12-10 アアル
昼食後、仁、ラインハルト、サキの3人は工房へ戻ったが、ベルチェは残ることになった。
ラインハルトが、ベルチェを付き合わせるのは可哀想だと言ったからである。
ベルチェは退屈でも一緒にいたいと言ったのだが、
「3時のティータイム、久しぶりにベルの作ったアレを御馳走してくれよ」
とのラインハルトの一言で、彼女は『アレ』なるものを作って待つ事になったのである。
「さて、あとは皮膚、顔、髪なんかだな」
素材を棚から運びながらラインハルトが言った。
「サキ、なにかリクエストはあるかい?」
サキは考え込んだ。
「うーん、特にはないんだが……強いて言えば、目の色は水色がいいな。髪は淡い金髪で、短く」
それを聞いた仁が真っ先に思い浮かべたのはエルザの顔。さっそく取りかかる。
そこで、特に何も考えずに、エルザをモデルに、もっと中性的にした顔にしていく。
ラインハルトは助手。仁の手腕を間近に見ながら、その技術を憶えようと必死だ。
丁寧に作業したため、1時間ほどかかったが、見事に自動人形の外装は出来上がった。
「ふんふん、いいねいいね。なかなか好ましいよ。ジン、見事だね!」
残るは細かい作業である。
発声装置の調整(声質)、視覚の調整、聴覚の調整など。
「ジン、制御核はどうするんだい? また、『ロッテ』みたいに、誰かの行動パターンとかをコピーするのかな?」
ロッテとは、かつて仁が、エゲレア王国に行ったときに、友人のクズマ伯爵に依頼されて作った、王子殿下専属のメイドゴーレムである。
その時は、クズマ伯爵家の侍女長の知識や動作をコピーさせてもらった。
「ああ、今回はもう用意してあるんだ」
仁はポケットから、基準となる情報記録用の魔結晶を取り出した。
これは、蓬莱島で働いている5色ゴーレムメイドたちと同じ物である。
「『知識転写』レベル6」
これにより、蓬莱島と同様、最高水準の家事が出来るようになる。つまり、仁の好物も作れるのだ。実はこっちの方が理由としては重要だったりする。
そして動力源は、かつてのエレナと同じ、魔素貯蔵庫と自由魔力炉である。
「ジン、これは?」
ラインハルトも初めて見る魔導装置であった。仁は説明をする。
「ふうん、これがあのエレナとかいう自動人形の……。すると、これを備え付ければ、半永久的に動くというわけか?」
「ああ、自由魔力素さえあればな」
これは魔導大戦時にあった技術であるし、アンやティアなどは、魔素変換器と魔力炉を持っていた。
蓬莱島ゴーレム・自動人形の下位互換装置であるが、十分に実用的だ。
「ふうむ、魔素貯蔵庫に自由魔力素を蓄え、自由魔力炉で魔力に変えているのか。興味深い」
サキはぶつぶつ呟きながら、2人の作業ぶりを眺めていた。
完成したのはお茶の時間になる少し前だ。
「よし、起動するか。礼子、自由魔力素を少し分けてくれるか?」
「はい、お父さま」
礼子の体内にある魔素変換器には、エーテルを集めるための機能が付加されている。つまり、礼子の体内には自由魔力素がかなりの量存在しているのだ。
工学魔法『魔素譲渡』。滅多に使われないが、魔力炉でなく魔素変換器を起動させるときなどに使う。
今回作った自動人形は戦闘用ではないので魔素貯蔵庫は小さめ。なのですぐに満タンとなり、自由魔力炉を起動させることが出来るようになった。
「『起動』」
仁が口にした魔鍵語により、自動人形は目を開けた。
「初めまして、製作主様」
今回の制御核製作は仁が主であるから、製作主とは仁の事である。
「よし、お前の主人はこのサキ・エッシェンバッハだ」
「はい。サキ・エッシェンバッハ様、よろしくお願いいたします」
声も中性的になるよう調整したので、仁は『宝塚の男役みたいだ』と密かに思っていた。
その自動人形はサキに向かってお辞儀をした。
「サキ、名前を付けてやってくれないか」
仁が声をかけると、初めて自動人形から主人として傅かれてどぎまぎしていたサキは我に返って、考え初めた。
「名前か……そうだな……」
やがて思いついたらしく顔を上げたサキは、一つの名前を口にする。
「よし、この子は『アアル』と呼ぼう」
「はい、ご主人様。私の名前は『アアル』です」
