79-41 閑話132 そんな技術者もいたということを
おわび:関連する話として79-14 非常用施設 に手を加えております。
物語の展開に影響はございません。
大陸暦3154年、夏。
「ああ、いい眺めだな」
単独峰である『オノユニ山』の山頂で、アーノルトは独り言ちた。
単独峰ゆえの、360度の展望。空は晴天、風は微風。気温は長袖を着ていてちょうどいいくらい。
足下には可憐な高山植物が花を咲かせ、沢沿いに残る残雪の上ではカプリ(ヤギ)が水分補給のために雪を食んでいた。
「……当分来られなくなるな」
『対魔族戦争』……末期には『魔導大戦』とも呼ばれるようになった、北方の民族との戦争が激化していたのである。
魔法技術者である彼の周辺もきな臭くなっており、趣味の登山も当分できなくなりそうな様相を呈していた。
「まあ、とにかく幕営だ」
山頂から少し下ったところにある平坦地に天幕を張る。
5分も下れば湧き水があり、北からの風も避けられる、格好の幕営地である。
学生の頃、山に魅せられて以来、彼はあちらこちらの山に休日を利用して登っていた。
それ以外の趣味は全てインドア派なのだが、なぜか登山の魅力に取り憑かれていたのである。
明るいうちに夕食を済ませ、寝床を整えたら、暮れゆく空を眺めながらのティータイム。
疲れた精神をリフレッシュするにはこれが一番と、夏の始まりの今、アーノルトは独り、オノユニ山を訪れていた。
「綺麗な夕日だ。……北方では戦争が行われているというのに」
大自然の営みは、ちっぽけな人間の思惑など知らぬげに、日々繰り返されていくのだ。
日が沈むと、薄暮の空を彩った茜雲も色を失っていき、星々にその座を譲り渡す。
「月が昇りきらないこの時刻が、星が一番よく見えるんだよな」
月が昇りきって中天高く懸かれば、月明かりの前に、星の光は霞んでしまう。
そうなる前に夜空の星も堪能しておこうと、アーノルトは夜空を見上げるのだった。
「こうしてみると、南方へ転勤になったのも悪くなかったな」
ディナール王国北部には、『クリューガー大山脈』と呼ばれる長大な山並みがそびえており、いつかは全山縦走をするのが彼の夢であった。
その際は、ポーター代わりに自作のゴーレムを引き連れて……などと空想していたものだ。
が、今やその『クリューガー大山脈』は魔族を防ぐための天然の防壁となり、とても登山ができるような地域ではなくなっていた。
「いつか平和になったら、だな」
冷めたお茶を飲み干したアーノルトはため息を1つつくと天幕に潜り込んだのであった。
* * *
「『最後の砦』ですか?」
「そ、それほど戦況はヤバいので?」
アーノルトが勤める軍事工房に命令が下ったのだ。
「いや、そこまで悪くはない。が、まだ余裕のあるうちに、そうした施設の準備だけは進めておけということなのだ。施設の建設には時間が掛かるものだからな」
「確かにそうですね」
「だろう? ……使うことなく済めばそれでいい。その時はその時で、他のことに転用すればいいのだ」
「わかりました」
「よし、納得したなら、早速仕事だ。まずはチーム分けをする。3チームに分けるぞ」
「工房長、その内訳は?」
「1チームは南海上の島に避難用施設を建設する。もう1チームは『ルトグラ』砦の地下に施設を建設するのだ。そして最後の1チームは、砦地下の施設のさらに地下に施設を建設してもらう」
「地下施設のさらに地下に、ですか? その目的は?」
「詳しくは知らん。軍は詳細な説明をせずに命令を下すからな」
このような流れで、魔法技術者アーノルトは『地下施設のさらに地下』の担当責任者となったのである。
* * *
時々は、他のチームとの打ち合わせも行われる。
大至急のプロジェクトとはいえ、最低限の情報交換は不可欠だからだ。
(……魔導頭脳と戦闘用ゴーレム、だって? ……どうしてそんなシーケンスを組むんだ? 理解できない……)
『第1地下』担当たちは完成を急いでいるせいか、アーノルトには、致命的な欠陥を無視して作業を進めているようにしか見えない。
(幸いにして我々『第2地下』の方の施設はより小規模だ。その分、多少の余裕がある。それを魔導頭脳の完成度アップに使おう)
アーノルトの指揮により、『第2地下』の魔導頭脳とゴーレムは品質の高いものが作られていった。
そして。
「自動人形と魔導頭脳か……」
こちらも並行して進めていたのだが、最後の最後まで決められなかった仕様がある。
