21-13 一安心
高さ10メートルからの飛び込みは上手くやらないとダメージを受け、最悪の場合死に至ることもある。
ロドリゴも例外ではなく、水面に身体を打ちつけ、気絶してしまった。
「……気持ちはわかるが、世話が焼けるな……」
もう少し高度を落としてからにすれば良かったのに、と思う仁である。
ロドリゴにしても、そんな高飛び込みの知識があるわけでもなく、純粋に娘を心配しての行動であるから仕方ないかとも思う。
とにかく、高度を更に落とした仁は、2人の様子を確認する。
『シグナス』上のマルシア、そして海に浮かぶロドリゴ。
2人とも意識を失っているようだ。特にマルシアは右腿に大怪我をしているようで、顔に血の気が無く、危険な状態に見えた。
「礼子、2人をこっちへ助け上げてくれ」
「はい、わかりました」
力場発生器を持つ礼子であるから、危なげなく2人をゴンドラへと運び込むことができた。
「ロドリゴさんは気絶しているだけかな。それよりもマルシアだ」
右腿の裂傷は、出血は止まっているようだが、暖流とはいえ長いこと水に浸かっていたため、低体温症を起こしかけているようだ。
「……応急処置だけ済ませて、エルザに任せた方がいいかもな」
エルザは、仁からの知識に加え、名治癒師サリィ・ミレスハンからも薫陶を受けているので、今や治癒にかけては仁を凌いでいた。
そこで仁は、応急処置として『殺菌』で殺菌し、『快癒』で傷口だけは塞いでおいた。
「アロー、よくやったな、偉いぞ」
仁は手放しでアローを褒め称えた。蓬莱島勢の誰よりも早く、マルシアを見つけ出したのだから。
「マルシアはこっちで治療する。店の者たちには心配しないよう伝えておいてくれ」
仁は、アローにも戻るよう告げる。その際、ジェレミーとバッカルスには心配しないように、との伝言も忘れない。
「わかりました、製作主様」
「よし、全速力で帰るぞ」
高度を取る飛行船。走り出す『シグナス』。
「力場発生器も使おう」
幸いと言うべきか、ロドリゴが気絶している今なら最高速を出せる。
風避け結界も併用し、安全限界を超えた時速200キロを出す。これにより、遭難現場からポトロック市までの距離60キロを20分弱で飛翔した。
陸地が見えてからは時速30キロほどに落とし、そのまま迎賓館の中庭に着陸する。
わらわらと集まってくる衛兵、事務員、侍女たち。
その中にラインハルトとエルザの姿もあった。時刻からいって、もう公用は終わったのだろう。
「エルザ!」
着陸すると即、仁はエルザを呼んだ。
「ジン兄……遭難した人って……マルシアさん!?」
「ああ。詳しい話はあとだ。すぐ診てやって欲しい」
「ん。『診察』」
まずはその場で診察する。
「……動脈は傷付いていない。けど、脈拍が少ない。体温も低め。出血多量と軽度の低体温症、それに高カリウム血症のなりかけと判断する」
高カリウム血症の原因は幾つかあるが、今回の場合、低体温症の影響及び、細胞内に存在するカリウムが、大きな怪我により血液中に浸出したことによると思われる。
症状は不整脈や筋力低下など。
「急いで手当をしないといけない」
「わかった。……君、手当のための部屋を貸してくれたまえ」
ラインハルトがその場に居合わせた係官に要請をした。それはすぐに聞き入れられ、マルシアとロドリゴは館内に運び込まれた。
「まず、身体を温めること」
そう一言言ったエルザは、マルシアの身体に手をかざし、独自の治癒魔法を使った。
「『加温』」
エルザは、これによってマルシアの身体を全体的に温めていった。
エルザは、出血で失った水分を補給させるため、非常用として用意してあった蓬莱島謹製の『ペルシカジュース』をマルシアに飲ませるべく、吸い飲みを用意していった。
適当なものが無かったので、銀の塊を用意してもらい、『変形』で吸い飲みを形作る。それに温めたペルシカジュースを入れ、マルシアに少しずつ飲ませる。
水分・栄養補給と同時に、身体の中から温めるわけだ。
こうした処置のあと、エルザは治癒魔法を施す。
「『完治』」
内科系最高度治癒魔法。これにより、低温で弱った内臓の働きを元に戻すわけだ。さすがに失った血液がいきなり戻ることはないのだが、それでもマルシアの血色は目に見えて改善した。
「『診察』」
低体温症の治療の後、右腿の裂傷の詳細な診察を行う。
「……大丈夫。さっきも言ったとおり、大きな血管や神経は傷付いていない。ジン兄の応急手当も適切だった」
「そりゃよかった」
応急処置をした仁もほっとする。
