99-53 医療タッグ
『スミレ』の修理は、ゴウたちが窓口となって『アヴァロン』が受けた、という形になっている。
ゆえに、修理が終われば速やかに報告しなくてはならない。
今回は仁が立会人となったため、書類の処理は優先してもらえたので、手続きはすぐに済んだ。
「これで、いつでも納品できるぞ」
「はい」
「ジン様、ありがとうございます!」
「いや、なに。……もう1つ、ちょっと気になることがあるんだ」
「何でしょう?」
「依頼者であるアルフェシア・デ・ミマカ様の容態だよ」
「ああ、なんだか調子が悪そうでした」
「うん。……エルザを呼んでいるから、相談してみよう」
「はい」
場所は『アヴァロン1』の小会議室。
仁、礼子、ゴウ、ルビーナ、そして『スミレ』がいるそこへ、エルザがやって来た。
「ジン兄、相談って?」
「うん、それなんだが……」
仁は、ゴウとルビーナが会ったアルフェシア・デ・ミマカに付いて説明。
そして『スミレ』に、
「スミレ、君から見てアルフェシア・デ・ミマカ様はどんな方だ?」
と尋ねたのである。
「はい、とてもいいご主人様です」
「そうか、もう少し具体的には?」
「領民のことを常に気に掛けていらっしゃいました」
「他には?」
「災害時に率先して動かれ、難民の救済を指示していらっしゃいました」
「その時か、スミレがダメージを受けたのは?」
「はい」
土砂に埋もれた家屋を掘り出していた際に、再度土砂崩れが起き、逃げ遅れた人たちを救助していた時のこと。
濁流に流された子供を助けるために流れに飛び込んだ際、子供はなんとか助けたのだが、流れてきた丸太にぶつかり、そのまま流れに飲み込まれたのだった。
「2キロほど下流でなんとか岸に這い上がりましたが、流れていた最中、何度も岩に叩きつけられ、あのような有り様になってしまったのです」
「そうか、苦労したんだな。でも、よくやったぞ」
「ありがとうございます」
「それで」
いよいよ本題に入る仁。
「アルフェシア様が体調を崩されているのには何か理由があるのかな?」
「いえ、理由は存じません」
「そうか。それじゃあ様子について、何か知っていたら教えてくれ。なんとかできるかもしれない」
「わかりました。まずは……」
『スミレ』は語り始めた。
「アルフェシア様の具合が悪くなり始めたのは5年ほど前からです」
「だいぶ前だな」
「最初は軽い頭痛が続きました。それから半年後くらいには脱力感が出始め、たまに嘔吐されることもございました」
「……続けて」
症状を聞いたエルザは、何か思うところがあったようだが、先を促した。
「3年ほど前からは関節痛も出るようになりました。それでもそんなお身体をおして、災害時の救援に奔走されてらしたのです」
それ以降のことは自分にはわかりません、と『スミレ』は結んだ。
「……それじゃあ、こちらから質問。……アルフェシア様の症状に、腹痛はなかった?」
「私の知る限りでは、4回ほど」
「うん。……腎臓障害と思われる症状は?」
「それは……存じません」
「あともう1つ。アルフェシア様は、お化粧をなさる?」
「はい。13歳の頃からお化粧を始められました」
「おしろいは?」
「公王妃となられた頃には、もう毎日」
「その成分はわかる?」
「いえ、申し訳ないことですが存じません」
「そう、残念」
この一連のやり取りで、仁にもうっすらと見当がついてきた。
「……鉛か?」
「ジン兄、正解」
鉛中毒。
『鉛白』は古代から使用されてきた白色顔料で、組成は塩基性炭酸鉛である。
化学式は2PbCO3・Pb(OH)2となる。
顔料としての性能は優秀で、隠蔽力も強い。
絵の具だけでなく、おしろいにも使われた過去がある。
その場合、中毒症状に悩まされた患者が多数出ている。
特に遊郭や、歌舞伎俳優などに見られたという。
現代日本では使用を禁止(昭和9年以降)されているため、おしろいによる鉛中毒は発生していない。
それとは別に、オクタン価を高めるための有鉛ガソリンや、電子機器に使われるはんだ(鉛とスズの合金)も問題視されている。
また、戦地で銃弾を浴び、それが体内に残った場合にも中毒症状が現れる。
「お医者様には診せなかったの?」
「何度か治癒師の方がいらしてたのは覚えていますが、近年は……」
「……公王妃を降りたのもそれが原因?」
「そこまでは存じませんが、可能性はあると思います」
「そう……」
これは診たほうがいい、とエルザは思った。
「ジン兄、公国群では、まだ鉛白が流通している可能性が、ある」
「みたいだな」
「さっそく『アヴァロン病院』へ報告してくる」
「任せる」
これでまた『身分証』の制定が伸びそうだ、と仁は内心で苦笑しつつも、この『鉛中毒』を治療する方法を考え始めていた。
* * *
まずエルザは『アヴァロン病院』に報告。
「鉛中毒ですか!?」
聞いた病院長ハーシャ・クラウドは驚いている。
小群国やショウロ皇国、ミツホなどでは『鉛白』を使わなくなって久しいのだが……。
「そう。その可能性が、高い」
「だとしたら、すぐに各公国に通達を出しませんと」
「それはお願いする」
前公王妃アルフェシア・デ・ミマカが鉛中毒であろうとなかろうと、鉛白を使ったおしろいの使用は即禁止すべきであるから、その点は任せようとエルザは思っている。
「で、明日にでも、ゴウたちと一緒にミマカ公国へ行ってこようと、思う」
「わかりました」
「『ハリケーン改』で行くから、乗り物の心配はいらない」
「お任せします」
これは単に前公王妃アルフェシア・デ・ミマカの治療に留まらず、公国群に潜む鉛中毒の危険を取り除くための第一歩となる。
エルザはそれをハーシャ・クラウドに伝え、正式な『アヴァロン』からの派遣医師であるという書類も発行してもらったのである。
「あとは治療法、それも任せて」
「よろしくお願いいたします」
エルザと仁の医療タッグが再び始動する……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月10日(金)12:00の予定です。
20251007 修正
(誤)『鉛白は古代から使用されてきた白色顔料で、組成は塩基性炭酸鉛である。
(正)『鉛白』は古代から使用されてきた白色顔料で、組成は塩基性炭酸鉛である。