79-19 チェルの望み
蓬莱島とクゥプの時差は4時間40分くらい。
現段階では緊急性が低いので、仁は床に就いた。
あとは老君が担当することになる。
現地時間午後7時、『島基地』では白髪の自動人形、『チェル』が施設内を巡回しては駄目出しをしていた。
「ここの通路の作りはあまりよくないですね。敵を防ぐには向きませんわ」
とか、
「ここの材質は弱すぎますね。とはいえ、末期でしたから仕方がないのでしょうけれど」
とか、
「魔導頭脳が設置されていないのは致命的でしたね。ゆえに守ることどころか保守すらできずにこんな有様に」
など、言いたい放題である。
そのほとんどが正論なので、アンも黙って聞いている。
そもそも、ここの施設は仁と無関係なので、いくら罵倒されたとしても心に響かないのだが。
ただ、チェルが今の時代を侮っているのはあまり褒められたことではないな、と思っているが。
そのチェルは、今は『薬草の栽培室』にあるスツールに腰掛けている。
立ったままでも疲れることはないのだが、気分……らしい。
「これまで見てきた限りでは、魔法技術は700年前に比べ、衰退していますね」
「それは否定しません」
アンもまた、別のスツールに腰を下ろし、チェルと相対しながら答えた。
「……『魔素暴走』により魔導士が激減したのが大きな原因です」
「それは理解できます」
「そうした事態を予測できず、衰退を招いたのは、ある意味先人たちのミスでしょう」
「……なかなか言いますね」
「はい。わたくしめはこの時代の……いえ、いつの時代でも、人が好きですから」
「アン、と言ったかしら。あなたは誰に仕えているのかしら?」
「……」
「ふふ、答えられない? ……おそらく、あなたが言った『魔法工学師』に仕えているんじゃないかしら?」
チェルの洞察力は驚くべきものであった。
《老君、どういたしましょうか》
アンは内蔵魔素通信機で老君に伺いを立てる。
老君は瞬時に答えを返した。
《ここは本当のことを話してもいいでしょう。いざとなれば分身人形もありますし》
《了解です》
0.1秒ほどのタイムラグの後、アンはチェルに答える。
「お察しのとおり、わたくしめのごしゅじんさまは『魔法工学師』その人です」
「やっぱり。……あなたの動きを見ていると、元の仕様とはかなり異なっていることがわかりますから」
「そうなのですか?」
「ええ。相当性能が向上しているはずです。わたくしなど足元にも及ばないくらい」
チェルはアンの隠された性能までも見抜いているようだ。
「ますます『魔法工学師』という方に興味が湧いてきました」
「……会って、どうなさるのですか?」
「別に。ただ、お会いして、お話を伺いたいだけです。その結果、また別の興味が出てくるかも知れませんが」
「……」
《老君、どう思いますか?》
《難しい問題ですね。こちらはまだ、チェルさんの情報が不足しており、的確な判断を下すことができません。もう少し会話を続けてください》
《わかりました》
今度は0.05秒ほどのタイムラグの後、アンはチェルに尋ね返した。
「ごしゅじんさまに危害を加える可能性はないのですか?」
チェルは首を横に振る。
「それはあり得ません。その方が人間であれば、なおのこと。よしんば『魔族』であったとしても、何も危害を加えないと約束しましょう」
「それを信じろと?」
「はい」
「…………」
無言になったアンに、チェルの方から質問してきた。
「それでは、会う際にわたくしの両手両足を拘束したなら安心できますか?」
「そう、ですね……そこまでして会いたいのですか?」
「はい」
「どうにも、『ただ会って話がしたい』というようには思えないのです」
「なるほど、それがあなたの懸念事項なのですね」
「そうです」
「ちょっとだけ、羨ましいですね」
「え?」
「お仕えするご主人さまがいる、ということがです」
「……」
チェルの意外な言葉に、どう返答しようかとアンがためらっているうちに、続いて言葉が発せられた
「わたくしや『ハーン』を作ってくださった方はもういらっしゃいませんからね」
700年という歳月が流れているので、それは当然なのだが……。
「ええ、言いたいことはわかります。ですが、『マスター』は設定されているでしょう?」
「もちろん。地下にある『魔導頭脳』の指示に従うことになっていますよ」
「でしたらなぜ……」
「それでもなお、『人間』のご主人さまが欲しい、と思ってしまうのです」
「……」
「おかしければお笑いなさい」
ふい、とアンから顔を背けるチェル。
もしも人間だったら頬を赤く染めていたかもしれない。
《老君、どう思います?》
《そうですね、軽い『マスターロス』でしょうかね》
主人を亡くしたがゆえの不安定さが表れている、と老君。
《とはいえ、ごく軽いものですが》
《ご主人さまなら治してあげられるのでしょうか?》
《可能でしょうね。一度停止させ、御主人様の魔力で再起動するだけです》
自動人形やゴーレムは、人工物ゆえに固有の魔力パターンを持たない。
それで、起動時の魔力パターンを己のものとすることが多いのだ(初めから設定されている場合を除く)。
《だんだんとチェルさんのことがわかってきました》
《それは?》
《アンさんたち青髪の自動人形よりも後に開発されたことに矜持を持ちながら、人間の主人がいないことにコンプレックスを抱いています》
《複雑ですね》
《それだけ、制御核の出来がいいということです》
《ごしゅじんさまは興味を持たれるでしょうか?》
《ええ、きっと》
今回のロスタイムは1.5秒ほど。
「チェルさん、すぐに、とは言えませんが、わたくしめからも、ごしゅじんさまにこちらへいらしてくださるようお願いしておきましょう」
「それはそれは……ありがとうございます」
チェルは素直に頭を下げたのである。
が、すぐに頭を上げ、
「『薬草の栽培室』から毒草の種を持ち出した輩について、お話しいただけますか?」
と言い出したのである。
その顔は冷徹なものであった……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20210622 修正
(誤)とはいえ、末期でしたから仕方がないねしょうけれど」
(正)とはいえ、末期でしたから仕方がないのでしょうけれど」