エルザは、傷口を確認した後、治癒魔法を施した。
「『快復』」
外科系の中級魔法だ。なぜ中級を使ったかというと、傷が大きすぎるため、一気に治した場合、癒着箇所のズレにより傷跡が残ったり、痛みが長引いたりすることがあるのだ。
それでエルザは、傷の治り具合を確認しながら治癒を繰り返しているのである。このあたり、女性であるマルシアへの細やかな心配りといっていいだろう。
「『快復』……これで、大丈夫」
傷跡も残らず、きれいに治癒した。
傷の痛みから解放されたためか、まだ意識は戻らないものの、マルシアの寝顔は穏やかなものになっていた。
一方、飛び込みで気絶したロドリゴ。
「『診察』……!?」
診察してみて、エルザは驚いた。
「……腰椎の亜脱臼、肋骨のヒビ……」
「え!?」
思ったより重傷だった。
「水面に叩き付けられた衝撃によるものと思われる。気絶は脳震盪。……脳に異常は無いようだから、じきに気が付くと思う。『全快』」
「……ほっとしたよ」
怪我人が増えてしまい、気が気でなかった、と仁はいまさらながら溜め息をついた。
「ジン兄、ご苦労様」
「ああ、エルザも、お疲れさん」
そこへラインハルトがやって来た。
「やあ、治療も済んだようだな。今、侯爵に報告してきたところだ。侯爵も快く、この部屋を病室に使ってくれと言ってくれたよ」
「それは助かるな」
そうこうしているうちに、ロドリゴが気絶から覚めたようだ。
「う……マル……シア……」
真っ先に娘の心配をするあたり、父親の鑑である。
「ロドリゴさん、無茶しますね。腰を傷め、肋骨にもヒビが入っていたようですよ?」
わざとしかめっ面をした仁がそう言うと、ベッドから起き上がったロドリゴは恐縮したように頭を掻いた。
「いや、面目ない。娘の姿を見て、かーっとなってしまって。……それで、娘は?」
「無事です。治療も済んで、お隣に寝てますよ」
「えっ!」
仁たちと反対方向を向けば、そこには愛娘の姿が。
「マ……」
大声を出す寸前、はっと気が付いて言葉を飲み込むロドリゴ。
(……ルシア……)
そしてベッドから降り立つとその寝顔をじっと見つめる。
その目には大粒の涙が光っていた。
「もうじき目覚めると、思います。それまでそっと、見守っていて上げて下さい」
エルザはそう告げて、仁とラインハルトの背中を押し、部屋から出て行ったのである。
「マルシア……」
1人残ったロドリゴは、夢にまで見た娘の寝顔を見つめ、静かに涙を流すのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20150128 修正
(旧)「……動脈は傷付いていない。けど、脈拍が少ない。体温も低め。出血多量と低体温症、それに高カリウム血症のなりかけと判断する」
高カリウム血症の原因は幾つかあるが、今回の場合、細胞内に存在するカリウムが、大きな怪我により血液中に浸出したことによると思われる。
(新)「……動脈は傷付いていない。けど、脈拍が少ない。体温も低め。出血多量と軽度の低体温症、それに高カリウム血症のなりかけと判断する」
高カリウム血症の原因は幾つかあるが、今回の場合、低体温症の影響及び、細胞内に存在するカリウムが、大きな怪我により血液中に浸出したことによると思われる。
診断内容を少し補足しました。
(旧)「まず、身体を温めること。その際、胴体ではなく、手足から温める必要がある」
「わかった」
エルザの指示に従い、工学魔法『加熱』でお湯を作っていく仁。
体幹部の急激な加温は、冷えた手足から冷たい血液が心臓に流れ込み、心室細動を起こす可能性があるから、まず手足からゆっくりと温めていく必要があるのだ。
これはサリィからの教え。
サリィは積み重ねた経験から、適切な処置方法を見つけ出していたのである。
(新)「まず、身体を温めること」
そう一言言ったエルザは、マルシアの身体に手をかざし、独自の治癒魔法を使った。
「『加温』」
エルザは、これによってマルシアの身体を全体的に温めていった。
低体温症の処置は難しいです。一部間違った内容を載せるよりはと、魔法による治療に変えます。
20160421 修正
(旧)時速500キロというその速度は、遭難現場からポトロック市までの距離60キロを7分と少しで踏破した。
(新)安全限界を超えた時速200キロを出す。これにより、遭難現場からポトロック市までの距離60キロを20分弱で飛翔した。
21-07で最高速度を500→150にしてましたので。




