99-106 服飾工房と製図台、そして迎賓館
陶器工房見学の後は、エルザのリクエストで服飾関係の工房を見学した。
「こちらでは紳士服、向こうでは婦人服のデザインを行っています」
「へえ……」
仁が目を見張ったのは、現代日本では廃れてしまった『ドラフター』が使われていたことだ。
『ドラフター』とは、『製図板』に取り付けられたアームで平行線や角度線を正確に引けるようにした手描き用製図機械である。
今はそのほとんどが『CAD』(Computer Aided Design)に取って代わられている(一部ではまだまだ現役)。
が、ここミツホでは主要な製図用具として普及していた。
「T定規じゃないんだな」
T定規とは、文字どおり『T』の字型をした定規で、文字の横棒と縦棒に当たる部分が直角になるように調整されている。
そして横棒に当たる部分を製図板の縁に沿わせることで、縦棒を使って平行線を引けるわけだ(使う際は横棒が縦になるような使い方をする)。
そしてこの縦棒(実際は横になっている)に三角定規を当てて使えば、垂直線や30度、45度、60度の線も引けることになる。
が、ここにある『ドラフター』は、『平行四辺形』の『リンク機構』を応用したアームで『L』型になった定規を支えている。
これなら水平線と垂直線が苦労せずに引けるわけだ。
機械製図には重宝する器具である。
「服飾のデザインにも使えるんだなあ」
とは、仁の感想である。
服飾のデザインでも、前と後のサイズを揃えるとか、袖の長さをきちんと考えるとか、あるいはプレゼン用に清書する際には重宝する。
何より、製図板の傾斜を変えられるので描きやすい。
「ちょっと古風な、デザイン」
「これはフォーマルなスーツでしょうな」
「こちらは、斬新」
「若い人向けですね」
などなど、エルザもデザイン現場を楽しんだようであるし、デザインが苦手な仁に至っては、
(なるほどなあ……)
というより他にないほど感心させられたようである。
* * *
デザイン現場のあとは縫製工房。
ここでは布を型紙に合わせて切り取り、縫っていく。
工学魔法を使わないため、針と糸で一針一針しっかりと縫い合わせていた。
(本返し縫い……だっけ、やっぱり大変だなあ)
仁も施設時代に、小さな子たちに人形を作ってやったことがあるため、本返し縫い、半返し縫い、並縫い、まつり縫いくらいはできる(あとはボタン付けくらい)。
なのでお針子さんたちが行っている作業の手際のよさには見惚れるしかなかった。
高級品は仮縫いのあと『トルソー』と呼ばれる胴型に着せて微調整をしつつ本縫い。
そうした工程を目にして、エルザもまた楽しんでいるようだった。
* * *
そんなこんなで時間が経ち、昼食時間となる。
アタル・ムトゥは仁たちを『迎賓館』に案内した。
そしてすぐに食堂へ。
「先代の『魔法工学師』にも気に入っていただけたと伝わっております」
という言葉に、
(ああ、確か、初めて来た時に大歓迎されたっけ……)
昔を思い出した仁であった。
その献立は『山菜釜飯』もしくは『お粥』と、『梅干し』『お新香』。
(懐かしいな……あの時はハンナとサキが一緒だったっけ)
そして、当時の首長であるヒロ・ムトゥとその娘であるミイ・ムトゥのことも思い出す。
(ミイはエルザやサキに懐いていたっけなあ……)
またしても懐かしい記憶が蘇ってくる。
(あの頃は、まだまだアルスには未知の土地が多かったなあ)
今では、かなりの土地が調査済みである。
(冒険や探検のわくわく感は減ってしまったよなあ……)
その点だけはちょっと残念に思う仁であった。
* * *
食事の後は、お茶を飲んでゆったりと寛ぐ。
今日の宿泊場所はここ、迎賓館になるので、荷物もここに置いておくことになる。
「やっぱり、こう、なった」
「……だなあ……」
『魔法工学師』がミツホに来れば、こうして歓迎されることはわかっていたはずだった。
別に、歓迎されるのが嫌なわけではなく、単に恐縮してしまうから……である。
「今日は、あとどうする? のんびりするか?」
「ん、それもいいと思う」
ここは『賢者』の足跡が色濃く残る土地だ。
迎賓館の庭は和風庭園っぽく整備されており、仁としては寛げる環境である。
「じゃあ、午後はのんびりするか……」
そういうことにした仁たちである。
* * *
「そうですか、それではそういうことで、係の者に指示をしておきます。お部屋は静かな所を用意させましょう」
アタル・ムトゥに、午後はのんびりする旨を告げると、気を利かせて静かな『離れ』を用意してくれたのである。
* * *
そして、和室で寛ぐ仁たち……なのであるが、
「……暇だ」
「ん……」
1時間もしないうちに、退屈し始める仁とエルザであった。
「ジン兄、散歩に行く?」
「そうだなあ……」
ゴロゴロしているのは性に合わない仁とエルザは、庭園を見て回ることを思いつく。
「お父さま、お供いたします」
「うん、頼む。ホープも来てくれ」
「はい、お供します」
仁、エルザ、礼子、ホープで庭園を見て歩く。
ここは『池泉回遊式庭園』(もどき)なので、中央の池をぐるりと回れるよう遊歩道が付けられている。
「前よりかなり整備されているかな?」
「ん、400年も経ったんだから」
植えられている樹木も、400年のうちに枯死して代替わりしたものが多いようだ。
兎にも角にも、庭園を巡る散歩は、いい暇つぶしになったようである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月20日(金)12:00の予定です。




