20-11 模型と実験
会議室に移動するなり、仁はクリストフに、とある要求をした。
「クリストフさん、魔導樹脂はありますか?」
「ん? ……ゴーレムの保守用に確保してあるが」
魔導樹脂は、一般的なゴーレムの中身である。魔力によって変形させやすい樹脂の総称だ。要は魔力を帯びた松ヤニと思えばいい。
「それを少し分けてもらいたいのですが」
「ふむ、ジン殿には何か考えがあるようだな。……おい、誰か」
部屋の外にいた兵士に命じるクリストフ。数分で、その兵士は両腕に抱えるくらいの魔導樹脂を運んできた。
「ご苦労。……ジン殿、これでよろしいか?」
「はい、ありがとうございます」
会議テーブルの上に乗せられた魔導樹脂を前に、仁は何ごとか考える。それを眺める一同は、仁が何をするつもりか、興味津々。
やがて仁は考えを纏めたらしく、徐に工学魔法を使った。
「『分離』『変形』」
一瞬、工学魔法特有の淡い発光が起きたかと思うと、魔導樹脂の固まりは、ちぎれ、形を変えていた。……そう、『船』に。
「おお……!」
「これは……」
「す、すごい」
仁の早業に驚嘆する面々。驚いていないのはラインハルトとエルザだけだ。
「えーと、おおよそ100分の1の模型を作ってみました。これを基に、いろいろ議論をしていったらどうかと思います」
約40センチの模型。型式は単胴船、ごく普通の形である。
「うん、船底は平らじゃない方がいいと思う。なぜなら、波のある場合には、持ち上げられてから水面に叩き付けられるような場合があるが、その時に平底だともろに力が掛かって壊れるのではないかと思うから」
仁の加工精度と変形速度に驚いて、誰も発言しないのでラインハルトが口火を切った。
以前仁が、セルロア王国南部の商人、エカルトに助言した内容である。それはここでも有効だ。
「船の先端部分は波がぶつかるから、少し高くしておいた方がいいと、思う」
エルザも助言する。さすがに、ポトロックでゴーレムボートレースに出ただけのことはある。
「よし、こうかな? 『変形』」
意見に従い、仁が模型の細部を変更していく。
その頃になると、驚いていた他の面々も我に返り、このやり方の面白さに目覚めたようだ。
「もう少し、船首は細くした方がいいのではないでしょうか?」
「長さと幅の関係はこのくらいでしょうかね……」
「側面は平らではなく、湾曲させると波が甲板を洗わなくなると思います」
モックアップ、と呼ばれる『模型』を使うのは現代日本での製品開発には常識になっている手法だが、こちらの者たちには新鮮だったようだ。
30分ほどのやりとりで、船体のおおよその形が決まってきた。
「しかし、このやり方は面白いですな」
一息ついたクリストフが感心した様に言う。
「ジン殿がいなければ誰も思いつかなかったでしょう」
「こうした模型、というのですか? 図面より遙かにわかりやすい。惜しむらくは、魔法工学に長けていないとできないと言うことでしょうかな」
諦めたように言うクーバルト。仁は諭すように言う。
「いやいや、時間は掛かっても、木や粘土で作ればいいんですよ」
「確かにそうだ」
ロドリゴは納得したように頷いた。
こうして、仁が模型を作ったことにより、船体形状は急速に煮詰められていった。
大きな容器に水を入れ、浮かべてみることも行い、いろいろな問題点を洗い出し、修正がなされていく。
そしてそれも一段落し、検討は次の段階へと移行する。
「次は風魔法推進器の取り付けだな」
「そうですね、それを決めないと、これ以上船体形状を決めても意味がないでしょう」
「確かにそうだ。では、推進器の検討に移るとするか」
進行役のクリストフの提案に、仁が頷き、他の者たちも同意した。
ここで再び、ゼネロスとクレイアが喧々囂々の口論を始めることになった。
「だから、推進器は両側面に付けた方が安定するのよ!」
「それじゃあ乗り降りの邪魔になるだろう? 船の中心線に取り付けるのがいいんだよ!」
「あら、それじゃあ、40メートルもの長さの風魔法推進器を作るのかしら? それこそ無駄じゃなくて?」
「うぐ……。い、いや、空気取り入れ口は両側面に設ければいいだろう!」
「あらあら、それじゃあ風の通り道が曲がってしまいますわよ?」
「うむむ……」
(あの2人、仲悪いの?)
