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マギクラフト・マイスター  作者: 秋ぎつね
18 更なる進歩篇
603/4268

18-23 釜の蓋

 ショウロ皇国カルツ村では、乾燥剤の生産工場を造るべく、ラインハルトも19日夜から手配を始めた。

 が、明けて20日、思いがけない展開が起きる。


 ショウロ皇国の近衛騎士が使者として勅命を携えて訪れたのである。

「乾燥剤製造が急務となったため、国家事業としてバンに工場を造ることにした。ついては、ラインハルト・ランドルにはこちらへの助力を命ずる」

 耳が早いというか、どこから聞きつけてきたのかと思うほど。

 が、それ以上に理由が気になる。使者に尋ねると、

「クライン王国では長雨の影響で穀物にカビが生えて秋の収穫が激減したという情報が入りまして、これを重要視した陛下におかれてはこの決断をなさったようです」

 とだけ答えた。

「わかりました。俺も一緒に行きます」

 仁がそう言うと、使者の騎士はその旨間違いなく女皇帝陛下にお伝えします、と言って大急ぎで戻っていったのである。

「……」

「さて、こちらはどうするか」

 こちらの方はおおよその計画はもうできあがっているので、ラインハルトや仁がいなくても大丈夫だ。

「それなら私が見ていよう」

 技術顧問としてトアが残ってくれると言ったので有り難くその申し出を受けるラインハルト。

 事務手続きはベルチェやアドバーグがいればなんとかなる。サキとステアリーナも残って手伝うという。

 そこで、仁、エルザ、ラインハルトは急いで仕度を進める。

 少し早めの昼食を済ませ、仁の飛行船で出発である。

「うむ、やはり空はいいなあ」

 久しぶりの空からの眺めにラインハルトは上機嫌だ。

「時間さえあれば僕も作ってみたいよ」

 今はまだ新米領主としての仕事が忙しい、とぼやくラインハルトであった。


 気球用の飛行場はコジュにあるそうで、まずはそこを目指す。

 所用時間はおよそ1時間。トスモ湖を渡ると、遠くに宮城(きゅうじょう)が見えてきた。

「おや? あれは……」

 その宮城(きゅうじょう)の周囲に丸い球体が5つ飛んでいる。

「ああ、話に聞いてはいたが、あれはきっと我が国で開発した熱気球だ」

 仁が贈った物を参考に、ショウロ皇国の魔法技術者(マギエンジニア)たちが作り上げたのだという。

 気嚢にはショウロ皇国の国旗と同じ紋章、『3本の麦』が描かれていた。

「あれならどこの国のものかすぐわかるな」

「そうさ。ジンも、自分の紋章を決めた方がいいぞ」

 名誉士爵ならおかしいことはない、とラインハルトに言われた仁は少し考えてみる。

「……それならやっぱり『丸に二つ引き』だな」

「え?」

「俺がいた国の家紋の一つさ。黒い丸の中に横棒を2本入れる。それを『丸に二つ引き』っていうんだ」


 別名『釜の蓋』とも呼ばれ、『丸に一つ引き』と共によく知られる(『丸に一つ引き』は『鍋の蓋』)。

『丸に二つ引き』は足利氏、『丸に一つ引き』は新田氏。南北朝期を書いた歴史文学『太平記』で特に有名である。

 二堂、という姓の『二』を生かした家紋だ、と仁を育てた院長先生が話していたことを思い出す仁であった。


「ほう、それは単純だが、それだけにわかりやすく一目でわかるな」

「うん、そう思う。抽象的だから、かえって目立つかも」

 エルザも頷いた。

 そこで仁は、この後、女皇帝に会ったらそのことを話してみよう、と思ったのである。


 気球に乗った兵士達は仁の顔を見知っているらしく、敬礼をした。その顔には保護眼鏡。

 上空での風除けや埃避けということで装備しているようだ。

 5機の熱気球に歓迎され、仁の飛行船はコジュの広場……技術博覧会の行われた場所に着陸したのである。

 そこには、気球を係留する専用の『ボラード(係船柱)』も新たに設けられていた。

「ようこそ、魔法工学師マギクラフト・マイスター、ジン・ニドー卿」

 出迎えたのは大きな鷲鼻のショウロ皇国魔法技術相、デガウズ・フルト・フォン・マニシュラス。

「どうかね、この熱気球は? 我が国の技術の粋を集めて作ったのだよ」

 挨拶もそこそこに、デガウズは仁に感想を聞いてきた。

「ええ、いい出来だと思います。これなら空の便として期待できますね」

「おお、卿にそう言ってもらえると嬉しい。……聞いてはいると思うが、『乾燥剤』の製造工場をここコジュ近くに立ち上げるという命を受けている」

「承知しております」

「では、こちらに宿舎が用意してある。そこで共に働く関係者を紹介しよう」


 用意された宿舎に入った仁とエルザ、それにラインハルトの3名は、工場関係者ということで、魔法技術省事務次官クリストフ・バルデ・フォン・タルナート他技術者3名と引き合わされた。