「アアル?」
聞き慣れない名前だった。
「ああ、昔読んだ本に、1、2、3、4……のことを、イイ、アアル、ザン、スウ……と書いてあった事を思い出してね。世界第二、ということで2を意味するアアル、としたのさ」
「なるほど」
ラインハルトは素直に感心したが、仁はそれでは済まなかった。
「さ、サキ、その本って? ……俺も、イー、アール、サン、スー、ウー、リュー、チー、パー、チュー、シーという数え方を知っているんだが」
「へえ、似ているね。でも済まない、ジン。古文書というか、昔のことを書いた本にあっただけで、4までしか書いてなかったし、そもそも数とかを解説した本じゃないんだ」
サキの説明に仁の力が抜けた。
「……そうか、済まないのはこっちだ。変なこと聞いたな。今はアアルのことに集中しよう」
「よし、アアル、立ってみるんだ」
サキはアアルに指示を出した。
「はい」
アアルは立ち上がった……と思ったら、ガッシャン、と大きな音を立ててテーブルが倒れた。よろけたアアルがしがみつき、一緒にひっくり返ったのだ。
「だ、大丈夫かい?」
「はい、ご主人様。私は大丈夫です」
そう言って立ち上がろうとして、再びアアルは転倒する。仁の目には、制御系が上手く働いていないように見えた。
「よし、アアル、とりあえず座れ」
椅子に座らせた仁は、制御系の調子をみるため、1つの課題をアアルに与える。
そのために仁は、サキに頼んで粘土を用意してもらった。
「よし、アアル、この粘土で団子を作ってみるんだ」
はい、と言ってアアルは粘土に手を伸ばし……握りつぶしてしまった。
その様子をみたラインハルトは失望したように言った。
「ジン、失敗だ。力をまったく制御出来ていない……」
だが仁の意見は違った。
「アアル、時間がかかってもいい。何度でもやってみろ」
「はい、製作主様」
指示に従ってアアルは何度も粘土に手を伸ばす。そしてその度に握りつぶしてしまう。
「……ジン、やっぱり駄目だよ。何が悪かったんだろう?」
落胆するラインハルトとは裏腹に、仁は目を凝らしてアアルの動作を見つめていた。
「ジン、ボクの気のせいかね? だんだんアアルは器用になってきている気がするんだが……」
その言葉通り、少しずつではあるが、アアルが粘土を握る力加減を憶えていくようだった。
そして10分後。アアルは見事に粘土を丸く丸めることに成功したのである。
「やっぱりそうか……」
「ジン、一人で納得していないで、説明してくれたまえよ」
ラインハルトはまだ理解に苦しんでいた。それはサキも同様。仁はそんな2人に、自説を開陳する。
「おそらくだが、『触覚センサー』からの信号と、俺の用意した制御式の整合が取れていなかったんだと思う」
仁が用意したのは、先代から伝わる情報も含む、蓄積された制御式。当然、触覚というものは考慮されていない。
触覚という未知の情報をどう扱っていいかわからず、制御系が混乱していたのが当初のアアルだ。
それが、時間をかけて『慣れ』てきたので、粘土を丸める事が出来るようになったわけである。
「なあるほど、筋は通っているな」
「ボクはそっちの方はよくわからないけど、ということは、アアルはまだ身体を使うことに慣れていない、ということでいいのかい?」
仁はサキの言った事を肯定した。
「そんな感じかな。だから、アアルには、赤ん坊のようにして少しずつ動作を憶えさせるのがいいと思う」
「ラインハルト様ー! お茶の時間ですわよー! 遅いのでお迎えに来ましたわ」
折からベルチェが呼びに来たので、アアルにはそのまま粘土細工を続けさせ、仁たちはお茶をしに母屋へ向かった。
(礼子、念のためアアルを見ていてやってくれ)
仁は小声で礼子に指示を出すのを忘れなかった。
中国語の数詞の発音は、異論もあるかと思いますが。
お読みいただきありがとうございます。
20150515 修正
(旧)初めて自動人形から『ご主人様』などと言われてどぎまぎしていたサキは我に帰って、考え初めた
(新)初めて自動人形から主人として傅かれてどぎまぎしていたサキは我に帰って、考え初めた
20160304 修正
(誤)サキは我に帰って
(正)サキは我に返って