬莱島の研究所で、グースが買ってきた『地底蜘蛛絹』の試験をしているサキが呟いた。
『引っ張り強さは鉄よりも弱いくらいですか。それならなんとかハサミで切れますね』
サキの話を聞いた老君も、納得している。
蓬莱島産の地底蜘蛛の糸は鋼の何倍もの引っ張り強度を持っている。同時にしなやかなところが、レア素材たる所以なのだ。
「融点……というか軟化点も低いね」
「でも、鉄が黄色く光る温度まで溶けないというのはそれなりに優秀ですよ」
実験助手の職人151が意見を述べる。
おおよそ、摂氏800度から900度くらい。蓬莱島産なら摂氏1600度くらいまでは耐える。
『御主人様が仰っていた『プラスチック』なるものよりも遙かに優秀です。十分実用的ですよ』
老君もフォローを入れた。
「うん、そうだね。あとは、どのくらい採れるのかが気になるけど……」
その時、老君が少々語気を強めて報告した。
『サキ様、グース殿が襲われました』
「何だって!」
手にしていた試料片を床に落としたことも気付かずに、サキは急き込んで老君に向かって尋ねた。
「それで! グースは無事なのかい?」
老君は落ち着いた声音で返答する。
『大丈夫です。第5列のカペラ7が付いています。……ああ、退治し終わりました』
「そ、そうかい……」
気が抜けたサキは床にぺたんと座り込んでしまった。
が、すぐに立ち上がると、
「老君! ボクはロイザートへ行ってくる!」
と一声掛け、転移門へと向かう。そんなサキを老君は呼び止めた。
『サキ様、お待ち下さい。時間は大丈夫ですので、まずはお着替えを』
「あ、ああ、そうか」
研究用の白衣を着たままロイザートに現れたら、いくらなんでも怪しすぎる。
サキは、ペリド49に手伝ってもらい、こざっぱりした服に着替えた。
そして今度こそ、ロイザートへと移動したのである。
『……しかし、レグルス46を下がらせるのが早すぎましたね……』
老君は、レグルス46、通称『デック』に、別の任務を与えていたのである。そのため、露店を離れてしまい、露天商が襲撃されるのを未然に防げなかったのであった。
* * *
「いらっしゃいませ、サキ様」
ロイザートにやって来たサキを迎えたのはベーレであった。
「久しぶり。早速だけど、何かあった、って聞いたんだけど」
あらましは老君が説明していたのだが、気が動転していたサキは半分も頭に入っていなかったのである。
「はい。じつは……」
改めてベーレに話を聞いていると、そこへ、現家宰役のバトラーDとバロウがやって来た。
バロウやベーレにグースのことを伝えたのもこのバトラーDである。
「サキ様、いらっしゃいませ。これから私は、警備隊に連絡をしてから、グース様をお迎えに行ってまいります」
「あ、それじゃあボクも行こう」
「わかりました」
というわけで、サキはバトラーDと共に街に出た。
ロイザートの街を知り尽くしているバトラーDは、迷わず警備隊詰め所へ向かった。
そこで、これこれこういう疑いがある、と説明。
事実なのに、あくまでも『予想』『推測』として話さなければならないのが辛いところではある。
「ふむ、なるほど。……そちらのお嬢さんは?」
話を聞いてくれた警備兵が、バトラーDの後ろにいたサキを見て尋ねた。
「あの方はエッシェンバッハ様で、当家のお客様です。グース様ともご友人でありまして、心配されて付いて来られたのです」
すると、警備兵の態度が変わった。
「ああ、そうだった、サキ・エッシェンバッハ殿だ。技術博覧会でお見かけした!」
どうやら、この警備兵は、かつて技術博覧会の会場警備をしていたときにサキの顔を見覚えていたらしい。
「わかった。すぐに向かう。おい、そこの3人、俺に付いて来い!」
「はっ!」
場所はわかっているので、一行は真っ直ぐに高級商店街を目指して急行する。バトラーDは、迷わず地下室への階段がある場所へ一同を導いた。
警備兵たちは、階段の上から耳を澄ましたのだが、大きな物音は聞こえない。
それで、警備兵3人とバトラーDは、そっと階段を下りていき、サキはもう1人の警備兵に守られて上に残った。
「物音がしないな……いや待て、話し声がするぞ」
(『……どこか、治癒師に診せないと』……)
怪我人がいるのか、と、心配になった彼等は一気に階段を下り、グースを知っているバトラーDがまずは声を掛けることにした。
「グース様、ご無事ですか!?」
* * *
「君は……」
