99-89 福利厚生の一環
8月23日。
ゴウとルビーナは、前日メルツェから聞いた使い方に特化した『レルヒ』のカスタマイズに取り組み始めた。
すなわち『静音性』である。
『遮音系』の結界を使えば、どんな航空機でも静音性を獲得できるが、いいことばかりではない。
『遮音』の原理は、対象物の周囲の大気に真空層を作るものである。
音は空気(あるいは媒質)を伝わるものであるがゆえに、それがない真空中では伝播しない。
この原理と航空機のエンジンとは相性が悪いのである。
例えば、大抵の航空機の推進方法は、空気をプロペラや燃焼室から噴き出し、その反動を利用するものである。
が、真空層があっては、その効率が極端に落ちる。
あるいは、噴射された空気の勢いが真空層を貫いてしまうと遮音の意味をなさなくなる。
仁が作り上げた『力場発生器』であれば全く問題はないのだが……。
が、ゴウとルビーナは『密閉型推進機関』を利用した『板状浮揚機』を開発した。
これはエンジン内部で完結する推進機関であり、外部に噴出する空気は存在しない。
しかも、『火属性爆発系』ではなく『風属性魔法系』のため、動作音がしない。
つまり、元々静音性に優れた機関なのである。
残るは付属機器の動作音であるが、これこそ『遮音結界』で消すことができる。
つまり無音での飛行が可能なのだ。
全く音を立てないというのは、周囲への危険勧告という意味ではデメリットになるため多少の動作音は許容されているが、必要に応じて遮音結界でそれを打ち消せるようにしようというのだ。
「音がするのはどこかしら?」
「まずは空調だろうね」
「それからやっぱりコクピットね」
乗員の会話も、静音性の邪魔になるだろうとルビーナは言った。
「確かにそうだ。調査をする際に声を殺して会話する、ということは時々あるけど、それが必要ないというのは便利だと思うよ」
「でしょ」
こうした話し合いを通じて、細部の仕様も決まっていく。
午前中には仕様はすべて決まり、製作も開始することができたのである。
* * *
一方、メルツェは『分身人形』を使ってセルロア王国へと調査に向かった。
仁は老君と相談の上、デウス・エクス・マキナ3世に、密かにバックアップさせることにした。
とはいえ今のところ聞き込みなので、『覗き見望遠鏡』による見守りで十分であるが。
* * *
さて、昼休み、仁とエルザは自室で昼食を摂っていた。
蓬莱島から転送機で送られてきたので出来立てである。
「こっちも大分落ち着いてきたから、ここらで休暇を取らないか?」
食後のお茶を飲みながら、仁はエルザに提案した。
「ん……いいと思う」
「ここのところ、基本的に『アヴァロン』に居続け、『病院』やら『MCR』やら『魔導高分子合成機』やら、いろいろやったからなあ……」
「随分と、貢献したと思う」
「うん。だから、1週間くらい休みを取ってもいいかなって」
「私は、賛成」
『アヴァロン』は決してブラック企業ではない。
ないのだが、マンパワー(人的資源)が足りないため、どうしても特定の個人への負担が増えてしまったのだ。
だがそれも、仁をはじめとした人々の尽力により、少しずつ解消してきている。
特に『元憂世団』のメンバーが職員として採用されたため、事務職の負担が大幅に減っている。
『病院』関係も、若手の『医師』が育っており、徐々にではあるが楽になってきていた。
それは『アカデミー』も同じである。
「ここらで、『福利厚生』を充実させたいと、トマックスも言ってるんだよな」
「彼は真っ先に報われるべき」
「だよなあ……まあとにかく、上の者が休まないと、下で働く者たちも休みづらい、というのはあると思う」
「ん、わかる。……だったら、自分が真っ先に休みを取るべき、なのだけど……」
「取れないんだろうなあ」
「そこは、同情する」
そして、彼の体調管理は『アヴァロン病院』に掛かっている、というエルザであった。
「……話がそれたな」
「ん」
今は、自分たちの休暇の話である。
仁たちは正式な職員ではないので、『アヴァロン』の休暇制度は適用されないが、一応準職員としての意識を持っている仁たちなのだ。
「まあ、キリのいいところで8月いっぱいかな?」
「ん、それくらいかも」
今日は8月23日。
24日から29日まで(8月は29日まで)の6日間を休暇とするなら、周囲にそう迷惑は掛けないであろう。
そして、今回は正式に『休暇』とするので、堂々と各国を訪れることができるわけだ。
これが『分身人形』を『アヴァロン』に置いて、となると、大っぴらに旅行をすることはできなくなる。
「何かあっても、大抵のことなら今の『アヴァロン』でなんとかできるだろう」
「ん、そうでなくては、困る」
仁たちとて、いつまでも面倒を見るつもりはない。
そもそも、仁もエルザも(他大半の『仁ファミリー』メンバーも)基本的に年を取らない、というか外見が変わらないため、数年ならいいが、10年以上経つと違和感が出てくるだろう。
少々なら化粧などで誤魔化せるが、いずれはそれも無理なレベルになる。
そうなる前に『アヴァロン』の指導を終わらせたいというわけだ。
「また話が、それた」
「だな」
今は目の前のこと……明日からの旅行についてである。
「この後、休暇届を出してくるよ」
「ん、私も、病院に伝えてくる」
「で、行き先はどうしようか」
「うーん……」
エルザとしては、特に行きたい場所はない。
それは仁も同じである。
「なら、ロイザートの屋敷とカイナ村の二堂城へは行くとして、あとはその都度考えるか」
「ん、それでいい」
交通手段は当然『ハリケーン改』である。
特に仕度はいらない。
服も含めて日用品は『ハリケーン改』に積んであるし、必要に応じて『蓬莱島』から転送してもらえばいいのだから。
「お土産くらいは用意した方が、いいと思う」
「ああ、そうだな」
エルザの助言に従い、ロイザートとカイナ村、双方への土産を用意することにした仁たちである。
「さて、何がいいか」
「ちょっと、考えてみる」
果たして、彼らは何を持っていくのか……。
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次回更新は1月11日(日)12:00の予定です。




