11-31 老君の処置
「リシアさんとパスコー・ラッシュがトーゴ峠に到着」
監視専門の魔導頭脳、『庚申』から老君に連絡が入った。
『スピカ7から連絡があった、クライン王国大使としての来訪ですね』
「そのようですが、リシアさんの体調が優れないようです」
『ふむ、それはまずいですね。疲労でしょうか、それとも病気でしょうか』
病気だとしたら、伝染病を心配しなくてはならない。
先日、仁がバロウとベーレをカイナ村に連れてきたが、あれだって、ベーレが伝染病にかかっていなかったからいいようなものの、もしそうでなかったらまずい事態になったことも考えられた。
『殺菌消毒、は魔法でできるとして、リシアさんをそのままカイナ村に入れてしまうのはまずいですね』
老君は方策を幾つか立案し、その中で最も良さそうなものを採択した。
『ランドT、S、R、現地へ急行せよ』
付近を担当しているランド隊の3体は2分でトーゴ峠からカイナ村へ続く街道へ到着した。
『麻痺結界作動』
「あ……」
「う……」
麻痺結界の強度も調整され、苦痛無しに気絶させることができるようになっていた。しかも、馬には影響を与えず、乗っている人間だけをピンポイントで狙える。
崩れ落ちる2人を受け止めるランドTとS。
それぞれ、2人を支えつつ、馬を引いて休憩舎まで一旦戻った。荷物馬はランドRが担当。
『さて、まずはリシアさんに薬を与えましょう』
仁の城に常備してある回復薬の中から、『療治』の効果があるものを選び出すようバトラーBに指示し、持ってこさせる。
およそ10分ほどでバトラーBは現地に到着した。
その間に、ランド達は気絶した2人を診察し、老君に情報を送っていた。老君にはごく簡単な診察程度の知識はあるので逐次指示を与えて診察した結果。
『やはり、リシアさんは何らかの感染症のようですね。原因はまだ不明ですが、所持品の殺菌消毒と……』
老君は仁の知識の中に、『鳥インフルエンザ』と『エキノコックス』という病気があることを思いついた。
『馬と、鳩……鳩が臭いですね』
リシアの馬に乗せられた鳥かご、その中にいる鳩は2羽とも羽を膨らませていたのである。
鳥が羽を膨らませているのは、寒い時、そして具合が悪いときである。
比較的寒さに強い鳥が羽を膨らませているのはまず病気とみていい。孤児院でニワトリを飼っていたので、仁もそれはよく知っていた。よって老君にもその知識はある。
『鳩にも薬を投与しなさい。適量……は分かりませんね、まずは3滴ほど水に混ぜて飲ませましょう。念のため、馬にも』
リシア、パスコー、2羽の鳩、3頭の馬にそれぞれ回復薬が与えられた。鳩と馬への効果は特に劇的で、鳩は見る間に羽根を膨らませるのを止めたし、馬は疲れた様子だったのが元気いっぱいになった。
リシア達2人はまだ麻痺から覚めないが、リシアの熱は下がったようだ。
『あとは殺菌消毒です』
ランド隊に彼等の荷物を全部出させ、光魔法を調節して強力な紫外線を発生させる。仁が開発した魔法、『ブラックライト』だ。
特殊な鉱物は紫外線で発光するのでそれを判別するための魔法だが、それを更に強力にして殺菌作用を持たせたものである。
2人の身体と衣服には使うわけに行かないので、仕方なく『消毒』の効果を付与した回復薬を散布後、乾燥させた。
これにより、一応安心である。
ランドとバトラーは紫外線ではなく、体温発生機能を使い、自らの身体を200度まで加熱して殺菌した。
加えて念のため、カイナ村の人々の健康状況チェックを今までより厳しく監視することを決定。回復薬で治療できることはリシアによって証明済みなので安心だ。
『これで大丈夫でしょう。さて、2人が目を覚ます前に、エルメ川まで運んでしまいなさい』
回復薬によってリシアの熱が下がったことから、万が一病人が出ても対処できると分かったので一安心である。
老君の指示により、ランドR、S、Tはそれぞれ、暴れる馬を平然と担ぎ上げ、トーゴ峠目指して走り出した。その速度、実に時速120キロ以上。
バトラーBはリシアとパスコーを両肩に担いで後を追った。
夕方、午後5時。パスコー・ラッシュは馬の上で目を覚ました。
「うう……寝てしまっていたのか?」
少しぼんやりする頭を振って意識をはっきりさせるパスコー。頭がはっきりしてくると、少し前のことを思い出した。
「そ、そうだ! リシアさん!」
そのリシアは、パスコーの前にいた。鞍に突っ伏しており、寝ているか、気を失っているかのようだ。
パスコーは急いで馬を並ばせ、リシアの肩に手を掛けて揺さぶってみる。
「リシアさん、リシアさん!」
「う……」
「よかった、リシアさん、目が覚めたんですね!」
「うう……ここは?」
