99-78 ファミリー内での情報交換
リュドミラの誕生会に便乗した懇親会はまだ続いている。
「そうそうマリッカ、ゴウとルビーナがアーノルトの指導のもと、『新型風力式浮揚機』を開発したんだ」
「え、しょれは嬉しい話です」
「だろう?」
そこで仁はアーノルトを呼び、開発の経過をマリッカに話して聞かせた。
「最高速度が時速250キロ以上にもなると、いろいろ問題が出てくるんですね」
「マリッカのオリジナルは安全最高速度で時速200キロくらいだったか?」
「そうでしゅ……す」
初期の『風力式浮揚機』は、現代日本でいうところの『モーターパラグライダー』を発展させたようなものだ。
手軽さと軽快さを主眼として開発したものなので、主翼の強度的に高速は出せなかった。
「それが衰退を招いたのかもしれませんね」
「要は『アヴァロン』のニーズを満たせなかったんだな」
元々は積雪の多い冬季のノルド連邦で気軽に使える『足』というコンセプトだったはず、と仁は思い出した。
余談だが、その後仁が『風力式飛行機』に発展させたもののその呼称はあまり定着せず、マリッカの『風力式浮揚機』の方が使われているのが現状だ。
「もっとも『小型浮揚機』を使った『板状浮揚機』で浮いているわけだから、同じカテゴリに入れていいかは疑問だが」
「いえ、ジンしゃま、大事なのは成果ですから」
人々が便利に使えること、人々の役に立つこと、それが第一だとマリッカは言った。
「そのとおりだな。さすがマリッカだ」
「きょ、恐縮でしゅ……す」
* * *
一方で、エルザたちの会話の話題は『鉛中毒』になっている。
「公国群の『鉛中毒』は、なんとか対処、できてる」
「そのようですね。小群国、ショウロ皇国、ミツホ、ノルド連邦では徹底されているということでしたよ」
「ん、そちらは大丈夫そう」
「公国群には、国民への説明を周知徹底するよう要請しました」
「さすがリシア、仕事が早い」
そこにサキが参加。
「『鉛白』の危険性はそれでいいけど、他の毒物はどうなんだろうね?」
「他の?」
「うん。例えば『ヒ素』」
「ヒ素……どんな危険物質があるの、サキ姉?」
ヒ素が有害であることは広く知られており、許可なく所有すると罪になる。
が、化合物に関してはまだまだ徹底されていないのが現状だ。
「食品にも僅かに含まれてはいるけど、そちらは当面問題ない。問題は、『顔料』だね」
「顔料?」
顔料とは、絵の具やペンキなどの色を出すための微粉末で、水や溶剤に不溶性のものをいう(溶けるものは染料となる)。
「まだ流通量に関しては未調査だけど、黄色の顔料の一部がヒ素化合物であることを確認しているんだ」
「黄色……『雄黄』という、あれ?」
「そう。顔料としては『石黄』で通っているね。これはヒ素の硫化鉱物だから危険だ」
「確かに、そう」
エルザも、そこは盲点だった、と頷いた。
「あとは、同じく流通量に関しては不明だけど、赤い顔料の一部が水銀化合物であることを確認しているんだ」
「水銀?」
「うん。天然の顔料だと、『辰砂』だねえ」
辰砂は、毒性の高い硫化水銀(HgS)が主成分のため、加熱して水銀蒸気を発生させると、水銀中毒を引き起こす危険性がある。
かつて『バーミリオン』と呼ばれた顔料がこれ(現代のバーミリオンは違う)。
「……そうした講義もした方がいいかな、エルザ?」
「ん、サキ姉、それがいいかも」
こうして、サキの次なるカリキュラムが決定した。
* * *
マリッカと話をしていた仁は、次にロロナのところへ。
「あら、ジンさん、何かご用事かしら?」
「ええ、ちょっと相談が」
「何でしょう?」
「『アヴァロン』をはじめとした、主要国での薬草栽培について、です」
医療の充実と並行して、民間薬の普及もいいのではないかと考えていた。
「個別の症状に対応するのは正規の薬品で。普段の健康増進には自前の薬、みたいな感じで」
「ああ、そういうことですのね」
「はい。薬というより健康飲料、といったほうがいいかもしれませんが」
「そうですわね。……何か草案はおあり?」
「はい。エルザとも相談したんですが、『漢方』の『大建中湯』とか『葛根湯』に近いものはどうかなと思っています」