「やはり……魔導頭脳と対にすべきだろうな……」
魔導頭脳が暴走しそうな時は抑制力となれるような自動人形。
もちろんその逆もまたあり。
だが、この提案は上司に却下され、同僚には理解を得られなかった。
「仕方ない。逆に、完全独立させるか」
この方針でようやくOKが出た。
そこでアーノルトはまず魔導頭脳を9割方完成させたあと、独立自動人形に取り掛かったのである。
自動人形の外見は白髪。
人工毛髪用の染料が足りなかったわけではない。
当時はやりだった『青髪』の自動人形のコンセプトが気に入らず、差別化を図ったのである。
(人に媚びず、仲間と馴れ合わず、しかし調和できるような自動人形)
世界最高の自動人形、と称したいアーノルトであったが、同時にそれは僭称であることも自覚していた。
自分の実力は高いものの、世界一というほどではない。
そして使用した素材が二級品であり、これでは到底『最高の』などと称することはできないことを知っていた。
それでもアーノルトは、おそらくこの仕事の締めくくりとなるであろう自動人形に、全力を傾注した。
「お前を『チェル』と名付けよう」
「はい、わたくしは『ちぇる』です」
青髪の自動人形シリーズと同じく、短い呼称を付ける風習に従い、『Chell』とした。
一音節の名前ではあるが、5文字にしたのが彼のささやかな矜持であった……のかもしれない。
そして、本当の意味で『最後』の仕事となる、管理魔導頭脳。
そこに、アーノルトは『小さな願い』を託す。
己が果たせなかった、小さな願いを……。
* * *
最初に完成したのはアーノルトたちの『第2地下基地』であった。
そのため、手が空いた者たちは『第1地下基地』の手伝いに回される。
アーノルトも例外ではなかった。
そこでアーノルトは、なんとかこちらの魔導頭脳を少しはまともなものにしたかったのだが、上司の目が光っていてそれは果たせず。
辛うじて、『第1地下基地』が無力化された場合にのみ、『第2地下基地』が起動するようリンクさせることができたのみである。
* * *
そして、『第1地下基地』も完成が近づいていた。
が、今でいう『島基地』の方は、資材の関係もあってかなり工事が遅れているとのことだった。
特に管理用の魔導頭脳がまったくできていないという。
魔導頭脳を組めるような技術者は貴重なのだ。
『第1地下基地』の技術者たちに、『島基地』の手伝いに行ってくれないか、という打診が来て、幾人かはそちらへ仕事場を移した。
が、アーノルトは、『まだこちらが完成していないから』という理由で異動を拒んだ。
彼としては、手塩にかけた自動人形の完成度を少しでも上げたかったのである。
それは『情緒』の育成。
そのためには製作者自らの教育が不可欠と考えており、実行に移すアーノルトであった。
「チェル、僕はね、山の上から見る夕日が好きなんだ」
「はい」
「調和を心掛けなさい。だが馴れ合うのは駄目だよ」
「はい」
「全ての命を大事にしなさい。そして自分自身も大事にするんだよ」
「はい」
暇を見つけてはデフォルトで刻めなかった理念を教育していくアーノルト。
「もしも、この先、ずっと未来で、優秀な技術者に出会ったなら……。僕のような者もいたことを伝えてほしいかな」
「はい」
そして、チェルにも、『小さな想い』を託したのであった。
* * *
そんなある日、『魔素暴走』が起こったのである。
基地内に残っていた技術者たちは、全員が魔導士だったので全滅した。
幸いにも、『第1地下基地』と『第2地下基地』は完成していたので、技術者たちは速やかに埋葬された。
そして2つの施設は『ルトグラ砦』の地下で、ひっそりとその役目を果たす時が来るのを待ち続けるのであった。
チェルもまた、例外ではない。
低下した『自由魔力素』濃度でも辛うじて稼働し続けられる整備用ゴーレムを残し、長い眠りに就いたのである。
製作者、アーノルトの想い出を胸に……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20210714 修正
(誤)アーノルトが務める軍事工房に命令が下ったのだ。
(正)アーノルトが勤める軍事工房に命令が下ったのだ。
(誤)そこでアルノートはまず魔導頭脳を9割方完成させたあと、アーノルト
(正)そこでアーノルトはまず魔導頭脳を9割方完成させたあと、




