24-26 思惑
『王国軍別働隊』の攻撃が砦の壁に突き刺さったことで、『頭脳』の警戒レベルが一気に上がった。
《可能性1の検証として、洗脳解除を試行する》
そして、外壁に隠された魔導機から、『衝撃』の魔法を、砦周辺に布陣する人間に向けて放った。
《攻撃側32名を無力化。もしも魔族に洗脳されていたのなら今の『衝撃』で解放されたはず》
『頭脳』は、自己防衛を行うと同時に、できる限り人間を傷付けない方法を選んだのだった。
《これでどう反応するか、確認する》
そして一時待機に入った。砦内部にいる人間の反応も同時に観察しながら。
* * *
「おお、やったではないか!」
砦上階にある司令室で、魔導投影窓越しに外を観察していたルフォール・ド・オランジュは喜びの声を上げた。
『『頭脳』が目覚めたようですね』
補佐自動人形、レファの言葉を、オランジュは聞き逃さなかった。
「今何といった? 『頭脳』が目覚めただと?」
『はい、オランジュ様。ああした魔導機による攻撃は、砦を統括する『頭脳』なしには行えませんから』
「そうか、よしよし、ダジュールの奴はちゃんと仕事をしたようだな」
『そうだと思います。これでこの砦は難攻不落になりました』
こうした会話も、『頭脳』は拾っていた。そして解析を行う。
直接オランジュにコンタクトしないのは、嘘や誤魔化しの入りにくい日常会話を通じて、真実を知ろうという意図があるからだ。
「だがダジュールはなぜ報告に来ないのだ? 怠慢ではないか」
『仰せの通りです。誰か確認にやりましょう』
* * *
『頭脳』はオランジュと補佐自動人形の会話を残らず聞き取り、解析していく。
《補佐自動人形はあのオランジュという人間を主人としているようだ》
補佐自動人形は『頭脳』の支配下にはなく、独立した存在であるから、特定の個人に仕えているのは不思議ではない。
《だが、あの人間は断じて『司令官』ではない。その資格を有する可能性もほとんどない》
魔導砦の『司令官』になるには一定の資格がある。
砦である以上、軍人であることはもちろん、相応の知識と経験が要求されるわけだが、それとは別に、『資格章』が必要になる。
これはディナール王国が発行する階級章のようなもので、特殊な魔力波形を持つ、小さな魔結晶があしらわれているのだ。
それを持たないオランジュは、少なくとも『司令官』ではないことがわかる。
では、何者か?
《考えられるのは、それなりの権限をもった地方領主ということになる》
さすが『頭脳』、おおよそのところでその判断は合っている。
《軍との関係が薄いオランジュが、なぜ砦内の最高指揮官として振る舞っているのだ?》
短時間で出せた仮説は3つ。
1.軍に連絡する時間がなかった。
2.取り囲んでいるのが軍である。
3.軍はもう存在しない。
ここでも、『頭脳』はジレンマに陥る。それというのも、どちらの側に立つべきかの判断基準がないからだ。
『頭脳』は人間の味方として作られた。今のままでは目立った行動を取れない。
『衝撃』の魔法を放ったのは、自己保存のためであり、今のところそれ以上強力な攻撃手段は取れない。
目覚めた以上、存在意義として人間の役に立ちたいのだが、それが叶わない。
『頭脳』は判断のため、更なる情報を欲していた。
* * *
『王国軍別働隊』司令官、カーター元帥は、部隊を1キロほど後退させた後、懐古党の技術者、チハラッド・サウトと相談をしていた。
今やチハラッドは参謀的な役割を果たしている。
「結界は消えたままです。今なら砦に侵入できるかもしれません」
その提案にカーター元帥は渋い顔をした。
「だが、あの魔法で攻撃されたら? 死者はいないようだが、行動不能になるのは目に見えているぞ」
「ですから、戦闘用ゴーレムを投入するのです。どうやらあの魔法は、弱い雷系統の魔法でしょう。とすると、戦闘用ゴーレムには効きません。つまり、ゴーレムを盾に進めば……」
「……砦に近付くことができるというわけか。なるほどな。よし、やるだけはやってみよう」
ということで、戦闘用ゴーレム10体と、兵士10人が選ばれた。
その兵士の1人は第5列である。レグルス43、現地名『クーガー』といった。
「十分に注意しろ、ゴーレムの陰に入って進むのだ」
カーター元帥自ら激励する。もちろん、砦内部に潜入してからの行動についても指示されるが、内部の様子が不明なため、ある程度は兵士たちの裁量に任されることになる。
当然、最終目的はオランジュの捕縛と砦の占領だ。
「よし、行け!」
10名の兵士と10体のゴーレムは出発した。
500メートルまでは何ごともなく進み、そこから進行速度を落としていく。
砦に近付くにつれ速度は更に落ち、終いには這うような速度になった。が、攻撃は来ない。
(こちらの出方を窺っているのか……)
レグルス43、『クーガー』は老君とやり取りしつつ砦を見上げていた。その視覚情報も老君に送られている。
そして10人は外壁まで達した。
「ここまでは何ごともなく来られたが、ここから先は難しいだろうな」
10人の兵士のリーダー、ドーハスは、全員に向かって、更に気を引き締めるよう声を掛けた。
「扉が破れないことは先日の攻撃でわかっている。外壁を乗り越えるしかない」
だが、それこそ砦からは格好の標的になるだろう。
「ドーハス殿、穴を掘ったらどうでしょう」
クーガーが提案を行った。
「穴?」
「はい。ゴーレムの力なら短時間で掘れるのではないかと」
壁を越えるのではなく下をくぐる。通常、夜中に行われる工作である。
まれに行われる手ではあるが、真っ昼間、それも10人がそのような手段を取るとは思わないかもしれない、とドーハスはその案を採用することにした。
「よし、やってみよう。5体は穴を掘れ。残る5体は我々を守るのだ」
この位置は外壁に遮られ、彼等が何をやっているかは見えない。
「砦内に人員がいない証拠だな」
通常なら外壁の上にも見張りがいるはずで、その場合このような策は下の下なのだが、今は上策と思えた。
地面は岩混じりの土で、外壁の基礎部分は地下1メートルまで埋もれていた。
ゴーレムの力により、およそ1時間で人一人、いや、ゴーレム1体が通れる穴が空いた。
「よし、行くぞ。もし行きたくない者がいたら今言ってくれ。後で足手纏いになってもらいたくない」
ドーハスの言葉に、誰も口を開かなかった。
「うむ、では行くぞ」
ドーハスのゴーレムが先頭で穴に飛び込んだ。ドーハスがそれに続く。
そして次々と10体のゴーレム、10人の兵士が穴をくぐったのである。
10人と10体は砦中庭に出た。
外壁と砦本体との間に設けられた緩衝地帯で、砦までは10メートルほど。
砦に向かって右側には出入り口があるが、歩哨も見張りもいない。
出来過ぎている気がするものの、ここまで来て引き返すことはできない。
「よし、一人ずつあの入口に向かえ」
ドーハスはそう命令したのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20150616 修正
(誤)しないには這うような速度になった
(正)終いには這うような速度になった
(誤)一人ずつあの入口に迎え
(正)一人ずつあの入口に向かえ
(誤)地面は岩交じりの土
(正)地面は岩混じりの土
(旧)10人、10体のゴーレムが穴をくぐった
(新)10体のゴーレム、10人の兵士が穴をくぐった
(誤)ですから、戦闘用ゴーレムと投入するのです
(正)ですから、戦闘用ゴーレムを投入するのです
(誤)最終目的はオランジュの拿捕
(正)最終目的はオランジュの捕縛