「はい、ニドー家家宰のバトラーです」
バトラーと共に、3人の警備兵が入って来た。
テンクンハンともう1人の男は身体を強ばらせるが、グースは平気なもの。
こういうわけで、と事情を簡単に説明した。
転がるゴーレムと、縛られた3人。
サキの知り合いというグースという男と、一緒にいる2人の男、それに大怪我をした男。
どちらに非があるかは一目瞭然であるが、最終的に判断するのは警備兵の役目ではない。
それでも、縛られた3人は十分に疑わしいため、連行することにした。
そして、残ったのは、黒い色をしたゴーレムなのだが、ピクリとも動かない。
主人の命令しか聞かないのだろうと、警備兵の1人がテンクンハンに声を掛けた。
「済まんが、このゴーレムにも、我々と一緒に来るよう命令してくれんか?」
だが、テンクンハンは首を横に振った。
「申し訳ないが、それはできません」
「何故だ? 我々に逆らうつもりか?」
「いえ、そうでなく……」
テンクンハンは少し困ったように笑い、
「これはゴーレムではなく、ただの人形ですから、命令しても動かないのですよ」
と答えた。どうやら虚仮威しだったようだ。
それを聞いたグースは、どこまでも残念な人物である、と苦笑を禁じ得なかったのである。
「グース! 無事かい!?」
地上へ戻ってきたグースを、サキが出迎えた。
「サキ!? どうしてここへ?」
「あれから、何となく気になったんで追いかけてきたんだよ!」
「そうだったのか……」
とはいえ、それだけではここに自分がいることを知っている説明になっていない。後でゆっくり聞かせてもらおうと、グースは心に決めた。
彼等の背後では、意識を取り戻した3人が連行されていくところ。
そして、大怪我をした男を、テンクンハンともう1人が担ぎ上げてきたところである。
「まずは、怪我人の手当が先ですね。……どうでしょう、当家へお出でいただくというのは。ちょうどエルザ様もご在宅中ですので」
ちょうど、などと言っているが、実際は、老君の報告を聞いたエルザが急いで蓬莱島からやって来たことを、魔素通信機で聞いたのである。
「エルザ様が? それは助かります!」
1人残った警備兵たちの長らしき男は、サキのみならずエルザのことも知っているようで、一も二もなく承知した。
「よし、それならボクが一足先に帰って、エルザに待機しておいてもらうから!」
そう言い置いて、サキは駆けだした。大通りなのでもう危険は無いだろう。念のため、カペラ7が姿を消したままついて行っている。
それで流れ上、テンクンハンたちも一緒に仁の屋敷へ向かうことになったのである。
恐縮する警備兵に、ロイザートに屋敷を持つという意味において、仁もショウロ皇国の貴族であるからこうした行為も当然である、と躱すバトラーDであった。
「ただ今戻りました」
「お帰り、バトラー。怪我人は、その人?」
エルザが玄関ホールまで出てきていた。
「はい、エルザ様。お願いします」
「任せて」
一刻を争うので、玄関ホールに毛布を敷き、そこに患者を寝かせた。
「『痛み止め』」
痛みに呻く男を、まずは痛み止めで落ち着かせたエルザは、改めて診察をしていく。
「『診察』……肋骨単純骨折、左上腕骨開放骨折。頭蓋骨にヒビ、脳に軽い出血あり。……まず脳の治療から始める。『快復』『治療措置』」
外科的治癒魔法で出血を止め、内科的治癒魔法でその出血を吸収分解させる。
「……これで、脳は大丈夫。次は骨折。まずは位置を直して……『快復』」
てきぱきと治療をしていくエルザを、グース、サキ、バロウ、ベーレ、そして警備兵は言葉もなく見ているだけであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20151016 修正
(誤)『老君! ボクはロイザートへ行ってくる!』
(正)「老君! ボクはロイザートへ行ってくる!」
(旧)1人残った・・・一も二もなく承知した。
(新)1人残った・・・一も二もなく承知した。
「よし、それならボクが一足先に帰って、エルザに待機しておいてもらうから!」
そう言い置いて、サキは駆けだした。大通りなのでもう危険は無いだろう。念のため、カペラ7が姿を消したままついて行っている。
エルザが怪我人の事を知って玄関で待機していた理由としてサキに先触れとして行ってもらいました。
20151017 修正
(旧)『プラスチック』とかいうものよりも
(新)『プラスチック』なるものよりも