92-76 実験の成否
掛けた工学魔法を安定化あるいは固定化する工学魔法。
それを仁は模索中である。
「対象は『強靱化』や『硬化』などだが……『変形』だって対象になるかもな」
一般に、工学魔法は攻撃性はないと思われているが、使いようでは凶悪な効果を及ぼせる。
敵の武器に『軟化』を掛ければ、剣は斬れなくなり、槍は曲がり、盾は凹む。
強力なゴーレムだって『変形』で関節を変形させてしまえば動きが鈍る。
ただし、基本的には『接触しなければ発動しない』ので、事実上は不可能。
まあ、礼子なら相手の剣を掴んでから『軟化』を掛けられるだろうが……。
これを防ぐために、表面にアダマンタイトコーティングをする、という方法がある。
アダマンタイトは魔法力に関しては抵抗が大きいため、生半可な魔法は効かないからだ(仁は全く問題としないが)。
しかし、自動人形の体表面にアダマンタイトコーティングをするわけにはいかない。人間らしく見えなくなってしまうからだ。
『魔法障壁』で相手の魔法を防ぐという方法もあるが、障壁を張り続けていると、周囲の空間から『自由魔力素』を取り込めなくなって停止してしまうことにもなりかねない。
セルフ兵糧攻めのようなものだ。
ところで、工学魔法は、掛け手の技量によって効果持続時間が変わる。
仁が掛けた場合、外乱がなければ数百年は持続するのだ。
これは400年前に仁が処理した物品を調べればすぐに分かること。
しかし、仁はそれで十分だとは思っていない。
「俺の掛けた『強靱化』と、初心者の掛けた『強靱化』の何が違うのかな?」
それがわかれば、一歩進めるかもしれないと仁は思いついたのである。
かと言って、『仁ファミリー』には工学魔法が下手な者はいない。できない者はいるが。
「近いうちに『オノゴロ島』か『アヴァロン』で初心者に掛けてもらって比較してみるかな」
この研究はそれからにするしかない、と仁はここでとりあえず考察を止めたのである。
* * *
そして、昼食の時間となる。
仁もラインハルトも、ハンナもサキもリシアもエルザも、『実験』の結果を知りたくてウズウズしていたので、作ったのは五色ゴーレムメイドのトパズ1。
献立はトーストだ。
焼きたてのパンをスライスし、エアベール(いちご)ジャム、ブルール(ブルーベリー)ジャム、プルメ(梅)ジャム、夏みかんのマーマレード、バター、ピーナツバターなど、好みのものを付けて食べる。
飲み物はペルシカジュースもしくはシトランジュース。
皆、落ち着かないのか言葉少なに黙々と食べ、10分ほどで平らげてしまった。
「さあ、確認しよう、さあ」
言い出したのはラインハルト。
「うーん、確かに大体20時間経っているから、いいかな」
時計を確認しながらハンナも頷いた。
「皆さん、食後のお茶だけはお飲みください」
礼子にまでそう言われ、一同仕方なく用意された『お茶』を飲むことになったのである。
「……早く見たいなあ」
「ラインハルトってそんなにせっかちだったっけ?」
やや落ち着いた雰囲気で仁が尋ねた。
こういう時、誰かが慌てていると、周囲は比較的落ち着くことがあるものだ。今がそうであった。
ラインハルトがわざとそんな態度をとったのかは、本人のみぞ知るところである。
「ああ、早く見たいな……あちちっ」
「落ち着いて飲めよ、ラインハルト」
「もう一杯いかがですか?」
「え? わっ、あ、ありがとう」
「くすっ」
飲み終える前にお代わりを注がれたりして、一同十分な食休み時間をとることができたのだった。
* * *
「さあ、いよいよ確認だよ」
午後1時少し前、一同揃ってハンナの工房へ。
「20時間を超えたね。それじゃあ『亜自由魔力素波』を止めるよ」
ハンナは『亜自由魔力素波』の照射装置を停止させた。
そしてまだ手を触れず、照射対象となっていたシールドケースを凝視する。
「おにーちゃん、このケースを『分析』してもらえる? 私の目視ではほとんど変化がないように見えるんだけど」
「わかった。……『分析』……うん、材質には特に目立った変化はない」
「ほんと? やった!」
『精神触媒』を多めに添加したミスリル銀は『亜自由魔力素波』の影響を受けなかったのである。
『人為的魔術変異元素』にも、類する素材にも変化してはいない。
「それじゃあ、いよいよ中身だね」
「ハンナちゃん、取り出すのはわたくしがやります」
ハンナに代わって礼子がシールドケースを開け、中に保存した『魔結晶』を取り出した。
「おにーちゃん、お願い」
「任せておけ。……『分析』『分析』」
仁は2回『分析』を行った。
「……どう?」
期待半分、不安半分でハンナは仁に尋ねた。
「……成功だ」
「え?」
「成功だよ、ハンナ。この『魔結晶』は全く変質していない。……ほら、こっちの細片な。これは実験前にこいつから分離した比較サンプルなんだが、これと比較しても変化はない。おめでとう!」
同じ『魔結晶』で、『亜自由魔力素波』を当てていないものと比較していた仁なのであった。
「そんなことやってたんだね、おにーちゃんは」
「くふ、2回『分析』を行ったのはそういうわけだったんだね」
サキも納得し、大きく頷いた。
そしてハンナは、
「じゃあおにーちゃん、こっちはシールドせずに直接『亜自由魔力素波』を同じ時間浴びせた『魔結晶』だけど、調べてくれる?」
と、比較用とするため、シールドしなかったサンプルを仁に示した。
「よし。……『分析』……これは……」
「どう?」
「通常ではありえないほど、分子構造がスカスカになっている」
これが『制御核』だったら使いものにならなくなっている、と仁は断言した。
「つまりシールドケースは大成功だ!」
これを受けて、そこにいた面々から拍手が起きた。
「ハンナちゃん、おめでとう。サキ姉、おめでとう」
「ハンナちゃん、サキ、やったな! おめでとう!!」
「ハンナちゃん、すごいです」
エルザ、ラインハルト、リシアもまた、賛辞を述べたのだった。
「これで、重要機器を『亜自由魔力素波』から守る見通しが立ったよ」
仁は嬉しげに言った。
「くふ、あとは『精神触媒』をもっともっと手に入れたいねえ」
サキはサキで、そんな希望を口にしたのであった。
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