19-22 毒
「ジン、デライト産業相が会いたいと言うてきておるのだが」
午後3時前、リースヒェン王女は仁たちの部屋にやって来るなりそんなことを告げた。
デライト・ドムス・ハンクス産業相。クライン王国の農産物関係を取り仕切る大臣だ。
「ちょうどお茶のじかんだから、いっしょにのもうよ!」
ハンナの言葉に仁も頷く。エルザも異論はないようだ。
「おお、そうか。それでは妾の部屋に来てほしい」
そこで仁たちはリースヒェン王女の居室へと移動した。
そこには既にデライト産業相が待っていた。
「おお、ジン・ニドー卿ですね。私はデライト・ドムス・ハンクス、この国で産業相を務めております」
デライト・ドムス・ハンクスは40代後半、中肉中背の容姿であった。
「ジンです。よろしく」
仁に続き、エルザとハンナも名乗り、丸テーブルの周りに腰を下ろした。
「お茶の用意を」
「はい、できております」
リースヒェン王女の言葉を聞くや、侍女は用意してあったハーブティーを注いで回った。
「わあ、いいにおい」
今回の物は、仁にはオレンジ系の匂いに感じた。
猫舌の仁はすぐには手を付けず、デライト産業相に尋ねる。
デライト産業相はハーブティーを一口飲んで話し始めた。
「乾燥剤の使い方についてお伺いしようと思いまして」
「ああ、なるほど。あれはですね……」
「きゃっ!」
仁の言葉は、ハンナの悲鳴で遮られた。同時にがちゃん、という音まで聞こえ、焦る仁。
「ど、どうした、ハンナ? ……あ、あーあ」
リースヒェン王女と戯れていたハンナは、ハーブティーで乾杯しようとし、勢い余ってカップを割ってしまったのである。
リースヒェン王女のカップはヒビが入り、その中身のほとんどをテーブルの上にこぼしていたが、ハンナのカップは砕けてしまい、ハーブティーがハンナのスカートに大きな染みを作っていた。
「ハンナちゃん、殿下、大丈夫です。……『乾燥』『浄化』」
エルザは飲もうとしていたハーブティーのカップを一旦テーブルに置くと、ハンナのスカートとテーブルにこぼれてしまったハーブティーを『乾燥』の魔法で乾かし、染みにならないよう『浄化』できれいにした。
「やけど、しなかった?」
「うん、だいじょうぶ! ありがとう、エルザおねーちゃん」
「エルザ、すまんのう」
「いえ、どういたしまして」
エルザがそう答えた、その時。
「う、ううっ……」
デライト産業相が突然苦しみ始めた。
「デライト、どうしたのじゃ?」
リースヒェン王女の問いかけに、産業相は口をぱくぱくするのみ。言葉が出せないらしい。
それでも、震える手で口を指差す仕草をして見せた。その意味する所は明らか。
「……毒!?」
「エルザ!」
「はい。……『解毒』『治療措置』」
どういう毒が使われたか不明なため、まずは解毒を行い、次いで毒に冒された身体を回復させる。
この処置により、デライト産業相は命を取り留めた。
「……あ、ありが……とう。たす、かった……」
何とか言葉を発せる程度には回復したデライトは、まずエルザに礼を述べた。
その間に仁は、全員のハーブティーを分析してみる。
「……アルカロイド?」
仁でもそれ以上のことはわからない。化学は専門外だからだ。
「ティア! その侍女を捕まえておけ!」
リースヒェン王女が大声を上げた。
「はい、姫様」
「え? え?」
何が起こったのか分からず、おろおろするだけの侍女をティアは拘束した。
「ジン! 毒はお茶に入っていたのじゃな?」
「そうです!」
リースヒェン王女は、部屋に備え付けのティーキャディー(保存缶)を手に取った。
「……見たことのない入れ物じゃ」
呟いた後、仁に手渡した。
「調べてみてくれぬか?」
仁はさっそく、中の葉に『分析』を掛けた。その結果はというと。
「……同じだ。この缶の中の葉には毒が入っている」
おそらく、毒草の葉を混入させた物と考えられた。
「……そうか。これは一大事じゃな……誰かある!」
リースヒェンは兵士を1人呼び付けると、簡単に状況を説明し、宰相に報告するよう命じた。
その兵士が急いで部屋を出ていくのを見送ったあと、王女は産業相の様子を確認した。
「……デライト、気分はどうじゃ?」
産業相は弱々しい声で答える。
「……まだ、あまり……よくは、ありません、が、しびれは、とれて、きた……ようです」
「そうか、よかった。エルザ、礼を言う」
