26-03 カリ集落
「いやあ、ジン、美味しかったよ!」
甘いものを食べた後には、緑茶が合う。
仁たちは、礼子が淹れてくれたお茶を飲みながら寛いでいた。
「村にもなかったから、はじめて食べたけどおいしかった」
ハンナもご機嫌であった。
もう少しゆっくりしてもよかったのだが、少し雲が出て来たので、そろそろ出発することにした。
無人休憩舎からカリ集落までは20キロほど。
「雨になる前に着きたいな。エドガー、飛ばせ」
「はい、わかりました」
仁たちが乗っている自動車は、試作1型改。つまり最高速度は時速100キロ出せるタイプのエンジンを積んでいる。
とはいえ、リミッターを掛けてあるので、普段は時速40キロまでだ。
踏み固められた道路は走りよく、順調に距離を縮められた。
20キロの距離を30分ちょっとで走破した仁たちの目の前に、カリ集落が現れる。雨は落ちてこなかった。
石と粘土で作られた家。新しい物もあるのは、人口が増えたのだろうか。
自動車が近付いていくと、それに気が付いた住民が集まってきた。
「なんだ、馬がいないのに動いてるぞ?」
「自転車と同じような物なのか?」
「東にはあんな物が……」
そんな人垣の中から、40代前半と思われる壮年の男性が歩み出て来た。
がっしりした体格、鋭い目つき。焦げ茶色の髪で、目の色はグレイ。短い顎髭を生やしている。
(肌の色が……)
仁は、口には出さなかったが、その人物が、ルカスやネトロスといった、魔族の従者と同じ血を引いていることを感じ取っていた。
「ようこそ、お客人。私はダロー、この集落の長をしています」
仁も、ジョン・ディニーからその名前は聞いていた。
「ジンといいます。こちらはショウロ皇国の国選治癒師、エルザ。そちらは同じくショウロ皇国の錬金術師、サキ。こっちは俺の妹、ハンナです」
「エルザです」
「サキです」
「ハンナ、です」
「それに、俺の自動人形、礼子。向こうはサキの自動人形、アアル。運転しているのはエルザの自動人形、エドガーです」
自動人形と説明した途端、ダローの目が見開かれた。
「なんと! 自動人形ですと! これほど人間そっくりなものは初めて見ます! ジン殿は素晴らしい魔法技術者なのですね」
「違います。お父さまは『魔法工学師』。全ての魔法技術者の上に立たれるお方なのです」
礼子がダローの言葉を補足した。仁は少し慌てる。まさか礼子がこんな自慢めいたことを言うとは思わなかったのだ。
だが、その説明は悪くなかったらしい。ダローは完全に納得していた。
「ほほう、そのような方ですか」
「これが書類です」
女皇帝からもらった、ミツホへの訪問許可証と身分証明書を差し出す仁。ダローはそれを受け取り、目を通すと、改めてお辞儀をした。
「『魔法工学師』、ジン・ニドー卿、ようこそ。歓迎いたします」
やはり皇帝からの書状は重みがあるようだ、と仁は思った。
「なんやー? またお客はんかー?」
人垣を掻き分け、現れた女性。特異な訛り方をしている。仁ははたと思い当たった。
20代前半、やや浅黒い肌に焦げ茶色の髪、明るい茶色の目。中肉中背で、スタイルはいい。これに該当する人物は。
「えーと、マヤ、さん、でいいのかな?」
名前を呼ばれて、その女性は驚いた顔をした。
「へっ? お兄さん、あたいのこと知ってはるのん?」
「あ、ああ。オリヴァーさんに聞いたので」
実際にはジョン・ディニー経由で、だが。マヤはそれを聞いて喜んだ。
「オリヴァー、元気してた?」
「ええ、こちらのこといろいろ教えてもらいましたよ」
「そっかー。……ダローさん、この人たちもあたいが担当でええのんか?」
「ああ、頼むよ、マヤ。大事なお客人だ」
「承知ー」
おどけたような口調で返事をしたマヤは、仁たちに向き直る。
「改めまして、あたいはマヤ。このカリ集落で案内人みたいなことをやってます。どうぞよろしゅうに」
