27-22 急襲と撃退
ロイザートの高級商店街地下では、グースとテンクンハンの会話が続いていた。
「……ふむ……いまの国はそんな方針を打ち出しているのか」
グース・ミナカタは、テンクンハンと名乗った壮年の男を相手に、己の知る世界情勢を説明していた。
その結果、このテンクンハンという男は、どうにも世間知らず、というか、浮世離れしているというか、とにかく世情に疎いということを悟る。
(俺自身も、……それにサキなんかも、世情には疎いとは思っていたが、上には上がいる……いや、この場合『下には下』というべきか)
そんな考えはおくびにも出さず、グースは意見を述べ始めた。
「ですから、多少の誤魔化しはするとしても、この際、ミツホの産物として、テンクンハンさんが持ち帰ったとするべきですよ」
そのための伝手であれば、仁という友人がいる、とまではまだ口にしなかったが。
「しかし、外貨獲得のためなら、どうしてこれほど細々と? 幾らにもならないでしょうに」
「それはその通りだが、売れるかどうかわからないので、初めは少量での様子見であったのだ」
ミツホでは、木綿の方が汗を吸い取る性質や、染めやすいなどの理由で好まれているので、こちらで受け入れられるか今一つ自信を持てなかった、という。
確かに、汚れがつきにくい性質を持つ地底蜘蛛の糸は、普通の染料では染めにくい。仁のように魔法染料を使わないと染まらないのである。
ミツホではそうした魔法系の技術が未発達なため、この生地はあまり歓迎されていなかったという。
だが、テンクンハンは曲がりなりにも魔法技術を持っており、淡いながらも色を付けることができたので、こうして売れるかどうか試し始めたそうだ。
「なるほど、そうでしたか。……しかし、俺が来たことがどうしてわかったんです? 連絡のしようがなかったでしょうに」
その疑問に、テンクンハンは笑って説明した。
「遠距離通信の魔導具があるのだ。と言っても、声を送ることはできないがな」
手にした箱を見せる。名刺入れくらいの大きさの箱、その蓋に当たる面中央に魔結晶が嵌め込まれていた。
「送り手側にはボタンがあって、それを押すと、押した間だけこの魔結晶が光るのだ。1回長く点灯し、1回短く点灯したら来客あり、とか、3回続けて短く点滅したら危険、とか、取り決めてある」
現代地球でも使われているモールス通信機に似たものである。もっともまだ、長短の点灯を組み合わせて文字情報にするには至っていない。
「なるほど、便利ですね」
露天商が、他人に見られないように、こっそりと通信していたようだ。
「『友好的らしき来客あり』『分類:学者』、という通信が来たので待ち構えていたのだ」
友好的とはいっても、あくまでも『らしき』であるので、念のためナイフで脅させてもらった、許して欲しい、とテンクンハンは頭を下げた。
グースは、そんなに気にしないでくれ、と手を振った。
「しかし、『友好的らしき』ですか。そうでないものもいるのですか?」
「もちろん。治安がいいといっても……」
その言葉が終わらないうちに、テンクンハンの手中にあった箱の魔結晶が3回短く点滅した。
「こ、これは!?」
そしてその次の瞬間、ドアが破壊された。
「連絡の意味がない!」
グースはぼやきながら、椅子を蹴って立ち上がり、身構えた。
「はっはぁ! ここが巣窟か!」
破壊されたドアから4人の人影が入って来た。その最後尾の者は、もう1人、人間を引きずっている。
よく見ると、それは露店にいた男だった。
顔は腫れあがり、左腕もおかしな方向に曲がっているところを見ると、かなり痛めつけられたらしい。
その結果、この隠れ家を吐いてしまったのだろう、とグースは判断した。
そして、残った右腕で辛うじて連絡をつけたのだろう。少々遅かったが。
「ようやく見つけたぜ」
鼻息も荒く、先頭の男が言った。
「さて、あの生地の入手先を吐いてもらおうか」
そんな脅しを、テンクンハンにショートソードをちらつかせながら言う。
