24-22 第二回戦
『魔導砦』であるクロゥ砦。それを統括する魔導頭脳を制御下に置くべく、魔導技師ダジュール・ハーヴェイは寝る間も惜しんで作業を続けてきた。
そしてついに、彼曰く『最後の関門』に到達したのである。
「これは……くくくくっ、これだ、これが最後の関門だ!」
徹夜続きのせいか、テンションがかなり怪しいことになっている。
だが、ダジュール・ハーヴェイは血走った目で作業を継続するのだった。
そしてもう1人の魔導技師、ボッカー・オーヴ。
オランジュ元公爵の腹心である彼は、魔導砦補佐自動人形、『レファ』の修理に励んでいた。
「よし。これでまずは終了だ」
魔導大戦時の自動人形を完璧に修理する技術はないが、日常的な動作を可能にする程度までは、ボッカーとその部下たちで何とか可能だったのである。
「……しかし、この『ブラックボックス』はいったいどうなっているのやら。……今は無理をするわけにもいかないしな」
彼が『ブラックボックス』と呼んだのは、『魔素変換器』と『魔力炉』のことである。
この2つは、今では『失われた技術』であり、その原理も存在も忘れ去られて久しい。
また、非常に繊細で緻密な『書き込み』の技術がなければ製作不可能なのだ。
そして、クロゥ砦にいたのは、そうした『精密工作』の不得意な技術者ばかりであった。ゆえに、『魔素変換器』と『魔力炉』はブラックボックス扱いとなり、当分手を触れてはいけない魔導装置と指定されていたのだ。
これは、ダジュール・ハーヴェイも同様。要するに、『魔素変換器』と『魔力炉』は、まだ今の技術者たちの手に余る代物だったのである。
とはいえ、ダジュール・ハーヴェイとボッカー・オーヴ、この2人は、『魔導砦』をなんとか稼働させることくらいはできたのである。
「そうか、ご苦労だった。ふふふふふ、いよいよこのクロゥ砦が本気を出せるようになったというわけだな!」
報告を聞いたルフォール・ド・オランジュはほくそ笑んだのであった。
* * *
その一方、砦を遠巻きに包囲する『解放隊』……いや、今は『王国軍別働隊』と呼ばれるようになっていた……も、ただ手を拱いていたわけではない。
元解放隊南東部支部だけでなく、本隊といえる王国軍2000名が到着していたのである。
また、思わぬ援軍も加わっていた。その名を『懐古党』。反社会的組織『統一党』が仁によって倒された後、平和的意図の元に再編成された組織である。
併せて2500名という兵が、クロゥ砦を取り囲んでいた。
「動きがありませんね」
懐古党から支援にやってきている技術者、チハラッド・サウトがぽつりと言った。
「うむ。だが、奴等がどれだけ食糧を持っているかはわからぬが、時間が経てば経つほど、不利になるのは向こうだ」
王国軍元帥であるレゴーン・ド・カーターは、その青い眼を、遙か彼方の砦外壁に向けながら言葉を返した。
「とはいえ、あまり時間を掛けすぎても、いろいろとまずいことになるのも承知している」
王国軍の武力を侮られることにもなりかねないし、なにより、オランジュという国賊を差し出さねば他国への謝罪もできない。
「近々戦闘を開始することになるだろう」
カーター元帥の言に、チハラッドは釘を刺した。
「ですが、相手は『魔導砦』であるという話。油断は禁物です」
彼等にも、マキナ名義で砦の情報が伝えられていたのである。
「ふむ、魔導砦か……魔導大戦時の遺物というが、どのような力を持っているのか。それがわからない限り、迂闊に攻め込めぬ」
それもまた正論である。カーター元帥は常識人なのだ。
そこに朗報が入った。攻城兵器の到着である。
バリスタ、破城槌、雲梯の3種。加えて、戦闘用ゴーレム20体。
これらは懐古党からの提供品であった。
「うむ、これで降伏勧告をすることができるな」
城・砦を攻めるにあたり、十分な武力を背景にせずに開城要求をしても相手が聞き入れるはずがない。
籠城してもいいことはないと思わせるためには、攻める側の戦力を知らしめる必要がある、とカーター元帥は考えていた。
「まずは遠距離からの攻撃を行う」
懐古党謹製のバリスタである。
部分的に金属製の、巨大なボウガンといった形状をしている。弓部分の長さは約10メートル。岩及び専用の矢を飛ばすことができる。
かつて統一党が使用したものは200キロの岩を飛ばすことができたが、これは半固定式ということで、移動も考慮されており、やや小型。
50キロほどの岩なら50メートルほど、20キロの石なら100メートルを飛ばす。
