23-47 論戦/王
各国代表からの助言をセザールは反芻していたようだが、やがて心を決めたらしく、立ち上がった。
「わかりました。非才な私にそこまで言っていただけるとは。もう迷いません。全力を尽くします」
「殿下、それでこそ次の国王です!」
バルフェーザ・ウォーカーは見るからに嬉しそうだ。
「ではまいりましょう。もう全閣僚が集まっているはずです」
「我々も傍聴することは可能ですか?」
とのラインハルトの質問に、バルフェーザは肯定を示した。
「私の権限で許可できます」
そして王太子を加えた一行は階段を上がり、2階奥の会議室へ向かった。
入口を警備する兵がここでも文句を言ったが、有無を言わせず通過。会議室の扉が開く。
そこは弧を描いて椅子が配置された部屋。劇場のよう、といえばイメージが湧くだろうか。
そして舞台に相当する場所は演壇である。
その壇上には、恰幅のいい男が1人。
髪は、かなり薄くなっているが、リシャールやセザールと同じ色をした金髪、目の色も良く似た碧眼。
ただし似ているのはそこまでで、身長は170センチに届かないくらい、体重は100キロに迫ろうという、肥満体型であった。
その男こそ、王弟、アラン・デモヌ・ド・グリマルディである。
会議室に集った閣僚は、セザール王太子の登場にざわついた。
「……セザール殿下……」
セザールを支持する少数派が、ほっとしたような顔をし、アラン派の連中は顔を顰めた。
仁たちは傍聴人として後方の席に控えることになる。そして王太子は、1人壇上へと歩んで行った。
「おやおや、能無しの廃太子がのこのことやって来たな? それにくっついて来たのはご機嫌取りの一行かな?」
アラン・デモヌは開口一番、馬鹿にした口調で言った。耳障りなガラガラ声である。
「そもそも今まで何をしていたというのだ? 遅れてくるなど、やる気があるのか?」
「叔父上、遅れたのは『何者かに』軟禁されていたため。それに彼等はご機嫌取りではありません。軟禁されていた私を救い出してくれた恩人たちです」
軟禁という言葉に、集まった閣僚たちがざわめいた。ここぞと、王太子は言葉を続ける。
「王太子は私です。『鍵璽』だけで次王の座に就こうとしている貴方こそ、王位簒奪を企てる重罪人」
決心したセザールの声に迷いはなかった。真っ向からアラン・デモヌと対決する意志がありありと窺える。
「簒奪だと? 侮辱する気か!」
「ならば、その『鍵璽』をどうやって手に入れたというのですか。私は、父王がそれを厳重に保管していたのを知っています。それがなぜ叔父上の手にあるのか」
「それは先程も皆の前で言ったが、お前では頼りないため、兄は私にあとを継がせんとしたのだ」
「で、あるならば、私が聞いていないはずはありません。いや、私だけではない。閣僚の誰も聞いていないはずがない」
「それは……」
さすがにこの追及にはすぐに反論できないかと見られた、その時である。
「……いえ、私は聞いておりましたよ」
と言葉を発した者がいた。
「……お前は……スケーブ!?」
姿を見なかった、王太子の護衛であるスケーブ・サザビーであった。
「スケーブ! 何を言っている!? お前が聞いているはずがないではないか!」
セザール王太子が知らないことを、その護衛であるスケーブが知っているはずがない。
「殿下こそ何を仰っているのですか? 先日、陛下からはっきりと告げられたではないですか……」
「スケーブ!」
その様子を見ていた仁たちにも、どうもおかしいと感じられる。
どちらかが嘘を言っていると言うことになるのだが、流れからするとスケーブが嘘をついているとしか思えない。
セザール王太子が嘘をついている可能性もあるが、今までの態度からして、それはありえないからだ。
集まった閣僚たちは、2人の言い争いを黙って見つめている。
そこに、流れを変える者がもう1人現れた。
「殿下、諦めた方がよろしいかと思いますよ?」
そして更に壇上に上がってきた人物はと見れば。
「オランジュ公!」
フランツ王国の代表、オランジュ公が現れた。
