24-32 クロゥ砦、陥落(表)
『堂々と宣言させて砦を開放しましょう』
考えた末の老君からの提案である。
『拡声の魔法で、宣言させるのです。『この砦は、対魔族用に作られたものであって、人間同士の争いに介入するのは本意ではない』、と』
それを聞いた仁は頷いた。
「なるほど、それはいいな。嘘ではないしな」
『はい。そして、『対魔族戦争が終結している今、自分の存在意義はなくなった』と宣言させ、自壊したと見せかけるのです』
「うんうん、いいな」
砦内部の魔導機は既に大半が自壊してしまっている。『頭脳』自身は停止させているのでもう自己破壊したくてもできないだろう。
仁は少し考え込んだ後、許可を出した。
「よし、それでいこう」
* * *
「……一体どうなっているんだ?」
10名を送り出したはいいが、その後、何の動きもなく、さすがのカーター元帥もじれてきた頃。
《包囲している人間に告ぐ!》
クロゥ砦から大音声が響き渡った。
《私はこの砦を統括する『頭脳』である》
「頭脳だと? いったい……」
「しっ、とにかく話を聞きましょう」
カーター元帥とチハラッド・サウトは小声でやり取りした後、耳を澄ませた。
《私の存在意義は魔族と戦い、人間を守ること。人間と戦うことではない。だが、みすみす壊されるわけにもいかない》
それを聞いた『王国別働隊』の面々に動揺が走る。
《砦に潜入した兵士たちは全員拘束した。そして彼等から情報を得たのだ》
「……やはり、彼等は捕まっていたのか」
《私は思う。人間同士の争いは人間同士で決着をつけてもらおうと》
「……」
《とりあえず、砦に立て篭もっていた人間も同様に拘束してある》
「何だと!?」
カーター元帥は耳を疑った。オランジュ一味まで拘束した、ということは、この戦いの終わりを意味する。
《今から門を開く。拘束した人間は19名。引き取りに来られたし。その後、私は役目を終えたと判断し、自壊する》
「な、何だって!?」
貴重な古代遺物といえる砦が自壊する、それは世界の損失だ。チハラッドは焦った。
懐古党の一員として、それは避けたい事態であった。
「ま、待ってくれ!」
だが、彼の声は砦には届かない。
《では門を開く。来られたし》
それきり、声は止んだ。同時に正門が開いたのである。
「……どう捉えればいいのだろう?」
カーター元帥は悩んでいた。今の宣言を信用していいのかどうか、それがまず喫緊の問題である。
確かに、門は開いた。だが、それが罠でない保証はどこにもない。
「難しい問題ですね。ですが、これは好機ともいえます。門が開いたのですから」
チハラッドも悩みながら、どうするべきかを考えていく。
「ここはやはり、ゴーレムに先行させ、内部の様子を確認するしかないでしょう」
「そうだな。行動しない限り、何も進展しないからな」
話がまとまり、まずは汎用ゴーレム2体を、捕虜受け取りという名目で派遣することとした。
この汎用ゴーレムは懐古党謹製で、それなりの知性があるタイプだ。
必要な指示を出し、送り出すチハラッド。
「あの2体が戻ってくれば、少しは状況がわかるでしょう」
「そうあってもらいたいな」
待つこと10分ほど。
砦の正門から誰か飛び出してきた。小走りに駆け寄ってくる。すわ、敵か? と身構えたが、近付いてくれば見知った顔である。
「あれは……クーガーか?」
送り出した10名の中の1人である。カーター元帥とチハラッドは出迎えた。
「どうした、1人か!?」
「何があった、説明しろ!」
「は、はい」
息を切らせたクーガーは、訥々と説明を始めた。
穴を掘って潜入したこと、砦内部で二手に分かれたこと、罠に嵌って捕らえられたこと。
「私だけ目覚めさせられ、説明のために送り帰されました。残る9人は魔法で眠らされています」
説明を聞き終えたカーター元帥は考え込んだ。砦からの声と、クーガーの説明に齟齬はない。
「あ、そうそう。汎用ゴーレムらしき2体と会いました。まもなく出てくるはずです」
その言葉通り、リーダーのドーハス、それにもう1人、兵士が背負われているようだ。
「ふむ、嘘はなかったようだ。罠もないと見ていいか」
