24-24 天の配剤
「エルザ!?」
突っ伏したエルザに気が付いた仁。慌ててエルザを抱き起こしてみれば、青ざめた顔、目には涙がいっぱいに溜まっている。
「どうした? どこか具合が悪いのか? まさか熱でもあるとか?」
仁の手がエルザの額に当てられた。
「あ」
「んー……熱はないな」
「あ、あの」
エルザは焦った。ここではっきりと言わなくてはならないと。
「わた、私が言いたいのはそんなことじゃなくて」
エルザの頬を、涙が一筋伝った。
「え? ど、どうしたんだ、いったい!?」
焦る仁。
「……かった」
「え?」
「……そんなつもりじゃ、なかった」
「何が?」
「ジン兄を縛るつもりなんて、なかった。ただ、ちょっとだけ」
「ちょっとだけ?」
「ちょっとだけ……」
なんだろう、とエルザは己の心に問い直してみた。そして気が付いた。自分は寂しかったのだ、と。
仁は、自分にとってなくてはならない存在。では、仁にとって自分は? ……と、問うことで、エルザは改めて気が付いたのだった。
「私のことを気にしてもらいたかった。それだけ」
何か作り出すと突っ走ってしまう仁に、ちょっとでいい、振り向いて欲しかった。
作っている最中に、ほんの一瞬でいい、自分のことを思い出して欲しかった。
隣にいる自分のことを、忘れないで欲しかった。
自分のことを…………。
「もういいよ、エルザ」
仁はエルザを優しく抱きしめた。
「不安にさせて、ごめん」
「ジン、兄」
要は、工作馬鹿の仁に、少しでいいからブレーキを掛けたかったということだろう、と仁は察した。
現に、新たなモノ作りを始める際に、エルザは何て言うかな、と考えるようになっていたのだから。
「前に言ったと、思う。好きなものを作っている時のジン兄は、一番いい顔、してる。そんなジン兄が、一番、好き」
たどたどしい言葉ではあるが、エルザは彼女なりに言いたいことを伝えた。そしてそれは確かに仁に伝わったのである。
「わかったよ、エルザ。……なんて返せばいいか、まだわからないけれど、とりあえず、ありがとう」
自分への想いがそんな形で現れたということだけはわかった。
仁はそのまましばらく、エルザを抱きしめたままでいた。
礼子もエドガーも老君も、何も言わず黙ったまま、2人を見守っていた。
* * *
「……で、だ」
「……うん」
茹で蛸のように真っ赤になった仁とエルザは、改めて宇宙船の話を始めていた。
「最初は、ミニゴーレムが乗る実験機を作ればいいかと思ってる」
ミニゴーレムは身長10センチ、16分の1サイズ。資材の点でも、建造の点でも有利だ。
『いいと思います。ただ、縮小したことでいろいろな点の検証が難しくなるかもしれませんが』
「わかってる。次はリトルゴーレムで、それから普通サイズに、と段階を踏もうと思う」
リトルゴーレムは身長40センチ、4分の1サイズである。
老君の言っているのは、小さく作った模型は、実際の大きさの現物と比較して、縮尺どおりにならない特性があるはず、ということだ。
例えば、球の大きさを10倍にすると、表面積は100倍に、重さは1000倍になる。
以前、『タイタン』を作った際にも同じようなことを問題にした。体重は3乗で増え、筋力は2乗でしか増えない、というのもその一つだ。
「地上の乗り物とは違うからな。ゆっくり、慎重にいこう。最終的には、そうだな、直径1000メートルくらいの母艦が欲しいな」
「……!」
仁のセリフを聞いたエルザは息を呑んだ。それは一つの世界だと思った。
そんな巨大な人工物は想像もできなかったのだ。
「まあ、一歩一歩、だけどな」
『わかりました』
老君は、仁の仕様を受け、おおよその設計図にまとめ始めていた。
『御主人様、提案ですが、御主人様はここ蓬莱島で宇宙船の建造指導に当たっていただきたいのですが。地下の件は身代わり人形が、クロゥ砦の件はマキナが、それぞれ対処するということでいかがでしょうか』
「うーん、なるほど。それで済んでしまうのか」
宇宙船を建造しよう、という計画が具体的になった今、地上での出来事が急につまらないことに思えてくる。
「まったく、宇宙からこのアルスを見下ろしたら、少しは考えが変わるのかな」
「……無理だと思う」
むしろ征服したくなるのではないかと、エルザは言った。
「そんなものかなあ」
仁が昔読んだSF小説では、宇宙に出た人類が人種間の違いを乗り越えて一つに纏まり、『地球人』として他星系の宇宙人に対抗する話が多かったのである。
「まあ、そううまいこと行くわけないか」
「ん」
「争っている奴らなんて、放っておいてもいい気がしてきた」
元々仁は技術屋であり、政治に関わるのが大嫌いなのである。知り合いが巻き込まれるなどしているから仕方なく関わっているわけで、できるならこうして好きなものを作っていたいというのが本音だ。
「といってもなあ……」
またマキナを使って、戦場ごとひっくり返してやれと思わなくもないが、仁がマキナと知り合いだということになってしまった今、それをやると自分の周りが更にうるさくなりそうである。
何だって自分がこんなことで悩まなければならないんだという思いがまたぞろ首をもたげてくる。
「ジン兄、悩んでるの?」
「ん? まあ、な」
気になっているのは確かである。
「なら、何か理由……そう、大義名分を見つければ、いい」
「大義名分?」
「そう。気になっている、ということは、手を出したいけど理由がないから手を出せない、ということだと思う。なら、その理由があればいい」
老君は、エルザの言葉を聞き、うまいことを言う、と感心した。
事実上、仁を縛れるものは無いはずなのに、仁は自分自身で自分自身を縛り付けているのだから。
そして、天の配剤か、単なる偶然か、今まさにその『理由』が生まれんとしていた。
* * *
『クロゥ砦』の機能は8割方復旧してはいたが、完璧とはいえない。
そのため、少しでも完璧に近づけようと、技術者たちは夜を日に継いで修理に勤しんでいた。
「ふふふ、あと少しで『頭脳』が再起動するぞ……楽しみだ」
ダジュール・ハーヴェイは独り言を呟きながら作業を続けている。
寝不足のため、目は血走り、目の下には隈ができている。
「……これで残すところあと1段、つまり最後の段階に来たわけだ。いよいよ『頭脳』がよみがえるぞ!」
ダジュールは、疲労でふらふらにも関わらず、確固たる意思力で、堅実に作業を進めていた。
そして、クロゥ砦を統括する『頭脳』最後の結線を繋ぎ終えたのである。
「……できた、ぞ。これで魔力素が流れ込めば『頭脳』は再起動する」
そう呟くと、床に大の字に寝転がったのである。
そしてすぐに寝息を立て始める。その顔は満足そうに微笑んでいた。
確かに、ダジュール・ハーヴェイの手腕はその点においては確かであった。クロゥ砦の『頭脳』は正常に動作を開始したのである。
ただそれが、彼等、砦に立て篭もる者たちにとって良いことであるとは限らないのだが。
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