「私も、ちょうどその場におりました。リシャール陛下にお褒めの言葉をいただいておりましたのでね」
「……」
嘘とわかっているのに、それを証明することのできないもどかしさ。セザール王太子は臍を噛む思いだった。
* * *
「……まさか、2人とも王弟派だったのか?」
壇上にオランジュ公が現れたのを驚いた顔で見つめるラインハルト。
「それとも、取り込まれたのか。いずれにせよ、王太子には不利だ」
傍聴席にいる仁たちは、セザールを援護したくてもできないでいた。
内政干渉うんぬんではなく、単純に物的証拠がないからだ。
「おそらく、準備していたのだろうな……」
アーサー王子が悔しげに言う。
「記念式典に王が倒れるかどうかまでは予測できなかったのだろうが、いつかこういう日が来ることは予測していたのだろう」
「……アラン・デモヌ公は王国南部を統治……コーリン地方……ワイン……」
こうなってくると、あのワインを王に勧め、中毒にしたのも計画のうちではないかとさえ思えてくる。仁は何とか打開する手はないかと必死に考えた。
だが、そうそういい知恵が浮かぶはずもなく、壇上では、アラン・デモヌがセザールを追い詰めていた。
「セザール、もう野望は捨てよ。今、王位を諦めて謝罪すれば、一地方くらいなら与えてやらなくもないぞ」
ますます図に乗る王弟アラン。
「謝罪? そもそも必要は無い。私は何も間違っていない!」
「口先だけではな……」
それと共に、2人の対決を眺めている閣僚たちの間からざわめきが広がり始める。
「……やはりアラン様の方が……」
「セザール殿下では頼りないか……」
「いや、今の王国は腐敗しすぎている。それを正せるのは……」
仁には聞き取りきれない声も、礼子は全て聞き分ける事ができていた。
「お父さま、閣僚たちの意見も、アランの方に傾いています」
セザール王太子派もかなり声が小さくなっているらしい。
そもそも、閣僚の半数はどっちつかずであって、優勢な方に付こうと考えていたようである。
仁が、礼子が聞き取った内容を皆に話すと、アーサー王子は苦々しげな顔で、吐き捨てるように言った。
「ふん、奴等にとっては、頭が誰であろうと、大して変わらないと思っているわけか。愚かな。国そのものが立ちゆかなくなったならどうするというのだ」
だが、仁たちは傍観者、セルロア王国の問題に口を挟むことはできない。
苛立つ仁の内心を読み取ったのか、礼子が過激なことを言い出した。
「……お父さま、いっそこの場を滅茶苦茶にしてしまいましょうか?」
仁は苦笑しながら礼子の頭を撫でる。
「そんなことをしても問題は解決しないさ。……それができたらすっきりするだろうけどな、やめておけ」
仁の言葉を聞いたラインハルトは苦笑する。
大体のところにおいて、仁と同意見だからだ。
この場を力ずくでひっくり返したなら、気分はいいだろう。だが、それでは何も解決しない。それどころか、国際問題に発展してしまうだろうから。
「だけど、本当にどうしたらいいだろうな……」
壇上では、王弟アランが、セザールをやり込めているところだった。
「セザール、もう諦めろ。誰が見てもお前が嘘をついている。次の王は私だ」
「……」
最早返す言葉もなくなったセザール。
仁も、これまでか、と思い始めたその時である。たどたどしい声が響いた。
「……い、や、うそ、を、つ、いて、いる、のは、お、ま、え、だ……!」
その声に振り向いたセザールとアランは目を見開いた。
「父上……」
「兄上……」
会議室入り口には、エルザとエドガーに支えられたリシャール国王が立っていたのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20150518 修正
(旧)いや、私だけではない。閣僚の誰も聞いていないはずだ
(新)いや、私だけではない。閣僚の誰も聞いていないはずがない
(誤)内戦干渉うんぬんではなく
(正)内政干渉うんぬんではなく
orz
(旧)各国代表に言われたことをセザールは
(新)各国代表からの助言をセザールは