99-113 湖上のメルツェ
メルDは『テクノ49』『テクノ50』と共に『サヤマ湖』北岸にある自動車工場の見学を行った。
そしてその際『テクノ50』により、1つ有益なことがわかったのである。
(この工場内で貨物自動車に細工をするのは無理でしょうね……)
……ということである。
つまり、賊の犯行方法に対する仮説の1つ、『自動車にマーカーを仕込む』ことはまず不可能とわかったのである。
工場のセキュリティとラインの構成から『テクノ50』が出した結論であった。
(もっとも、出荷後に取り付けた可能性はなくならないわけですけど)
その場合、襲撃後にマーカーを取り外す必要があるわけだが、『テクノ49』と『テクノ50』の調査では、取り外した痕跡は見つかっていないのである。
(つまり、マーカーの可能性は除外して調査を進めていくことになるわけですね)
メルツェは頭を切り替えることにしたのだった。
* * *
『サヤマ湖』南岸へ戻る渡し船を待つメルD、それを蓬莱島で操縦しているメルツェは考え込んでいた。
帰路は、『テクノ49』と『テクノ50』は徒歩(というか走って)で『サヤマ湖』を回り込んで対岸へ向かっている。
「次に検討すべき可能性は、『転移魔法陣』をどうやって街道に設置したか、そしてどうやって消去したか、でしょうか」
メルツェは考えを口にし、老君がそれを評価する。
『そのアプローチはよいと思います』
「ありがとうございます、老君さん」
メルツェはお礼を言って、また考え込む。
「設置されていたのは大半が荒れ地であり、岩と砂の土地ですよね……」
そこまで考えて、メルツェは魔法陣技術には詳しくないことに思い至る。
「老君さん、魔法陣技術について、少し教えていただいていいですか?」
『もちろんです。何をお知りになりたいですか?』
「まず、『魔法陣』を描くためのベースは、何でもいいのでしょうか?」
『いいえ、必要な条件があります。まず、魔力の伝導性が低いこと。これは、魔法陣は魔力の伝導性があるインクもしくは塗料で描く必要があるため、絶縁性が要求されるのです』
プリント基板の基材がフェノール樹脂やガラスエポキシなど、絶縁性の高い素材で作られるのと同じである。
「では、地面に直接魔法陣を描けるものでしょうか?」
『魔力絶縁性の高い地面であれば、一応は可能です。砂の上であっても、そっと魔法陣を描ききることができるなら……ですが、現実的には風も吹きますし、術者も砂の上を移動する必要がありますので、実用的ではないですね』
「地面から浮いた状態……『レルヒ』みたいな航空機に乗って、地上30センチくらいから描くことはできますか?」
『それでしたら可能でしょう』
「なるほど……」
『どうやって魔法陣を描いたのか』という直接的な質問はしないメルツェ。
それを自分で調べることが糧になる、と自覚しているのだ。
「でも、地面に描くための塗料って……何でしょう? ……痕跡を見つけた、ということは、それが残っていたということですよね?」
『そのとおりです。描画に使われたのは『砂鉄』です』
ただの砂鉄ではなく、魔力を帯びたもの、ということである。
鉄やニッケルが強力な磁石の影響で磁力を帯びるように、『自由魔力素』濃度の高い環境にある物質は、大なり小なり魔力を帯びる。
より正確には、原子核の中性子が魔力子に置き換わって『魔力同位元素』化するのだ。
もちろん、『魔力同位元素』化するといってもほんの僅かである。
蓬莱島で仁たちが作り出す『魔力同位元素』には遠く及ばない。
それでも、魔法陣を描くことくらいはできるのだ。
また、重いために微風では飛ばされないという利点もある。
そして、『テクノ49』『テクノ50』らが魔法陣の痕跡を見つけられたのも、この『魔力同位元素』化した砂鉄が残っていたからであった。
「砂鉄なら大抵の砂地にありますからね……普通では見分けられないでしょう」
『そのとおりです』
こうしてメルツェは、また1つ手掛かりを理解したのである。
* * *
そして『サヤマ湖』では、時刻表に2分遅れて到着した渡し船に、メルDが乗り込んだところ。
メルツェは話に夢中になっていたので、老君が一時的に制御していたのは余談である。
「時間は……2時17分……対岸に戻っても3時前。取材を終えるにはちょっと早いかもしれませんね……」
時計を眺めるメルDを乗せ、渡し船は『サヤマ湖』を渡っていく。
「いいお天気ですね……これが休暇で来ているなら、どんなによかったか」
メルツェは、メルDの視界を通じ、青い湖面と、そこを行き交う渡し船や遊覧船を眺めていた。
その渡し船が3分の2ほど『サヤマ湖』を横切った時、それは起こった。
「あの船、なにかおかしいぞ」
誰かがそう言い、乗客は皆そちらを向いた。メルDも。
同時に、衝突音が響く。
「漁船が遊覧船にぶつかったぞ!」
「遊覧船が傾いているわ!」
そんな声のとおりのことが湖上で起こっていた。
渡し船との距離は100メートルほど。
「お客様、湖に投げ出された方を可能な限り収容しに向かいます。到着時刻が遅れますが、ご了承ください」
船の操縦士がそう断りを入れ、舵を切った。
2重事故にならないよう、速度は控えめにして接近していく。
他にも、何隻かの船が救助のために近付いていく。
そのおかげで、浮いていた遊覧船の乗客の大半は救助された。
だが。
「ああ、遊覧船が沈んでいく……!」
「まだ乗客がいるはずなのに……!」
渡し船に救助した人たちが口々にそう言った。
だが、遊覧船に比べたら遥かに小さい渡し船には、どうすることもできない。
「いったいどうしたら……」
そんな時、メルDの視覚センサーに飛行物体が映る。
「あれは……『ハリケーン改』! ジン様だわ」
* * *
蓬莱島では、ほっとした声のメルツェに、老君が説明していた。
『はい、首長アタル・ムトゥ殿の要請により、御主人様が救助に乗り出しました』
「なら、もう安心ですね」
『ええ。『覗き見望遠鏡』で確認しても、溺れた人はいません。皆、船内の部屋に避難しており、もうしばらくは浸水もしないでしょう』
その説明に安堵したメルツェはメルDの視界越しに、活躍する『ハリケーン改』と礼子の姿を見たのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月8日(日)12:00の予定です。
20260306 修正
(誤)プリント基板の基材がフェーノール樹脂やガラスエポキシなど、
(正)プリント基板の基材がフェノール樹脂やガラスエポキシなど、