 クリストフ以外はまだかなりの若手で、それぞれキリンゲル、ザルツバッハ、バドワイトと名乗った。

 仁たちはまず彼等に、用意してきた実験道具を並べ、石灰石から生石灰を作るやり方、そしてできあがった生石灰が吸水性を持つこと、を実証して見せる。

「ふむ、これは興味深い。錬金術系の……いや、『科学』技術ですな」

「そうです」

 クリストフも、仁が贈った『指導者(フューラー)』に知識を学んでいると言った。若手3名も同様である。

「これを工場で作るために、我々は炉の形状と材料を工夫しました」

 ラインハルトが4人に向かって説明していく。その間に仁は皮紙に書いた炉の設計図などを取り出し、広げて見せるなどのサポートをする。

「なるほど、これは、単純に大きくすれば量を生産できるというものでもなさそうですね」

「むしろこの炉を並列に並べるのが望ましいかと」

「できあがった生石灰が湿気を吸わないようにする密閉容器や貯蔵庫も必要ですね」

「ボーキサイトはもちろん、鉱石や石材を掘り出すときはマスクを着用し、粉塵を吸い込まないように注意して下さい」

 このような打ち合わせが行われ、その日は暮れていったのである。


 夜になって、宿舎では上を下への大騒ぎが起きた。

 仁がいることを聞いた女皇帝が、政務を終えて飛んで来たのである。

「ジン・ニドー卿、ご協力感謝するわ」

「はい、いいえ、私が魔法工学師マギクラフト・マイスターの称号を受けているクライン王国でカビの害が発生しているとのこと。協力するのにやぶさかではありません」

 護衛の騎士やコジュの市長も同席しているので砕けた口調で話せない仁。

「ええ、そういうことです。クライン王国への援助にもなるでしょうし、我が国にも起きうる可能性のある事態です。これは国を挙げて進める価値のある計画と判断しました」

 実に決断力に富む首脳陣である。仁は感心した。仁のいた日本では、一つのことを決めるのにどれくらい時間をかけただろうか……。それが一概に悪いとは言えないが、仁にはショウロ皇国の方が好ましかった。

 もう一度、女皇帝の前で生石灰を作り出す実験を行って見せ、本日の業務は終わり。

 この機会にと、仁は自分の紋章として『丸に二つ引き』を女皇帝に申告してみた。

「私はいいと思います。どこの国にもそういう紋章はないでしょう。簡略の極みとも言えますね。ある意味、魔法工学師マギクラフト・マイスターに相応しいと思いますよ」

 女皇帝もその意匠を褒めてくれた。そして、ジン・ニドー卿の紋章として正式に登録する、と言ってくれたのである。


「それはそうとして、卿には見せたいものがあるのです。先日の褒賞金も渡したいし、こちらの作業が一段落ついたらロイザートへ来てもらえるかしら?」

 最後に女皇帝からの打診があった。見せたい物が何か、ということについては内緒とのこと。

「国家機密に属することなのです」

 という、ちょっと危なそうな言葉まで飛び出してきたほどである。

 仁は明後日か明明後日しあさってにはお伺いできるでしょう、と返答しておいた。

 元々乾燥剤工場の立ち上げはラインハルトへの命であったから、その辺は自由が利くのである。

「ジン、陛下のお言葉だ、こっちは僕1人でも大丈夫だぞ」

 ラインハルトも気を利かせてそう言ってくれるが、仁も中途半端は嫌なので、試作炉ができあがるまでは付き合うと返答したのである。


*   *   *


 そして試作炉が完成し、生石灰が生産できることを確認できたのが翌々日。

 仁は女皇帝に言ったとおり、3日後の10月23日、朝食を済ませるとすぐにロイザートへと向かうことにした。

「ジン、いろいろありがとう。エルザ、また会おう」

「ああ、ラインハルト、後のことはよろしく頼む。しっかりな」

「ライ兄、しっかり、ね」

 直線距離で20キロもないが、仁は飛行船で向かうことにする。

 気嚢には暇を見つけて描いた『丸に二つ引き』の紋が黒々と。

 仁たちは首都ロイザート目指し、短い空の旅を行くのであった。

 いつもお読みいただきありがとうございます。


 20141015 15時51分 表記修正

(旧)仁は女皇帝に言ったとおり、3日後の10月23日、仁は朝食を済ませるとすぐにロイザートへと向かうことにした

(新)仁は女皇帝に言ったとおり、3日後の10月23日、朝食を済ませるとすぐにロイザートへと向かうことにした

 1つの文の中に「仁は」が2度出ていたので修正しました。


 20151024 修正

 ラインハルトが仁を呼ぶとき、「仁」になっていたのを「ジン」に(2箇所)。


 20160517 修正

(旧)気嚢にはショウロ皇国の国旗と同じ紋章、『交差した3本の剣(ドライシュヴェルト)』が描かれていた。

(新)気嚢にはショウロ皇国の国旗と同じ紋章、『3本の麦』が描かれていた。

交差した3本の剣(ドライシュヴェルト)』は帝室の紋とします。

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[一言] >実に決断力に富む首脳陣である。仁は感心した。仁のいた日本では、一つのことを決めるのにどれくらい時間をかけただろうか……。それが一概に悪いとは言えないが、仁にはショウロ皇国の方が好ましかった…
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