99-07 その夜の会話
『アヴァロン3』の下層にある入浴施設で仁たちが寛げない話題の会話をしている頃、女湯では……。
「みんな、健康に気を付けるようになってきたようで、いい傾向」
「そうみたいですね」
「メルツェも、休憩はちゃんと、とってる?」
「はい、それは大丈夫です」
元『憂世団』メンバーの助っ人が増えたので、重要機密ではない一般事務をかなり任せられるようになったため、負担が減りました、とメルツェ。
「それはよかった。健康第一」
「はい」
「……」
「あれ? エイラさん、どうしたの?」
「いやあ、なんとなく肩身が狭くてさ」
未だに徹夜を辞めきれないエイラである。
「エイラ、身体のコンディションを良好な状態に保つということは、思考のパフォーマンスを最大限に発揮するために必要な、こと」
「はい……」
「どうしても期日に間に合わせなければならない、という時以外は無理は、だめ」
「…………はい」
「そもそも、普通のペースで仕事をしているのに間に合わないというのは、スケジュール管理が間違っている、ともいえるから」
「はい…………」
ブラック企業で働いていた仁からいろいろと当時のことを聞いているので、エルザはそうした労働環境に対して厳しいのだ。
女湯は女湯で、休憩しているのかそうでないのかよくわからない空間だった……。
* * *
その後、仁たちはそのまま『アヴァロン3』の下部フロアで夕食にする。
このあたりは普段あまり使わないエリアなので、ここまで来る者は誰もおらず、従って貸し切り状態でのんびりすることができた。
「この定食は美味しいわよね」
「うん、なんというか懐かしい味がするんだよ」
ゴウとルビーナは日替わり定食を味わっている。
今夜はご飯、クルム(アサリ)の味噌汁、ハンバーグ、プレーンオムレツ、トポポ(ポテト)サラダ、お新香、緑茶付き。
「あたしはこの海鮮定食が好きだなあ」
「うん、美味いよな」
エイラとグローマは2人とも海鮮定食である。
今夜の内容は、ご飯、クルムの味噌汁、マグロの刺身、トレバー(アジ)フライ、サンマの塩焼き、海苔の佃煮、お新香、玄米茶付き。
そして仁とエルザ、メルツェは『アルカディア定食』。
これはここ『アヴァロン3』がデウス・エクス・マキナの『アルカディア』だった時に仁が制定した献立で、要は和洋折衷の仁好みの献立である。
内容は……ご飯、油揚げとホウレンソウの味噌汁、甘い卵焼き、肉トポポ、冷奴、煮豆、お新香、ほうじ茶付き。
定食はそれぞれ特色があって美味しくできていた。
なお、ご飯のおかわりは自由である。
味噌汁、お茶も。
* * *
「ふう、堪能しました」
食後、貸し切り状態の食堂でお茶を飲み、仁たちは寛いでいた。
エイラとグローマの2人は、自分用の覚書を仕上げてしまいたいと言って戻っていったので、ここにいるのは『仁ファミリー』メンバーだけである。
「明日はステアリーナの誕生日だからな」
ということで、仁がズバリ言い出した。
今年の仁は、ちゃんと皆の誕生日を覚えており、忘れずに開催、出席している。
「明日の『世界会議』は大した議題もなく、いつもどおりの話し合いのはずだから、『分身人形』を代理に出席させてくれ」
「わかりました」
「はい!」
「了解」
「そうさせていただきます」
そして話題は『レムリア』のことに。
「ゴウとルビーナは、実際どうだった?」
「そうですね、当時の技術者がどんな思いであの基地を作ったのか想像すると、なんだか切なくなりました」
「作業中にもそんなこと言ってたわね」
「うん……戦争が苛烈になった時代に、なんとか間に合わせようとして必死になっていたんだろうな、ってさ」
アーノルトも頷いた。
「うん、ゴウ君の言うような空気はあったな。が、戦禍が広がっていない僻地はまだましだったよ」
「そうだったんですか」
「そりゃね。人間、気を張り詰めっぱなしではいられないものだからね」
張り詰めた糸は切れやすいものだから、とアーノルトは言う。
「作業の効率化を考えたら、きちんと休憩を取って、規則正しい生活、整備された環境下で作業すべきなんだが……」
「切羽詰まるとそうした考えが否定されるんだよなあ」
ブラック企業時代のことを思い出した仁も同意した。
「感情論が出てくるようになると、もう末期的だよなあ……」
当時、どうして管理職はそういう簡単なことがわからないのだろう、と疑問に思ったことを仁は思い出していた。
「メルちゃんの方はどう?」
少し重くなった雰囲気を払拭するように、ルビーナがメルツェに尋ねた。
「ええ、おかげさまで大分楽になってるの。……って、さっきも言ったわよね」
「助っ人が増えたんだっけ」
「そう。……『憂世団』の事務系の人たちね」
思った以上に優秀で、基本的な事務仕事はもう全部マスターしてくれた、とメルツェは言った。
「あと2ヵ月もすれば、もっと楽になるでしょうし、1年後の正式採用後なら、通常業務は半分以下になるでしょうね」
「それほどか……」
「ですから、ジン様には感謝してます」
「俺は別に……」
「いえ、『憂世団』の人たちを採用しようとなさってくれたことは知ってます」
「そっか」
有能な人材はどしどし登用すべきだからな、と仁は言う。
「『アカデミー』の方も、適性試験が終わればいよいよ各研究室に研修に来ると思うよ」
アーノルトが言った。
「はい、楽しみです」
さらなる発展の兆しが見えてきた『アヴァロン』である……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回の更新は6月24日(火)12:00の予定です。
20250622 修正
(誤)思考のパフォーマンスをを最大限に発揮するために必要な、こと」
(正)思考のパフォーマンスを最大限に発揮するために必要な、こと」
(誤)今年の仁は、ちゃんと皆の誕生部を覚えており、
(正)今年の仁は、ちゃんと皆の誕生日を覚えており、
(誤)1年後の制式採用後なら、通常業務は半分以下になるでしょうね」
(正)1年後の正式採用後なら、通常業務は半分以下になるでしょうね」
(誤)「『アカデミー』の方も、適性試験が終わればおよいよ各研究室に研修に来ると思うよ」
(正)「『アカデミー』の方も、適性試験が終わればいよいよ各研究室に研修に来ると思うよ」