最近発見された『漂流物』の中に漢方についての本もあり、『仁ファミリー』では情報を共有している。
中でもエルザやリシア、サキらは薬効に、グースやロロナはその原料となる植物に関心を寄せていた。
『大建中湯』は血流を改善してお腹を温め、胃腸の働きを整える効果がある。
消化器系の外科手術後に服用することによって、入院日数の短縮効果が認められているという。
特に、腸閉塞の予防に効果があるといわれている。
また、胃腸の働きを整える作用があるので、便秘にも下痢にも効く(といっても専用の薬よりは効き目は優しい)。
『葛根湯』は風邪薬(特に風邪の引きはじめに効く)として知られているが、その効用としては身体を温め発汗を促し、筋肉の緊張を緩めることが挙げられる。
これにより、風邪だけでなく肩こりや鼻水にも効く。
花粉症の人が、ビラスチン(ビラノア)と葛根湯を併用してほぼ症状を抑えられたという例もある(併用する場合は飲みあわせに注意)。
落語にも、『葛根湯医者』というネタがある(どんな病気にも葛根湯を出してしまうヤブ医者の話)が、あながち間違いでもないという意見もあったりするほどだ(とはいえ症状に合った投薬の方がよりよいのは間違いない)。
ただし『葛根湯』には『甘草』が使われているため、長期間の常用は『偽アルドステロン症』(血圧上昇、むくみ、低カリウム血症などの症状)が現れやすくなるという副作用があるので要注意だ(大建中湯には使われていない)。
「『大建中湯』は、確か……山椒、乾姜(乾燥した生姜)、コウイ(水飴のような麦芽糖を含む飴)、ニンジン(いわゆる高麗人参)からできているのよね?」
「はい、そう聞いてます」
「でしたら、『アヴァロン』では薬草栽培をして、一般には『桑の葉茶』『ハトムギ茶』『ゴボウ茶』を紹介したらどうかしら?」
桑の葉茶は食後の血糖上昇をおだやかにする効果が期待できる。
ハトムギ茶は良質なアミノ酸を豊富に含んでおり、美容効果が期待できる。
ゴボウ茶は水溶性食物繊維が多く含まれているので便秘解消にいい。
またノンカフェインであるから飲む時間帯を選ばない。
そんな話を、仁はロロナから教えてもらうのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月7日(日)12:00の予定です。
20251205 修正
(誤)『板状浮揚機』で浮いているわけだかかあら、同じカテゴリに入れていいかは疑問だが」
(正)『板状浮揚機』で浮いているわけだから、同じカテゴリに入れていいかは疑問だが」
(誤)「食品にも僅かに含まれていはいるけど、そちらは当面問題ない。
(正)「食品にも僅かに含まれてはいるけど、そちらは当面問題ない。
(誤)またノンカフェインであるから飲む時間地を選ばない。
(正)またノンカフェインであるから飲む時間帯を選ばない。
20251206 修正
(旧)
「まだ流通量に関しては未調査だけど、赤い顔料の一部が水銀化合物であることを確認しているんだ」
「水銀?」
「うん。天然の顔料だと、『辰砂』だねえ」
辰砂は、毒性の高い硫化水銀(HgS)が主成分のため、加熱して水銀蒸気を発生させると、水銀中毒を引き起こす危険性がある。
かつて『バーミリオン』と呼ばれた顔料がこれ(現代のバーミリオンは違う)。
「あとは黄色の『石黄』だね」
「石黄……あ、『雄黄』という、あれ?」
「そうだよ。これはヒ素の硫化鉱物だから危険だ」
「確かに……」
(新)
「まだ流通量に関しては未調査だけど、黄色の顔料の一部がヒ素化合物であることを確認しているんだ」
「黄色……『雄黄』という、あれ?」
「そう。顔料としては『石黄』で通っているね。これはヒ素の硫化鉱物だから危険だ」
「確かに、そう」
エルザも、そこは盲点だった、と頷いた。
「あとは、同じく流通量に関しては不明だけど、赤い顔料の一部が水銀化合物であることを確認しているんだ」
「水銀?」
「うん。天然の顔料だと、『辰砂』だねえ」
辰砂は、毒性の高い硫化水銀(HgS)が主成分のため、加熱して水銀蒸気を発生させると、水銀中毒を引き起こす危険性がある。
かつて『バーミリオン』と呼ばれた顔料がこれ(現代のバーミリオンは違う)。




