96-93 貴重な経験
病気の描写に注意です
エリアス王国ノルド州東部の漁村『ナリーポニャ』に研修に来た『看護師候補生』一行は、午前中は『医師』の診察と治療を見学した。
そして昼休みを挟んで午後からは、臨時入院患者の世話をすることになる。
ここには『アヴァロン世界医師団』の開業場所として、テントが2つ建てられており、その1つが『診療所』で、もう1つが『臨時病棟』となっている。
テントとはいえ、『地底蜘蛛絹』製(蓬莱島産ではないので強度は少し落ちるが)なので、下手な木造家屋よりも丈夫である。
また空調も完備されているうえ、ベッドも高品質のものが使われているため、居心地はよい。
「入院中の患者さんは現在2名です」
『治癒魔法』があるため、入院が必要なケースは稀である。
例外的に、『肥満の治療』に代表されるような『慢性疾患の治療』の場合は入院する必要がある。
また、身体欠損が大きかった場合の『完全回復』も、身体的な負担(主に栄養価で)が大きいため、即日帰宅は推奨されない。
「1人は『骨折』の原因が『骨減少症』だったため、治療中です」
骨の密度が若年平均(健康な若い人)の70パーセント未満の場合を『骨粗鬆症』、70パーセント以上80パーセント未満の場合を『骨減少症』という。
「簡単にいうと、骨がスカスカになって脆くなった状態のことですね」
説明してくれているのは『アヴァロン世界医師団』として派遣されている『医療研』のマスミ・ドウメン。
今年24歳で、茶色の髪、茶色の目をした優しげで小柄な女性である。
「骨は常に更新されている。一方では壊し、一方では作られる。壊す方が優勢になってしまうと、骨密度は減っていく」
エルザDも簡単に骨密度の変化について説明をした。
「骨の密度が若い時に比べて低いだけなので、単なる『治癒』では治せない。だから入院する必要が、ある」
「わかりました、エルザ先生」
「では、どういう治療を?」
「『再生』を使えば、10回くらいで骨密度は十分元に戻る」
「でも先生、それって魔力素を大量に消費するので『医療用自動人形』にしか使えないんですよね?」
「そう。だから『医療用自動人形』の『エンジュ』にやってもらう」
実際には『人造人間』であるエルザやリシアにも可能なのであるが、それは秘匿されている。
「それでも、1回で骨密度は2パーセントくらいしか上昇しない」
「なぜですか?」
「……ナルン、聞くばかりじゃなく、考えてみて?」
「あ、はい。……骨はカルシウムでできているから、骨の密度を上げるにはカルシウムが……ああ、わかりました」
「ん、言ってみて」
「はい。……カルシウムの摂取が必要だから、ですね?」
「正解。カルシウムは経口摂取し、消化管から取り込まれるから、一気に増やすことはできない」
「わかりました」
「もうお1人の入院理由は何ですか?」
「『再生不良性貧血』です」
「?」
『医師』でもなく、まだ『看護師候補生』でしかないナルンたち5人には聞き慣れない病名だった。
「これは主に『骨髄』に存在する『造血細胞』の障害により、血液中の赤血球・白血球・血小板などが減少してしまう疾患です」
「……!」
「『療治』で骨髄の障害は治せるのですが、赤血球・白血球・血小板が元に戻るのには時間が掛かるので入院してもらっています」
赤血球・白血球・血小板が減少している間は、いろいろな疾患に掛かりやすいため、無菌室に近い環境で過ごすのが望ましいのである。
「わかりました……」
ここでミーネDが『看護師候補生』たちに一言。
「患者さんの中には、一見健康な方もいらっしゃいます。そうした方はじっとしていられず、外に出たがることもあるでしょう。ですが、それは悪手です。主治医の指示を厳守するよう、注意しなければなりません」
特に子供の場合は難しいから、とミーネDは結んだ。
「はい、ミーネ先生」
と、隣のテントが騒がしくなった。
「どうしたんでしょう、先生?」
「急患みたいですね」
リシアが言った。
「皆で様子を見に行きますよ」
「はい!」
「はい」
* * *
隣のテント、つまり『診療所』には、中年男性が担架で運ばれてきていた。
手足に痙攣が起き、口からは涎が垂れている。
患者が『診療所』のテントに運ばれる前に、エルザDは独自に診察した。
「これは……もしかして……?……『診察』……『破傷風』!」
「破傷風!?」
「大変だ!」
破傷風は、破傷風菌に感染して発症する。
破傷風菌は筋肉を痙攣させる破傷風菌毒素を出す。
放置すると中枢神経に障害を起こし、命に関わる。
破傷風菌は酸素を嫌う『嫌気性』の細菌で、土中にいるため、ガーデニングや農作業で罹患するケースもある。
「……『破傷風』ですって!? ……『療治』!」
エルザDの診断を耳にしたショウ・トニカ・ナカイは、すぐに感染症に効果のある『医療魔法』を掛けた。
「それだけじゃ、駄目。……『解毒』」
「あ、そうでした。破傷風菌を殺しても毒素が残っているんですよね!」
「ん、慌てては、駄目」
「はい。私もまだまだ未熟でした」
破傷風の患者には、破傷風菌とその毒素、双方への対策が必要になるのだ。
「……お医者様とて万能ではありません。慌てることもあるでしょう。そのような場合にも、サポートして差し上げる必要があるのです」
ミーネDが、諭すように言った。
「わかりました、ミーネ先生」
* * *
日帰りとはいえ、この研修は『看護師候補生』たちにとって、非常に有意義なものになったようである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20240407 修正
(誤)エルザDも簡単に骨密度の現象について説明をした。
(正)エルザDも簡単に骨密度の変化について説明をした。
(誤)放置すると、中枢神経が侵され命に関わる。
(正)放置すると中枢神経に障害を起こし、命に関わる。