「こちらこそ。俺はジン、この子はハンナ、こちらはエルザ、そちらはサキで、自動人形のアアルと礼子、それにエドガー」
「大勢さんやね。泊まるとこ、大部屋一つでええんかな? こんな狭い集落やからね、あまり泊まるとこも整備されてないのんや。あとは1人部屋が2つあるだけでね」
面白い訛り方だな、と、仁がマヤの言葉を聞きながら考えていたら、エルザに袖を引かれた。
「……行こう?」
「あ、ああ」
いつの間にかマヤが一行を先導して歩き始めていた。とはいえ狭い集落、まっすぐ歩いて2分、すぐに目的地に着いた。
「ここや。悪いけど自炊でやってもらえるか?」
「ああ、問題ない。じゃあ、車をこっちへ持って来よう。エドガー、頼む」
「はい!」
返事をし、エドガーは走って車を取りに行った。それを見たマヤは、
「すごい自動人形やね。人間とちっとも変わらんわ」
と、感心することしきり。そのためか、
「なあなあ、あんたら、今日この後、何か予定あるのんか?」
などと仁に尋ねてきた。
「いや、特には」
と仁が答えると、嬉しそうに笑い、
「ほな、あたいがこのあたりを案内してあげるわ」
と申し出てくれた。
断る理由もないので、仁たちはその申し出を受けることにした。
「あたいが最初に案内したのは、5年くらい前だったか、テンクンハンいう魔法技術者やな」
「名前だけは聞いたことがあるな」
ハタタという町の宿屋、そこの庭にテンクンハンが作ったという前衛的な置物があったことを仁は思い出した。
「でも、工芸家だって聞いたけど」
「うん、そう。私も聞いたことがある」
「ボクもだ」
ハンナ以外はテンクンハンを知っており、魔法技術者というより工芸家だと言うと、マヤは納得した顔になった。
「やっぱりなあ。あまり役に立ってくれへんかったもんなあ」
と言ってから、
「その次は去年の暮れ、ジョンいう人やったな。あの人は大したもんやった。自転車も直してくれたし」
と、懐かしむように言った。
「自転車か」
懐かしい単語に仁が相槌を打つと、マヤはへえ、というような顔をした。そして仁に尋ねた。
「あ、あの、自転車って、知ってはるの?」
「うん、知ってるよ」
仁は正直に答える。何といっても、自転車の実物を見てみたかったからだ。
「そっか。……ほな、後で見せたげるわ。……それから今年に入って、ショウロ皇国から2回、使節団がやって来たなあ。国交を結ぶのも、もうじきやね」
そんな話をしながらやって来たのは集落の外れにぽつんと聳える小さな岩山。
道が付けられており、楽に登れる。いわば天然の展望台だ。
「ほら、見てみい。ここからハリハリ沙漠方面がよく見えるんや」
「ああ、ほんとだな」
カリ集落北を見ると、灌木帯の向こうにハリハリ沙漠が見えた。砂砂漠ではなく、礫砂漠 であることがわかる。ところどころに大岩が突き出しており、仁の持つ『砂漠』のイメージとはかなり異なっていた。
東を見れば、緩やかな勾配の谷間を縫って街道が続いているのが見える。
そちらには灌木や草、苔などの緑が見られた。
『ウォッチャー』から送られてくる画像では何度も見ていたが、こうして自分の目線で見ると、また違った印象がある。
「この上から見る朝陽夕陽もきれいなんよ」
自慢げに説明するマヤ。
「何といっても、今年に入って整備されたんやから。ここに登って景色眺めるのは皆さんらが最初なんや」
(どうりでジョン・ディニーの報告にも無かったわけだ)
内心で納得する仁であった。
「さって、次行こか」
マヤは先に立って岩山を下り始めた。仁たちも彼女に付いていく。
「次は……お楽しみや!」
今更ながら、マヤが喋っているのは大阪弁ではなく、ミツホのミヤコ弁ですので……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20160110 修正
(旧)こちらこそ。俺は仁、この子はハンナ
(新)こちらこそ。俺はジン、この子はハンナ