頭を振りながら起き上がったリシアは、あたりを見回した。
「ここ……は、エルメ川、のようですね。すると……峠を下り始めて眠ってしまい、そのまま馬がここまで連れてきてくれた、ということでしょうね。でもそのおかげか、すっきりしています」
パスコーも同意する。
「ええ、お恥ずかしいことですが、自分もちょっと寝ていたようです。でも賢い馬たちのおかげで、無事ここまで来られたみたいですね。それよりもリシアさんが具合良くなられた様で良かったですよ」
消身機能でそばに付いていたランド隊は、老君の思惑通りに2人が思い込んだことを知り、その情報を老君へと送った。
『うまくいったようですね。そのまま、彼等が村に入るまで付いていなさい』
老君は自分の処置が上手くいったことを喜び、この一件は何としても仁に報告しなければならない、と判断したのである。
* * *
「……ところでリシアさん、あの建物何ですか?」
夕暮れの空を背景に聳え立つ、見たことのない建築物。もちろん仁のお城の事である。
「さあ……以前来た時には無かったような気がします」
パスコーは逆算してみてその結果に驚愕した。リシアが最後にカイナ村を訪れたのは昨年12月だそうだ。そうすると、ここ5ヵ月以内に建設された建物ということになる。
「数ヵ月であんなものが建てられるものなのか……?」
真実は数ヵ月でなく数日なのだが。
「とにかく、村長さんの所へ行ってみればわかるでしょう」
ということで、2人は橋を渡り、お城の横を通って村に入った。
「あ、徴税官様じゃねえですかい」
そんな声がかかる。
「あ、こんにちは。えーと、ロックさん、でしたっけ?」
「ええ、ロックですよ。今日はどうしたんです? まだ税には早い……っと、税は国に納めなくて良いんでしたっけ」
「ええ、その事で、ジンさんにお会いしたいんですが、今どちらに?」
リシアがそう尋ねると、ロックは困ったような顔をして答えた。
「ジンですかい? さあ、ちょこちょこ出掛けては帰ってくるを繰り返してまして、今度戻るのは今日か、明日か、明後日か……」
「……結局分からないんですね?」
少々ジト目でリシアがそう言うと。
「ええ、まあ」
ロックは照れ笑いした。
とりあえず村長はそのままだ、とロックに聞いたリシアはそのまま村長宅を目指した。
「これはこれはファールハイト様、ようこそ。もう1人の貴族さまもようこそ」
ギーベックが家の前で2人を出迎えた。
「ギーベックさん、お久しぶりです。今回はクライン王国の大使としてやって来ました」
馬から降りたリシアが挨拶する。パスコーも降り、自己紹介する。
「パスコー・ラッシュだ。リシア・ファールハイト大使の護衛である」
ギーベックは恭しくお辞儀をして答えた。
「お疲れでしたでしょう。お泊まりはいかがなさいますか? 私どもで? それともジン殿のお城にしますかな?」
「できれば村長さんの所で……」
いきなりよくわからない建物に泊まるのは躊躇われたリシアはそう答えた。
「わかりました。それではどうぞ。馬は私が厩へ連れて行きます。……おーい、バーバラ!」
ギーベックが奥に向かって声を掛けると、バーバラが出てきた。
「……あ、リシアさん」
「バーバラさん、お久しぶり!」
「バーバラ、私は馬を繋いでくるから、お前はファールハイト様とラッシュ様を客間へご案内しなさい」
ということで、ようやくリシアはカイナ村に辿り着くことができたのであった。
「……やっぱり温泉はいいですね」
バーバラとリシアは仲良く温泉に浸かっていた。が、リシアはバーバラの様子が少しおかしいことに気づく。
「バーバラさん、なんだか元気がないですね。何かあったんですか?」
「え!? な、なんでもないです」
慌ててそう言うバーバラであるが、
「なんでもないことはないでしょう? お友だちじゃないですか、話して下さいよ」
とリシアに言われ、考え直すバーバラ。
「そっか……リシアさん、王都に住んでるんですものね……」
少し躊躇った後、再度口を開いた。
「あ……の、ラグラン商会ってご存じです?」
「ええ、よく知ってます。うちもポンプを取り付けて貰いましたし、コンロも買いました」
「そう……ですか。そ、それで、そこにエリックって人がいると思うんですけど……」
躊躇いがちにそう言ったバーバラを見て、リシアは何かを感じたらしい。
「ごめんなさい、お店に直接入ったこと無いのでわからないです」
「そう……」
再び落ち込むバーバラ。そしてぽつりと。
「……アルバン、行ってみようかなあ……」
病気?についての決着はまだもう少し先です。
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