78-01 お忍びでの行幸
2月8日の朝、宮城から勅使がやって来た。
勅使がもたらした知らせとは、
「……今日の午後3時に、陛下がお忍びでいらっしゃるそうだ」
というものだった。ただしそれだけで、渡された手紙には、何の用で来るかは書かれていない。
「……これは、間違いなくメルツェの件だろうな」
仁が言った。
「そうでしょうね」
「そうだろうね」
「ん、間違いない」
ダイキ、ラインハルト、エルザも同意見だった。
「え、え、え!?」
当のメルツェはパニック寸前だ。
無理もない。数日前までは一般人だと思っていたのに、実は皇帝家の血筋……現皇帝の『叔母』にあたると言われても、自覚できるはずがない。
「うーん……面倒になりそうだから、僕とベルは蓬莱島に戻っていようかな」
「そうですわね、あなた」
皇帝陛下が来訪した際、見知らぬ人物がいるのといないのとでは印象が違うだろう、とラインハルトは言って、『転移門』で蓬莱島へと戻っていったのである。
……先日購入したワイン数樽と一緒に。
まあそれはそれとして、ルビーナは残っている。
というのも、メルツェと仲よくなったからだ。
ゴウはといえばちょっと面白くなさそうな顔をしている。
「大丈夫よ、メルちゃん。ジン様もいるし、ダイキのおじ様もいるし」
「そ、そんなこといったって、皇帝陛下よ? この国で一番偉い方よ?」
「でもメルちゃんは、その皇帝陛下の叔母さんになるんでしょう?」
「お、叔母さん? ……へ、陛下って、もう40歳近いんでしょう? 私、13よ?」
「いや、こういう場合、歳は関係ないんじゃなかったっけ」
一般的に叔父叔母の方が年上のことが多いというだけであって、年下の叔父叔母もいる。
「そ、そうかな……」
「大丈夫よ、取って喰われるわけじゃないし」
「……でも……」
ルビーナのフォローで、少し落ち着いてきたメルツェではあったが、顔色はよくない。
そこで仁も黙っていられなくなり、声を掛ける。
「メルツェ、緊張しなくても大丈夫だよ。陛下と会う時には俺もエルザもダイキも一緒にいるから」
「あ、はい……」
「ん、心配はいらない」
「ありがとうございます……」
助けてくれた仁や、体調を診てくれたエルザにも言われ、メルツェはようやく落ち着いてきたようだ。
「お茶を淹れました」
そこへ、5色ゴーレムメイドのペリド102がハーブティーを運んできた。
「カモマイルティーです」
カモマイル、カモミール、カミツレとも言う。キク科のハーブで、アプルル(リンゴ)のような香りがあり、リラックス効果があるという。
近年、ショウロ皇国中部でよく栽培されているハーブで、初心者にも受け入れられやすい。
リンスに使うと髪の艶がよくなるというので、特に貴族女性の需要が高い。
「あ、美味しい」
「うん、これはいいな」
ちゃんと飲み頃に冷ましてあるので、猫舌の仁にも味わって飲むことができた。
仁が気に入ったのを見た礼子は、『内蔵魔素通信機』で老君に報告。
老君は蓬莱島での栽培を進めていくことにしたのである……が、それはもう少し先のお話。
* * *
「……メルツェさんの身の振り方を考えてあげないと」
エルザが言った。
別室に集まったのは仁、エルザ、ダイキ。それに礼子とホープ。
ココナとゴウ、ルビーナはメルツェのそばに付いている。
ゴウも一緒なのは、歳が近いから、という理由だけなので、本人は嫌々ながら、である。
それはそれとして、エルザとしては、メルツェの境遇に対し多分に同情的なのである。
「……皇帝家の一員になるか、あるいは一般人として暮らすのか、という二者択一だよな」
「ん、そうなると思う」
「だけどこうなってしまったら、一般人として元どおりの暮らしは難しいんじゃないかなあ」
「私も、そう思う」
「微妙な立ち位置ですからね」
皇帝家の血筋であるが、帝位継承権はない。
「ですが、取り込もうとする貴族は多いと思いますよ」
嫁に迎えれば、皇帝家との繋がりができるわけであるし、生まれた子供は皇帝家の傍流であるということになる。
それは貴族としては実に喜ばしいことであろう。
「本人は貴族にはなりたくないだろうけどな」
「短い期間だったけど、メルツェさんの主治医として過ごした身としては、そう思う」
「本人に確認する……わけにもいかないか」
「そうですね。まだ皇帝家から打診されたわけではないですから」
今のところは、仁たちが気を回してこんな話し合いをしているだけ、ということになる。
「まずは、私たちがメルツェ嬢を守ってあげるつもりだ、ということをはっきりさせておけばいいのではないでしょうか」
「そうだな。ダイキの言うとおりかもしれない」
「ん」
その場での話し合いは、そういうことで決着したのである。
* * *
そして午後3時、屋敷の前に豪華な馬車が停まった。
皇帝陛下のお忍びともなると、どうしても目立ってしまうようだな、と、仁はその昔女皇帝の訪問を受けたときのことを懐かしく思い出していた。
お忍びであると言っても、そこは皇帝陛下をお迎えするわけで、ダイキ・ココナ夫妻と養子ゴウ、仁・エルザ夫妻、礼子、ホープらが出迎え、近習2人、近衛騎士2人らと共に皇帝陛下をお守りしつつ屋敷内へ。
そこには5色ゴームメイドと執事ゴーレムバトラーDがいて、一行を迎えたのである。
そして客間にて。
「陛下、ようこそおいでくださいました」
屋敷の主であるダイキが改めて挨拶を行う。
「うむ、急なことで迷惑を掛けるとは思ったのだが、やはりこういうことは早く済ませておきたくてな」
「メルツェ様の件ですね?」
「そうだ。あまり多くの者に知らせたくもないのでな。手紙には書かなかった。その件は詫びよう」
「畏れ多いことでございます」
そこへ、ゴーレムメイドのルビー102がワゴンでお茶を運んできた。
時刻は午後3時15分、ティータイムである。
皇帝や近習、近衛騎士たちの目の前で急須から湯呑みにお茶を注ぐ。もちろん全員分。
毒が入っていないアピールだ。
そしてホスト役であるダイキがまっ先にお茶に口を付ける。
その次が護衛筆頭である近衛騎士が。
近習が。
そして皇帝が、という順番である。
「おお、これは美味いな」
皇帝も唸るお茶の味。蓬莱島で栽培されたお茶である。
そのため、『自由魔力素』の含有量が多く、『旨味』が増しているのである。
お茶を飲み終えた皇帝は、
「美味いお茶であった。それでは本題に入ろう」
と言って、本題を口にした。
「メルツェについて話をするためにやって来た。彼女を呼んでくれぬか?」
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