99-68 設計検討
8月18日。
工房に集まったメンバーは……アーノルト、チェル、ゴウ、ルビーナ、エイラ、グローマ、タイナー、イーナの7人と1体(アーノルトも人間体ではないから6人と2体?)。
「さて、予算もきちんと下りているし、いよいよ実機の製作だな。まずは設計検討からだ……」
アーノルトはメンバー全員の顔を見回し、イーナ・コーキを指名する。
「イーナ、君に『設計基』をまとめてもらおう」
「え、あ、はい!」
『設計基』とは、現代日本でいう『設計図』のようなものである。
図面ではなく(解説のために図面も併用することはある)、『魔結晶』に記録した『魔導式』『魔法制御の流れ』『説明文』などからなる。
これを使えば、魔法工学技術者や技術系ゴーレムであれば同じものを量産することができる。
ただし、作成者によって巧拙は生じる。
ゴウやルビーナは作りなれているので、今回アーノルトはイーナ・コウキのスキルアップも兼ねて任せることにしたようだ。
「ではまず、大きさをきちんと決めよう。模型を拡大するだけではなく、強度やコストも考えながらだな」
「はい」
実は、ゴウやルビーナはコストを考慮しながらの設計が少々苦手だったりする。
これは、潤沢な素材が使い放題な環境で育ったからである。
そういう意味でこうした開発の経験は、彼ら2人にとってよい経験になるであろう。
閑話休題。
「単純に拡大するだけでなく、断面形状の考慮もしないとね」
「そうですね」
引っ張りや圧縮に対する強さは、単純に断面積で決まるが、『曲げ』に対しては力の加わる方向と、断面の形に左右される。
例えば……。
辺の長さが縦横『1』の正方形を基準としよう。
上から下に曲げる力が加わった場合、『1』の正方形断面の強度を仮にこれも”1”とすると、縦1、横2の長方形断面の強度は”2”になる。
が、縦2、横1の場合は”4”になるのだ。
つまり力の加わる方向で曲げ強さが違ってくるわけである。
これは一例であるが、よく使われるのが中空パイプやH型鋼である。
強度を保ちつつ軽量化するために必要な設計項目なのだ。
そういった効果も念頭に置き、ゴウたちは機体設計を進めていった。
「左右の主翼をつなぐ桁材は一体のものにして強度を確保しよう」
「特に上下の力に対して、ですね」
「そうなるな」
途中で繋ぐよりも強度が高くなる。
そもそも、部材を繋いだ場合は、一般的にその部分が弱くなる。
それを避けるために頑丈に繋ぐと、重量がかさむことになり、結果として不利になるのだ。
強度を必要とするなら、ボルトやリベットを使用するよりも溶接、ということになる。
始めから一体であればさらによいが、部材の長さにも限度がある。
その点、工学魔法を使えば一体化は容易である。
「歪みに対しては外板を張ればすむので、必要最小限でいいと思うんですが」
例えば、四角い枠は歪むが、そこに『筋交い』(対角線に斜めに入れる部材)を入れることで丈夫になる。
が、同時にその分重くなる。
一方で、枠に外板を張ると、これもまた歪まなくなる。
構造材プラス外板で機体強度を確保する構造を『セミモノコック』という。
この時、あまり外板に頼りすぎると、外板が破損した際の機体強度が激減するので、機種によって加減する必要がある。
「そうだね。構造材だけでギリギリ形を保てる強度より少し丈夫なくらいでいいかな」
ハードな使用をする機体ではないから、という判断からである。
何でもかんでも丈夫にすればいいというものではなく、今回は軽量化とコスト削減を狙ったのである。
「工学魔法による強化は設計に盛り込みますか?」
「いや、やめておこう。ある程度量産するわけだから、ばらつきの原因になる」
「わかりました」
量産前提であるから、個人の技量に頼るような部分はできるだけ減らしたい、ということになる。
「ゴウとルビーナは『板状浮揚機』を作ってくれ。ノーマルでな」
「はい」
「わかりました」
余計なチューニングはせず、設計値どおりの性能が得られるものを用意させるアーノルト。
これもまた、量産の準備として重要なポイントである。
「風防の素材はどうしましょう?」
「それがあったな……」
模型では問題にならなかったポイントである。
風防に使われる透明素材は幾つかあるが、最も安価なものがガラスである。
これに『強靱化』を掛けて割れにくくしたものが、一般に使われている。
工学魔法による強化だが、最低限のレベルのため、個人差による強度のばらつきはあまりない。
次がジルコニア。
セラミック素材ではあるが比較的割れにくく、モース硬度も8から8.5と高い(傷が付きにくい)。融点も2715度Cと高い。
最初期は『ノルド連邦』からの輸出に頼っていた(元は『始祖』のドーム素材)が、今は合成できるようになっている。
それからコランダム。
ルビーやサファイアと同じ成分で無色のもの。
モース硬度が9と高い上、融点も2050度Cと高いのが特徴。
割れた時の飛散防止のために、内側に魔導樹脂を薄くコーティングしたり、合わせガラスとして間に魔導樹脂をサンドイッチしたりする加工も行われている。
「最近、『ポリカーボネート』という合成樹脂が『魔導高分子合成機』で作られるようになった、と聞きましたが、それはどうでしょうか」
これはグローマである。
彼は、そうした最新情報に通じているのだ。
そしてポリカーボネートは透明性、耐衝撃性、耐光性、加工性などに優れる。
しかも軽量(比重1.2。ガラスは約2.5、コランダムは約4)である。
アクリルとともに、航空機の窓に使われている。
欠点は耐溶剤性がやや劣ること(樹脂一般にいえる)と硬度が低い(モース硬度で3から3.5)ことである。
砂埃の主成分は石英質なのでモース硬度は7程度あり、この点では他の素材に劣る。
「最も視界に寄与する正面をコランダムにして、あとはポリカーボネートにする、というのはどうでしょうか」
「うん、グローマの意見は悪くないな」
風防のみならすぐに交換できるため、グローマの案を採用することとなった。
このようにして、この日は1日掛けて詳細な設計検討を行ったのである。
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次回更新は11月11日(火)12:00の予定です。
20251109 修正
(旧)工房に集まったメンバーは・・・7人と1体。
(新)工房に集まったメンバーは・・・7人と1体(アーノルトも人間体ではないから6人と2体?)。
(誤)これに『強靱化』を描けて割れにくくしたものが、一般に使われている。
(正)これに『強靱化』を掛けて割れにくくしたものが、一般に使われている。
(誤)この日は1日描けて詳細な設計検討を行ったのである。
(正)この日は1日掛けて詳細な設計検討を行ったのである。