(いや、きっと似た者同士なんで衝突するんだ)
エルザはラインハルトにこっそり尋ねている。聞く相手が仁でないのは正解かも知れない。
仁はと言えば、少し呆れ顔で2人のやり取りを眺めていた。
「大体ね、そんな低い位置に取り付けたら、風だけでなく水が入って来ちゃうじゃない!」
「推進器の構造と原理から言って、飛沫なら問題ない。ゴミや藻だとまずいけどな」
「……でも、嵐の時とか、推進力が必要なときに故障したら困るわよ?」
「風魔法で砂とか小石とか飛ばせるんだから、水くらい大丈夫だろ?」
「だろうじゃ駄目でしょ! 乗員の命がかかってるのよ!」
放っておくと、またしても延々と議論し続けそうなので、現在の話題に関しては仁が助け船を出すことにした。
「……それも模型……というか、試作機で実験してみればいいよ」
「なるほど!」
「そ、そうですね!」
仁はクリストフに頼んで青銅と魔結晶を手配してもらった。
その材料で、今度は全長50センチほどの風魔法推進器を製作する。
2度目ともなると、仁の製作速度に驚かなくなった……とはいかず、やはりエルザとラインハルト以外は目を丸くしていた。
「さて、こっちは100分の1ではないです。熱気球くらいなら十分動かせる風魔法推進器です。これに水が入って、ちゃんと動くかどうかを実験すればいいわけですね」
今回、最も早く我に返ったのはクリストフであった。
「う、うむ。すぐそこがワス湖だ。汎用ゴーレムにでも実験させよう」
ということで、一同、ぞろぞろとワス湖畔に出て行くこととなった。
実験を行うのは、ショウロ皇国式の汎用ゴーレム。一応自律型である。
「では、いくぞ」
クリストフは風魔法推進器を起動する。風が吹き出して、汎用ゴーレムはそれを押さえ込んだ。
「ふむふむ、さすがジン殿が作った風魔法推進器だ、なかなかの力だな」
眺めていたクーバルトが感心した様に言った。
「では、水に浸けてみてください」
仁がそう言うと、
「いいのかね?」
と、躊躇うクリストフ。だが仁は微笑みつつ頷いた。
「よ、よし。水に浸けてみろ」
クリストフは汎用ゴーレムに命じ、風魔法推進器をワス湖の水に浸けた。その途端。
「おおっ!?」
200キロ以上ある汎用ゴーレムが引きずり倒され、そのまま湖に引き込まれて行ったのである。
岸辺の砂利をえぐり取りながら、ゴーレムが水中に没しようとした、その時。
「早く風魔法推進器を水の上に! いや、上を向けさせて下さい!」
「ゴーレム! 持っているものを立てろ!」
仁の指示に、クリストフは慌てて命令を出す。
風魔法推進器を立てたことで、ようやく汎用ゴーレムが引きずられるのが止まった。
200キロを空中へ持ち上げるほどの力はさすがに無い。汎用ゴーレムは、そのまま水を滴らせたまま歩いて戻ってきた。
「ジン殿、これは? 説明してもらえるかな?」
「もちろんです。中に戻りましょう」
そこで全員、もう一度会議室に戻った。当然、風魔法推進器は止めてある。
「さて、今ご覧になった現象ですが」
理由が知りたくてうずうずしている者たちの顔を順に眺めながら、ゆっくりと仁は話し始めた。
因みに、エルザとラインハルトはその理由がわかっている。
「風魔法推進器は、風属性魔法、『強風』の応用です。この『強風』という魔法は、空気分子……」
そこまで言いかけて、仁ははたと説明に詰まったのである。
「えーと、空気というものは、目に見えないほど小さな粒が集まっているのです。……質問もあるかと思いますが、まずはそういうものだと承知して聞いてください」
今にも口を開きそうな面々を辛うじて宥め、仁は説明を続けた。
「その空気の『粒』を動かすのが『強風』です。そして、その効果範囲にあるものは、空気の粒でなくても動くのです」
ほう、というような声が小さく聞こえた。更に仁は続ける。
「それが例えば、砂粒が混じっていたとしても。……砂埃や、火事の煙も『強風』で吹き飛ばせますよね? あれが実例です」
今度は声に出さず、皆頷くだけだった。
「で、水もやはり、水分子……水の小さな粒からできています。ですから、『強風』で動かすことができるのです」
ここで仁は言葉を切って、全員の……エルザとラインハルト以外の……顔を見回した。
「水と空気では、水の方がずっと重いので、ゴーレムが引きずり倒されたのです。ですが、だからといって風魔法推進器を常に水中で使おうというのは感心できません」
「それはなぜに?」
クリストフが代表で口を開いた。仁は即答する。
「水属性魔法『水の急流』よりも効率が悪いからですよ」
いつもお読みいただきありがとうございます。
20141212 12時25分 誤記修正
(誤)魔録によって変形させやすい樹脂の総称
(正)魔力によって変形させやすい樹脂の総称
(誤)おおよそ10分の1の模型を作ってみました
(正)おおよそ100分の1の模型を作ってみました
(誤)さて、こっちは10分の1ではないです
(正)さて、こっちは100分の1ではないです
orz
20141212 21時12分 誤記修正
(誤)今回、最も速く我に返ったのはクリストフであった
(正)今回、最も早く我に返ったのはクリストフであった
20141213 20時16分 表記修正
(旧)「早く風魔法推進器を水の上に!」
「ゴーレム! 持っているものを水上に出せ!」
仁の指示に、クリストフは慌てて命令を出す。
それでようやく、汎用ゴーレムが引きずられるのが止まった。そのまま、水を滴らせたまま歩いて戻ってくる。
(新)「早く風魔法推進器を水の上に! いや、上を向けさせて下さい!」
「ゴーレム! 持っているものを立てろ!」
仁の指示に、クリストフは慌てて命令を出す。
風魔法推進器を立てたことで、ようやく汎用ゴーレムが引きずられるのが止まった。
200キロを空中へ持ち上げるほどの力はさすがに無い。汎用ゴーレムは、そのまま水を滴らせたまま歩いて戻ってきた。
ゴーレムにどんな命令を出し、どんな動作をさせたのかがわかりにくかったので。




