96-35 チョコと発酵
12日午後、ゴウとルビーナの『ロータリーエンジン』の開発を見てきた仁は、ふと思い立って『ハリケーン改』の『転移門』を使い、蓬莱島へ。
入れ替わりに『分身人形』が『アヴァロン』へ。
蓬莱島へ何をしに行ったかといえば、『チョコレート』の進捗状況を確認するためである。
「老君、どうだ?」
『はい、御主人様。まずまず順調です。……一部、やり直しがありましたが』
「やり直し?」
『はい、御主人様』
「何か不具合があったのか?」
『はい。『カカオマス』からチョコレートと……ココアを作ろうとしたのですが、ココアの風味が出ませんでした』
「へえ?」
『そこで資料となる書籍を精査した結果、『脚注』として、ココアは『アルカリ処理』をするとあったのです』
初期は、焙煎したカカオをすりつぶしたもの(カカオマス)を砂糖とともにお湯に混ぜて飲んでいたようだ。
しかし、油分が多く、発酵した際の酸が残っていて刺激が強かったらしい。
そこで『アルカリ処理』を行うことでまろやかなココアパウダーになったという。
「なるほど」
『以前、『クゥへ』で擬似チョコレートを作ったことがありましたが……』
「ああ、あったな」
マルシアとロドリゴがエリアス王国特産の『クゥへ』を使ったチョコレートもどきを作ってくれたことがあったのだ。
『クゥへ』は名前はコーヒーに似ているが、味はココアに近いのである。
そこでチョコレートもどきを作ることができたというわけだ。
エルザとの結婚式のお祝いである。
仁は懐かしく思い出した。
「製法が難しく、定着しなかったんだよな」
『はい、御主人様。おまけに『魔法連盟』が邪魔をしました』
『クゥへ』は『クゥへ』もしくは『クーフィ』と呼ばれる木の実から作られる。
この実はカカオとは異なり、小さな木の実である。
強いて似た木の実を挙げるとすれば『エゴノキ』の実であろうか。
その実から種を取り出し、乾燥させ、殻の部分をすり潰すことで『クゥへ』の元となる粉が出来上がる。
この粉を焙煎することで『クゥへ』となるのだ。
が、この粉は種子の殻であるから水やお湯、油にも溶けない。
そういう意味ではコーヒー豆に近い。
コーヒー豆でコーヒーを淹れるには、紙や布のフィルターを使い、『濾す』必要がある。
『クゥへ』も淹れ方は同じだ。
つまり、すり潰した『クーフィの実』をそのまま使ってチョコレートもどきを作ろうとすると、ジャリジャリした舌触りになるのである。
それを防ぐため、ロドリゴとマルシアは淹れた『クゥへ』を砂糖にしみ込ませるなどの工夫をしたのである。
要するに香り成分だけを取り出してチョコレートもどきを作ったわけだ。
この抽出がコストアップの原因となるため、一般には普及しなかったというわけである。
加えて『魔法連盟』の文化文明破壊のせいで製法が途絶えてしまったようだ。
閑話休題。
仁が知る『チョコレート』『ココア』を作るなら『もどき』ではなく『正真正銘の』ものを作りたかった老君たちなのである。
「なるほど、そうだったか」
『はい、御主人様』
老君の説明では、そうやって様々な処理を試した結果、仁の好みに合いそうなものが完成したのだという。
「それじゃあ、試食してみるよ」
『はい、御主人様。お願いします』
用意された試食分を、仁は口に運んだ。
「うん、美味い! この前食べたものより数段上だ!」
『それはよかったです』
こうして、仁の好みのチョコレートが完成したのであった。
* * *
来たついでに、バニラやナツメグの進捗状況を確認する仁。
『はい、御主人様。申し訳ございませんが、そちらはもう少し掛かるようです』
「それは仕方ないな」
『恐れ入ります。ですが……』
「うん?」
『サキさんとハンナちゃんが、とある研究を行っています』
「それは?」
『発酵を早められないか、というものです』
「へえ……」
老君の説明では、『治癒魔法』を応用したらどうか、という研究だという。
『『医療魔法』ではなくあえて『治癒魔法』と呼びますが、『治療』など傷を治す魔法は、要するに細胞を活性化しているわけです』
「ああ、だから、単細胞生物であるはずの菌類も活性化できるかもしれない、ということか」
『はい、御主人様。それだけではありません。『細胞壁』のある菌類には、『農業系魔法』が効くかもしれないのです』
「ええと……『接げ』とかか?」
『まあそうです。……実際に使えそうなのは『成長促進』ですが』
「聞いたことがないな……」
『はい、御主人様。最近になってロロナさんが開発したものです』
「ロロナが……そうなのか」
『成長促進』は促成栽培に使える魔法で、植物の成長を1.2倍から2倍くらいに早めてくれるもの。
ただし、肥料、水、日光などの条件を調えてやらないと効果が低い。
「なるほど、麹も菌だし、麹菌には細胞壁があるわけか……」
『はい、御主人様。そういうことです』
まだ研究は始まったばかりですが、と老君。
『今日の午後からはロロナさんも協力してくれるとのことです』
「おお、そりゃ楽しみだ」
『成長促進』を開発した本人であり、スパイスを探してくれた主要人物でもある。
そのロロナが協力してくれるなら大いに期待できる、と仁は楽しみに思ったのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20240209 修正
(誤)が、この粉は種子の殻であるから水やお湯、油にもに溶けない。
(正)が、この粉は種子の殻であるから水やお湯、油にも溶けない。
(誤)『じはい、御主人様。お願いします』
(正)『はい、御主人様。お願いします』
(誤)ただし、肥料、水、日光などの条件を整えてやらないと効果が低い。
(正)ただし、肥料、水、日光などの条件を調えてやらないと効果が低い。