一方、仁は怒っていた。この毒は自分、エルザ、ハンナ、リースヒェン王女も危険にさらしていたことを改めて認識したからだ。
自分は猫舌のため飲むのが遅れ、ハンナと王女はたまたまこぼしてしまい、エルザはそんなハンナの面倒をみるため。
いずれも、運良く犯人の思惑が外れただけで、全員が飲んでいてもおかしくない状況。
「……許さないぞ」
自分やエルザ、リース、それに何の罪もないハンナまで巻き込もうとした犯人を見つけ出さずにはおかない、と仁は内心で怒りの炎を燃やしていた。
「わ、私は何も知りません! ほ、本当です!!」
ティアに拘束された侍女が泣きながら訴える。
そこへ、アーサー王子、パウエル宰相、それにクライン王国近衛女性騎士隊隊長ジェシカ・ノートン、それに女性騎士2名がやって来た。
「殿下! 毒ですと!?」
「リース! 大丈夫か? それに客人たちは!?」
「殿下! ご無事ですか!?」
3人は、リースヒェン王女、仁、エルザが無事なのを見て胸を撫で下ろしていた。次いで、横たわっているデライト産業相を見て顔を曇らせる。
「……一体、誰が?」
温厚なアーサー王子までもが怒りに顔を歪めていた。
「最初に飲んだのがデライトで、ある意味助かったとも言えますな」
沈痛な顔で宰相が言った。確かに、治癒魔法に秀でたエルザが無事だったため、こうしてデライト産業相も命が助かったと言ってもいい。
「……このティーキャディーに入っている葉の中に毒草が混じっています。後から混入されたか、それとも毒入りと知って持って来たのか」
仁は手にしたティーキャディーを宰相に手渡した。
「……できるだけ急いで調べさせましょう」
「まずは離宮に務める侍女他、使用人は全員取り調べ対象にしよう」
アーサー王子も顔を歪めて言う。ジェシカ・ノートンはその言葉を受け、配下の女性騎士に指示を出す。その女性騎士は頷き、急いで部屋を出ていった。
「しかしいったい誰が……何の目的で……」
「……今回の犠牲者であるデライト産業相でないことはまず間違いないだろうね。リースか、あるいはエルザ嬢か……」
宰相とアーサー王子は犯人を特定しようと状況分析をしていた。
仁は、ティアが押さえ込んでいる侍女に尋ねた。
「あのティーキャディーはいつ持って来たんだい?」
侍女は不安で泣いていたが、仁の質問には何とか答えてくれる。
「……ぐすっ……姫様のお部屋に備え付けの……お茶を使っただけでございますぅ……」
鼻水と涙でぐしゃぐしゃの顔をしながら。
「あ……あの……わだじ……死刑になるんでじょうが……」
王族、閣僚、そして国賓に毒を盛ったとなれば、処罰は免れない。不安で泣きながら、侍女は仁に尋ねた。
仁は怒ってはいるものの、判断を誤るほど愚かではない。
侍女を部屋の隅に連れていくようティアに頼む。そのくらいの指示ならば、王女に確認を取ることなく、ティアは言うことを聞いてくれた。
「あ……あのぉ……」
侍女は更に不安になったのか、がたがた震えだした。
「だ……だずげでぐだざい……!」
仁はいつも持ち歩いている魔結晶をポケットから一つ取り出した。
いざという時は魔力爆弾を初めとした各種魔導具を作り出せるようにとの配慮である。
まず仁は、周囲に『物理障壁』を張った。
物理的な現象を防ぐこの魔法は、長時間維持すると内部の酸素が無くなり窒息する危険性があるが、同時に空気の振動つまり声や音を遮断するという利点もある。
「……じっとしていてくれ。……『知識転写(レベル4)(マイルド)』」
仁は魔結晶に、侍女の記憶を読み込んだのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20141116 12時59分 誤記修正
(誤)長時間維持すると内部の酸素が無くなり窒息するおそれもある危険性があるが、同時に空気の振動つまり声や音も遮断するという利点がある
(正)長時間維持すると内部の酸素が無くなり窒息する危険性があるが、同時に空気の振動つまり声や音を遮断するという利点もある
20141117 08時39分 誤記修正
(誤)「……じっとしていてくれ。……『知識転写(レベル4)(マイルド)』
(正)「……じっとしていてくれ。……『知識転写(レベル4)(マイルド)』」
閉じ括弧 」 が抜けていました。




