26-09 石鹸
仁一行歓迎団は、首長ヒロ・ムトゥを残し、解散となった。
いや、もう1人、議員には見えない者が残っていた。20歳前後の女性で、焦茶色の髪、茶色の目、浅黒い肌。どことなくヒロと似たところがある。
「この子はミイ、私の孫でして、ジン様方のお世話をさせていただきます。何かありましたらこの子にお申し付け下さい。……ミイ、御挨拶しなさい」
「うちはミイ・ムトゥと申します。どうぞよろしくお願いします」
ヒロ・ムトゥに似た雰囲気があるのも当然、孫であった。彼女は仁たちに向かって綺麗なお辞儀をする。
「こちらこそよろしく」
「よろしければお部屋にご案内させていただきます」
そう言われたので、仁たちは部屋へと向かうことにした。ミイは一人称が『うち』である以外、訛りや方言は出ないようだ。
「……おお、畳だ」
そこは4間続きの部屋。一つの部屋は10畳敷きの広さがある。
漆塗りと思われる、黒光りのする座卓が置かれ、座布団が6つ、敷いてあった。
だが、仁の目を惹いたのは、床の間に置かれた物体。
白く、扁平な丸いものが2つ重なっている。
「……鏡餅?」
どう見ても鏡餅である。どういう理由かは後で聞いてみようと仁は心に誓ったのであった。
「どうぞ、ジン様」
導かれるままに仁が床の間を背にした1番の上座に、エルザがその隣で2番目、ハンナとサキが2人の向かい側ということで3、4番目。
とはいうものの、和室の場合の上座下座について、1番以外、仁はちょっと自信がなかったのだが。
礼子、エドガー、アアルはそれぞれの主人の斜め後ろに座った。
ヒロは卓の真横に座った。ミイはお茶を淹れてくれる。ほうじ茶であった。焙じたばかりらしく、なかなか香りもよい。
「さて、お寛ぎのところ申し訳ないのですが、ジン様たちの御希望をお聞かせ願えますか? つまり、我が国に何をお求めなのか、お聞かせ願えればと存じます」
「えーと……」
まさか、ここで国賓待遇を受けるとは思っていなかったため、少々面食らっている仁である。
「……いろいろと見て回りたいと思っています。特に、我々の国にないものや、違っているものなどを見て、学びたいと」
「ははあ、ジン様は向学心溢れるお方なのですね。具体的な御希望はございますか?」
ここで仁は、『ウォッチャー』からの情報を思い出した。
「このミヤコの町以北にも集落がありますね? そこを訪れてみたいと思うのですが」
その発言に、少し考えてヒロが答える。
「クレやインノの町のことですか?」
だが仁はそれを否定した。
「いえ、もっとずっと北です」
「なんと! そんなことまでご存知なのですか?」
「一応、住民がいることくらいは」
すると、ヒロは難しい顔をして黙り込んでしまった。何かを考えているようだ。
仁たちはほうじ茶を飲み、口中を潤しながら返事を待った。
「……我々も良くは知らないのです。ただ、大昔には交流があったらしいことだけは分かっていますが、あまりに距離があるため、いつしか没交渉になったらしいです」
「詳細などは分からないのですか?」
「申し訳ないのですが」
「そうですか……」
元々、それほど当てにしていたわけではないが、情報が皆無というのは少し残念ではあった。
「それでは、明日はミヤコの町を案内していただけますか?」
気持ちを切り替えて、仁が申し入れると、ヒロは大きく頷いた。
「はい、それはもう。このミイにお申し付け下さい。人力車を手配させましょうか?」
「い、いえ、歩いて見て回りたいですね。必要なら自動車もありますし」
仁が『自動車』と言うと、ヒロの目の色が変わった。
「自動車! すばらしい技術ですね。さすがジン様です。ジョン様もゴーレム馬という素晴らしい物に乗っておられましたが、更に素晴らしい」
その時、黙って聞いていたミイが口を開いた。
「あ、あの、ジン様、その、東の国にある食べ物、できましたら、その、『お菓子』、を何かご紹介いただけませんでしょうか?」
「これ、ミイ!」
窘めるヒロであったが、仁はその発言に思うところがあった。
お菓子は、万国共通で人々の心を和ませてくれる。
仁は、エゲレア王国のブルーランドでポップコーンを、そしてエリアス王国の首都ボルジアでトポポチップスを作ったことを思い出していた。
「うーん、ここの環境とか産物を考えると……」
考え込んでしまった仁を見て、ヒロは冷や汗をかく。ミイも少し心配そうな顔だ。
「な、何かお気に障られたのでしょうか?」
そんなヒロを安心させるように、エルザが説明した。
「大丈夫です。ジン……は、モノ作りや食べ物のことになると時々夢中になりますので」
それを聞き。ヒロとミイは安心する。
「おにーちゃんだもんね」
「うん、ジンだなあ」
ハンナは笑って、サキは苦笑して言い添える。
そして仁が再起動。何やら思いついたらしい。
「できる範囲でやってみましょう」