カーター元帥が安心したように息をついた。
「まだ100パーセント信用できるわけではないです。今度は4体の汎用ゴーレムと兵士4名を送り出しましょう。……クーガー、すまないがもう一度あの砦に行ってくれるか?」
多少なりとも内部を知っているクーガーに案内させようというのである。
「わかりました」
クーガー、すなわちレグルス43は承知した。
そして4人と4体は送り出され……15分後、拘束された兵士の残り7名と、なんとオランジュ元公爵を担いで帰ってきたのである。
「お、おお!? こいつはオランジュ!」
「はい。あの言葉通り、我々が捕虜になっていた部屋の隣で眠らされていました。あと8名、オランジュ陣営の者と思われるものが眠らされています」
「うむ。あの言葉は本当だったな。よし、もう一度行ってきてくれ」
「はっ」
4人と4体が再びクロゥ砦に向かう。それにチハラッドも同行することにした。
「自壊するなど、世界の損失です。なんとか阻止できないかやってみます。それができないなら、1つでも2つでも、古代遺物を運び出したいと思います」
「うむ、わかった。頼むぞ」
こうして5人と4体は砦に入った。チハラッドだけは別行動をとり、各部屋を物色するつもりだ。
その時声が聞こえた。
《何をするつもりか知らないが、最早この砦内にめぼしいものは残っていないぞ?》
チハラッドは焦って叫んだ。
「そ、そんな! なんともったいない!」
《残念ながら本当だ。人間同士で争うような世界にはまだ渡せない。ディナール王国に匹敵する国でなければ遺産を引き渡すわけにはいかないのだ》
「……」
チハラッドは言葉を失った。彼は懐古党党員、その理念は過去に失われた技術を再現し、現代、そして将来に生かすことである。
同時に、過去の超大国、ディナール王国への憧憬も少なからず持っている。
今の世界情勢が、当時とは大きく異なることをよく知っているだけに、彼はそれ以上の言葉を発することができなかった。
《そうそう、別室にもう1人眠っている。彼も連れ帰ってくれ》
「何?」
誘導されて行ったチハラッドが見たのは、砦への侵入を試み、失敗した兵士だった。
《塀から落ちて怪我をしている。手当はしておいた》
ということで、チハラッドはその兵士を背負い、砦を後にしたのであった。
* * *
かくして、クロゥ砦内の人間、敵味方合わせて計20名(実際にはクーガーは自動人形であるが)は砦外に出たのである。
《人間は1人もいなくなったようだな。では、これで私の役目は終わった。ディナール王国の末裔たちよ、精進せよ。さらばだ》
そして声はそれきり二度と聞こえなくなったのである。
カーター元帥とチハラッドが、再度100名を超える人数を繰り出して砦内を調査したところ、先の10名と共に送り出した戦闘用ゴーレム10体が停止状態で見つかった他は、めぼしいものはなかった。
「……どうやったかはわからないが、あの声の主……自称『頭脳』は、全てを消してしまったのだな……」
「はい、至極残念ですが」
「人間同士で争う世界、か。我々はまだまだ未熟、ということなのだな」
カーター元帥は寂しそうに笑った。
見上げた夕空は赤く染まり始めていた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20150622 修正
(旧)あの声の主……オランジュの言い方を借りれば『頭脳』は
(新)あの声の主……自称『頭脳』は
(誤)あと8名、オランジュ陣営の者と思われるものが眠られています
(正)あと8名、オランジュ陣営の者と思われるものが眠らされています
(旧)砦の正門から誰か飛び出してきた。小走りに駆け寄ってくる。
(新)砦の正門から誰か飛び出してきた。小走りに駆け寄ってくる。すわ、敵か? と身構えたが、近付いてくれば見知った顔である。
20180420 修正
(誤)15分後、拘束された兵士の残り8名と、なんとオランジュ元公爵を担いで帰ってきたのである。
(正)15分後、拘束された兵士の残り7名と、なんとオランジュ元公爵を担いで帰ってきたのである。