26-11 工場
「どこって……工場で、ですけど」
自転車や人力車がどこで作られたか、の質問に対し、返ってきた答えは至極普通のものだった。というか、仁が知りたい情報はそこにほとんど含まれてはいない。
なので質問を重ねる。
「その工場はどこにあるのかな?」
「……」
答えを躊躇うミイ。
「話せないのかな?」
と仁が問えば、首を横に振る。
「……もう動いていないんです」
「え?」
「聞くところによりますと、300年ほど前に停止してしまい、それきり」
仁は考え込んだ。300年、ということは……。
(魔素暴走かなあ、やっぱり)
「単純に素材が無くなった、とか?」
エルザも自分の意見を述べた。それもあるかもしれない、と仁は内心頷く。
「それで、今、この国の文化はゆっくりと衰退し始めています。でも、先日、ジョン・ディニー様がいらして下さったので、随分と助かりましたが」
「そういうことか……」
「ジン兄、どういうこと?」
エルザが疑問符を浮かべた顔で仁に尋ねる。
「つまり、こういうことか。ミツホの国では、そうした高度な道具・魔導具類を自力生産するに至らなかった、と」
仁の指摘にミイが項垂れる。
「……はい、恥ずかしながら」
「だれがその工場を造ったのかは分からないけれど、意図と違う流れになったんだろうな」
おそらく、『教育』がうまくいかなかったからだろう、と仁は考えた。
誰にも言ってはいないが、このミツホを訪れた理由の一つに、『賢者』はどうやって高度な文化文明を根付かせたのだろうか知りたい、ということもあったのである。
『アキツ』のような、指導者用の教育用自動人形がその答えの一端だとは分かっている。が、その他の部分……一般大衆にたいする施策が知りたかったのだ。
だが、やはりというべきか、ここミツホでもそうそううまくはいかなかったらしい。
人々はいつしか、どこからか与えられる道具類を当然のものとして受け入れるだけになってしまっていたようだ。
(それを堕落、と呼んでいいかは疑問だけどな)
結局のところ、少し段差が高すぎたということなのだろう。
登れる段差ではなく、登れない崖と見なして諦めてしまった、ということなのではないか、と仁は残念に思った。
今の世界における自分の知識と技術をどう伝えていくか、その先駆者らしき人のやり方を参考にしたかった仁なのであるが……。
「悪いようにはしないから、その工場の場所を教えてもらえないかな?」
「え、えっと……」
重ねて尋ねられたミイは一瞬躊躇ったが、仁が『魔法工学師』であることを思い出し、
「このミヤコの北……北東です」
「そうか、行ってみることはできるのかな?」
「はい、祖父……いえ、首長に届け出れば」
「よし、それじゃ……」
歩き出しかけた仁を、エルザが引き止めた。
「ジン兄、落ち着いて。もう11時近い、行くならお昼食べた後」
その言葉に仁は落ち着きを取り戻す。
「それもそうだな」
「ん」
ということで、残り1時間弱は、予定通り資料館の見学をする仁とエルザであった。
「こちらが機織り機です。そちらが糸繰り機」
「うーん、こうして見ると、やはり機械系じゃないのかな……いや、それはこれだけで判断もできないか……」
ミシンが無かったのである。
原理的に機織り機は経糸の間に緯糸を通すだけなので、構造的には難しくない。
『飛び杼』(シャトル)と呼ばれる発明が、大幅な効率アップを……、というくらいのことは仁も聞いて知っている。
だが、ミシンとなると、その精密な加工と共に、どうして上糸が下糸と絡むのか、理解できない仁なのであった。
そしてそれは『賢者』も同じだったようで、このミツホにもミシンは存在しないようだ。
余談だが、仁なら、縫い物ゴーレムを作ることで対応するのだろうか。
その他、午前中に見たものは調理器具。
「……菜切り包丁だよな……」
仁がこっちに来て見た包丁は、牛刀か三徳包丁といった形状の物ばかりだったが、ここに展示されていたものの中には菜切り包丁、柳刃包丁と思しきものがあったのである。
* * *
「……ということで、なかなか興味深かったな」
約束通り、図書館に隣接する軽食堂でお昼を食べながら、仁は見つけたもの、気が付いたことをサキに説明していた。
「ふうん、工場か。ちょっと興味あるけど、やっぱり午後も図書館に行きたいかな」
「あたしも!」
サキとハンナは午後も図書館のようだ。
「あのね、変わったお洋服のご本があったの。それから、きれいなお花のご本」
「ふうん、そうか」
ハンナはまだ、適性うんぬんよりも、いろいろな経験をしていろいろな知識を増やしていく段階だ。仁もそんなハンナを微笑ましく見守ってやりたいと思っている。
「それにね、てことかりんじくとかかっしゃとかはぐるまがのってるご本」
「へえ?」
小学校レベルかもしれないが、機械力学っぽい本もあったようだ。
それ以上に、ハンナがそんな本にまで興味を持ったことは仁にとっても少々意外だった。
「いっぱい勉強して、おにーちゃんのお手伝いできるようになるの!」
高らかに宣言したハンナを仁は眼を細めて見つめた。
「そうか、そうなってくれたら嬉しいなあ」
「くふ、ボクはね、石鹸の作り方が載っている本があったんで、今はそれを読んでいるところさ」
「それはいいな!」
錬金術師であるサキが覚えてくれれば、こちらとしても大いに助かる。アアルがバックアップしてくれれば尚更安心だ、と仁は考えていた。
* * *
「お待たせしました。許可をもらってきました」
ミイの声。
彼女には悪いと思ったが、首長のところへ行ってもらい、工場を見学する許可をとって来てもらったのだ。
「わざわざありがとう。で、お昼は?」
「お気づかいありがとうございます。あちらで軽く食べてきましたので」
「そっか。じゃあ、行こうか。それじゃあサキ、ハンナ、またあとで」
「うん、おにーちゃん」
「ジン、しっかりね」
こうして昼食後、サキとハンナ、仁とエルザは再度二手に分かれた。
植物園はミヤコの町を囲む堀割に面して北西の角にある。そして工場は堀割の北、やや東よりにある橋を渡って町の外に出た少し先にあると言うことで、ミイは人力車を連れてきてくれていた。
「自動車でよかったのに」
と仁は思ったが、せっかくの厚意なので素直に受けることにした。でも礼子とエドガーは自分たちの脚で行くと言い張ったが。
距離としては4キロか5キロ、30分弱で一行は工場の前に到着した。
「ご苦労様。帰りは……そうね、5時にここへ来て下さい」
帰りの足もちゃんと確保してくれるミイであった。そして彼女は目の前の建物を指し示す。
「ジン様、エルザ様、ここが『工場』でございます」
「ほう……」
そこは、体育館ほどもある石造りの建物であった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20150806 修正
(誤)はい、父……いえ、首長に届け出れば
(正)はい、祖父……いえ、首長に届け出れば
20160110 修正
(誤)こちらが機織機です。そちらが糸繰り機
(正)こちらが機織り機です。そちらが糸繰り機