「わあ、ありがとうございます!」
嬉しそうなミイであった。
「で、ミイさん、一つ聞きたいんだけど」
「はい、なんでしょう?」
「あれって、なんなのかな?」
鏡餅を指差す仁。気になって仕方がないのである。
「あ、トコノマのカガミモチ、ですか? ……えっと、ですね。昔からの風習で、お目出度い時に飾るんです。今回はジン様がいらして下さったので飾ったのだと思います」
ちょっと意味が変わりながら伝えられてきた風習、といったもののようだ。とりあえず仁は、それで納得したのである。
* * *
「あー、いい気持ちだ」
大きな浴槽に浸かって手足を伸ばす仁。付いているのは礼子。
「お父さま、これからどうなさるのですか?」
「うん、やっぱり、シュウキ・ツェツィについて調べてみたいな」
「お母さまと同じファミリーネームの方、ですね」
「そうなんだ。気になるしな。それからやっぱり北の地、だな」
礼子は仁の背中を流しながら考え込む。
「……申し訳もございません、わたくしが何も知らないために」
「いや、それは礼子のせいじゃないだろう?」
仁は礼子を宥める。
「先代から受け継いだ知識の中にもそれについては無かったしな」
そのことについては無理はないな、と仁も思う。人一人の知識と経験、記憶を丸々転写されたらたまったものではないだろう、という想像くらいはできる。
取捨選択した結果があの知識転写だったんだろう、ということは理解できた。
「いいきもち!」
「ハンナちゃん、痒いところはないですか?」
女性陣は別の浴室でゆっくりと入浴していた。
今、ハンナはミイに頭を洗ってもらっているところである。
ミイは木綿の浴室着を着て、エルザの背中と頭も流してくれていた。
浴室に一緒に来ている自動人形が女性型(実は中性型)のアアルだけで、男性型のエドガーは外、また、ハンナには自動人形が付いていないという理由から、一緒に入り、背中や頭を流してくれているというわけだ。
「くふ、この『石鹸』、すごくいいね。泡も立つし、汚れも落ちる。それにいい匂いだ」
「はい、特産なんですよ」
これも『賢者』が伝えたものだろうか、とエルザは考えていた。
「今度はエルザ様、お背中をお流しいたします」
ミイがやって来た。木綿の浴室着が濡れて素肌に張り付いている。褐色の肌がうっすらと透けて見えているが、問題はそこではない。
ここにいる4人……まあハンナはこれからとして、3人の中で群を抜いたボリュームのある胸に嫉妬めいた感情が湧いてしまうのは仕方のないことだろう。
「お綺麗な髪、羨ましいです」
等と言いながらエルザの髪を洗ってくれているミイだが、当のエルザはその胸を少し分けてもらいたいなどと益体もないことを考えていた。
「ふうー」
少しおっさん臭い仕草で、サキは湯船に浸かっていた。
ミイも浴室着を脱ぎ、一緒に浸かっている。エルザたちからの要望で、一緒に入浴しているのである。
「皆様、肌がお綺麗ですね。羨ましいです」
またしても羨ましい、というミイ。そんな彼女は、薄いコーヒー牛乳のような肌の色をしている。
「ミイさんの肌もすごく肌理細かくて素敵」
そんなミイに、エルザが声を掛ける。
実際、ミイの肌は、色を除けばいわゆるもち肌、ぷるぷるぷにぷにしている。
「え、そうですか? でもやっぱりエルザ様……素敵です……色白で、金髪で」
「ひぁっ」
肩をちょん、とつつかれただけだが、エルザは変な声を出してしまう。
「あ、す、済みません、エルザ様!」
ばっしゃあ、と水飛沫が上がるほどに頭を下げるミイ。その頭はお湯の中だ。
「き、気にしないで」
慌ててミイを抱き起こすエルザであった。当のミイはエルザに抱きかかえられたせいか、それともお湯のせいか、少し赤い顔をしていた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20150804 修正
(誤)元々、それほど宛にしていたわけではないが
(正)元々、それほど当てにしていたわけではないが
(誤)床の間に行かれた物体
(正)床の間に置かれた物体
(旧)
「あの床の間の鏡餅、なんで飾ってあるのかな?」
気になって仕方の無い仁であった。
「えっと、ですね。昔からの風習で、お目出度い時に飾るんです。今回はジン様がいらして下さったので飾ったのだと思います」
(新)
「あれって、なんなのかな?」
鏡餅を指差す仁。気になって仕方がないのである。
「あ、トコノマのカガミモチ、ですか? ……えっと、ですね。昔からの風習で、お目出度い時に飾るんです。今回はジン様がいらして下さったので飾ったのだと思います」
20160511 修正
(旧)その、『お菓子』、のお話を伺えませんでしょうか?」
(新)その、『お菓子』、を何かご紹介いただけませんでしょうか?」
その後のやり取りとの整合性を考慮しました。