そしてあとの2人はグースと、グースにナイフを突き付けた男に、それぞれ睨みを利かせている。
更に良く良く見ると、露天商を引きずっている4人目の男は人間ではなくゴーレムらしかった。
「あの生地の秘密がわかれば、莫大な利益になると思われるからな」
「何だと?」
顔を青ざめさせながらテンクンハンは、やっとの思いで声を絞り出した。
「……絹に似て、もっと滑らかな手触り。汚れが付きにくく、洗えばすぐに綺麗になる。しかも、絹の数倍丈夫。こんな生地をてめえらに独占させておくのはもったいねえとよ」
「ふむ、誰かに頼まれたのか」
グースが、努めて平静な声でそう言うと、グースのまえにいた男が、へらへら笑いながら腕を振り上げた。
「余計なことを聞くんじゃねえ!」
繰り出される拳。
だが、その一撃がグースに触れることはなかった。
「あ、ああん?」
どこからともなく現れた『少年』が、その拳を受け止めていたからだ。
さすがにこれ以上は傍観できなくなり、老君からの許可を得て、カペラ7、通称テラルは『不可視化』を解いたのである。
「『麻痺』」
「ぎっ!?」
接触状態での魔法であっけなく気絶させることができた。
「て、てめえ!? ぎゃっ!」
テラルは間髪入れず、もう1人も気絶させた。
テンクンハンに脅しを掛けていた男は、2人が一瞬で気絶したことに驚いた。
「貴様! 何をした?」
次の瞬間、テラルはテンクンハンの襟首を捕まえ、引き寄せる。
ぐえ、とかいうような声が聞こえた気がしたが、構わずに部屋の隅へと引きずり込んだ。
グースともう1人の男も同じ隅へと避難する。
「……なるほど、護衛がいたか。考えてみればそれも当然だな。だが、こっちにはまだ人質がいる……な、何!?」
人質とは、ゴーレムが引きずってきた露天商の男のことだったのだろうが、彼はいつの間にかグースたちのそばに連れてこられていた。
『第5列』がその実力を遺憾なく発揮すればこのくらいは朝飯前である。
問題は男が連れているゴーレムの方であった。
* * *
『……あれは、どう見ても『統一党』が開発したゴーレムの1体ですね。なるほど、まだ残党がいましたか』
その外見から、老君は、残った男が『統一党』の残党であろうと当たりを付けた。
もっとも、当たっていようが外れていようが、結果は変わらない。
『カペラ7、あのような旧式ゴーレムに、御主人様の被造物である我々が負けるわけにはいきません。レーザーの使用を許可します』
* * *
「くそっ、いつの間に!?」
男は油断なく目を配りつつ、ゴーレムに命令を下す。
「奴らを捕らえろ。殺しさえしなければ痛めつけてもいい」
その言葉に対し、返ってきたのは沈黙であった。ゆっくりと倒れていくゴーレム。
テラルの放ったレーザー光線が、ゴーレムの制御核を正確に打ち抜いていたのである。
統一党のゴーレムとわかれば、制御核の位置は自ずとわかるのだ。
そして今一度の『麻痺』。
「あぎゃっ」
残った男もあっさりと気絶させられた。
「ありがとう、助かった。君はいったい?」
だが、その問いに答えることなく、テラルは姿を消してしまった。残るは静寂のみ。
「……」
「グース君、今の者は?」
テンクンハンからの当然の疑問に、グースも答えられなかった。
「とにかく、彼の手当をしないと」
露天商は意識がないようで、危険な状態ではないかと思われた。
「……どこか、治癒師に診せないと」
「それがいいだろうな。……で、こいつらはどうする?」
気絶した3人はとりあえず縄で縛っておいたが、扱いに困ってしまうのは確かだ。
グースもテンクンハンも、もう1人の男も、いい案は出せなかった。
その時。
「グース様、ご無事ですか!?」
聞き覚えのある声が響いたのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20151015 修正
(誤)いや、この場合『下には下』というべきか))
(正)いや、この場合『下には下』というべきか)
(誤)鼻息の荒く、先頭の男が言った。
(正)鼻息も荒く、先頭の男が言った。