真骨頂は、先端に鋼鉄やアダマンタイト製の鏃をつけた矢である。破城槌に勝るとも劣らぬ貫通力がある。
まずは20キロの岩……大きさにしてバスケットボールくらい……を発射することにした。
その性質上、精密な射撃などできようはずもなく、おおよその狙いを定め……。
「目標、クロゥ砦内。用意……撃て!」
第2次攻防戦が開始された。
* * *
同じ頃、オランジュ側も戦闘準備が整いつつあった。
《『対物結界』を起動しておくべきでしょう》
補佐役自動人形、レファが助言した。
「よし、そうするか」
先日、修理用ゴーレムを発見、再起動したので、砦の機能の8割から9割が復旧している。
素材の不足で、10割とはいかなかったのが残念なところである、とオランジュは思った。
そしてその2時間後、『王国軍別働隊』の攻撃が開始されたのである。
「ほう、カタパルト……いや、バリスタか。敵もなかなかやるではないか」
人の頭よりも大きな岩が飛来し、『対物結界』に当たって砕け散ったのを目の当たりにしたオランジュは、この砦の防御力の高さに満足した。
* * *
「岩が空中で砕けただと!? 対物結界か!」
砦手前、10メートルほどのところで岩が砕け散ったのを見たカーター元帥は驚愕に目を見張った。
だが、懐古党のチハラッドは違う。
「バリスタ全機作動! 1から順に連続攻撃開始!」
5機のバリスタが順に岩を発射していく。装填のタイムラグはおよそ2分。つまり、24秒に1発、岩が発射されていくのである。
「どんなに強力な結界だとしても、負荷が掛かりすぎれば崩壊するはず!」
チハラッドの考えは正しい。だが問題は、どの程度の攻撃を行えば過負荷になるか不明という点である。
十数発の岩を弾き返しながら、砦の結界は微塵も揺るがなかった。
「ううぬ、だが、あの結界がある間は、向こうもこちらを攻撃できないはず。よし、破城槌、攻撃!」
遠距離から攻撃できるバリスタに対し、破城槌は接近しなければ使えない。
砦側から攻撃を受ける心配のない今は、破城槌を使う絶好の機会でもあった。
懐古党が用意した破城槌は、振り子式に丸太を叩き付けるものだった。釣り鐘を打つ撞木によく似ている。
丸太の先には鉄が被せてあるし、振り子は車輪の付いた櫓から吊り下げられている。
カーター元帥は初めて見るその方式に、感心することしきり。
「ふむ、懐古党は進んだ技術を持っているのだな」
同時に、若干の脅威も覚えたが、今は目の前にあるもっと大きな脅威を何とかすべき時であると思い直した。
車輪付きの櫓を押すのはこれもゴーレム。人間には不可能な速度で破城槌を外壁に近づけていった。
が、外壁手前3メートルほどでそれ以上進めなくなる。対物結界である。
「よし、そこでいい! 結界に大きな負荷を掛けてやれ!」
まずは結界を破ることであると、チハラッドは判断した。
まずは櫓を地面に固定する。ゴーレムにより、地面に杭が打たれ、櫓が固定されていく。
「破城槌、打て!」
丸太が大きく引かれた後、解放された。
うなりを上げて結界を襲う破城槌。
だが、それでも結界はびくともしなかった。
「どうする、チハラッド殿?」
この結果に、カーター元帥も頭を抱えた。
「こうなったら、破城槌がぶつかるのに合わせ、5機のバリスタからも岩をぶつけてやりましょう」
連続した負荷では駄目だと判断したチハラッドは、衝撃をまとめることで威力を高め、結界に負荷を掛けることを選んだのであった。
「よし、準備しろ。……いいか、5、4、3、2、1、発射!」
「……今だ、破城槌、打て!」
5つの岩が上空で対物結界に激突する、それと同時に、破城槌が放たれた。
クロゥ砦攻略はまだまだこれからである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20150612 修正
(誤)テンションがかなり妖しいこと
(正)テンションがかなり怪しいこと
(誤)オランジュもと公爵の腹心
(正)オランジュ元公爵の腹心
(誤)本隊といえる王国軍2000が到着
(正)本隊といえる王国軍2000名が到着
(誤)奴等にどれだけ食糧を持っているか
(正)奴等がどれだけ食糧を持っているか
(誤)大きさにしてバレーボールくらい
(正)大きさにしてバスケットボールくらい
(旧)とはいえ、1年も掛けてしまっては
(新)とはいえ、あまり時間を掛けすぎても
(誤)素材の不足で、10割とはいかなかったのが残念なところである、とオランジュは残念に思った
(正)素材の不足で、10割とはいかなかったのが残念なところである、とオランジュは思った