77-48 閑話130 メルツェに短剣が渡るまで
ショウロ皇国皇帝ヴァンフリート・ラスガン・フォン・サファス・ショウロは、大陸暦3819年に生まれた。
幼名はラスガン・ショウロ。
兄弟は多く、彼は次男であった。
暗い金髪、碧眼。中肉中背。容姿は整っており、次男の気楽さで若い頃は奔放であった。
皇帝にはなれないはずであったが、皇太子である兄が早逝したため、39歳で皇帝位に就いたのである。
皇后の他に皇妃(ショウロ皇国では皇后ではない夫人のこと)が3人いた。
が、子宝にはさほど恵まれず、辛うじて皇太子とその弟、つまり男子2人をもうけることができた。
君主としては可もなく不可もなくといったところ。
取り立てて名君というわけではないが、代々の皇帝家の名を汚すような暗君でもなかった。
在位中に好んだのは敬愛する『大明慈母皇帝』にあやかり、お忍びでの国めぐり。
ただしそれは、事前に家臣たちが手回しをした町を視察するだけという、形だけのお忍びであったが。
「……ふむ、民は余の治世に満足してくれているようだ」
「そうでございますな、陛下」
「だが、気を緩めず、国を治めていかねばな」
「はっ」
とはいえ、驕ることなく国を治めた点は評価されてもいい。
周囲にいたのも、忠臣とまではいえずとも、奸臣ではなかった。いわば能臣、といったところ。
ゆえにショウロ皇国は穏やかに治まっていたと言えよう。
ところで、世の中は『魔法連盟』が幅を利かせている時代。
ショウロ皇国は比較的その影響が薄かったが、世界規模の『魔法偏重』『科学軽視』の風潮は抑えきれていなかった。
そのため、魔導士であることが大きなステータスとなり、学問は二の次とされていたのである。
それは皇帝家にも及び、皇帝ヴァンフリート・ラスガン・フォン・サファス・ショウロもまた、魔法を重視し、学問を軽視する傾向があったことは否めない。
彼は65歳の時、長男エグモントに皇帝位を譲り、ここにショウロ皇国皇帝エグモント・アーレンス・フォン・ガルネス・ショウロが誕生した。
譲位して太上皇帝となったヴァンフリートは、若い頃の奔放さを取り戻した。
視察と称して国中を旅行して回ったのである。
「うむ……若き頃に見た民の姿と、少し違うな。やはりあれは、演出されたお忍びであったか……」
事ここに及んで、ヴァンフリートもようやく気付いたのであった。
そしてますます、お忍び=国内巡りに精を出す。
退位してからの5年間で、ほとんどの町を訪れたのだ。
これは歴代の皇帝・太上皇帝がなし得なかった偉業である。
なお、彼の妻たちは、10年ほど前に流行した病気により4人とも没しており、その心痛も手伝ってヴァンフリートは息子に譲位した、とも言われている。
* * *
さて、そんな国内巡りに同行した侍女の1人がゼルマである。
元宮城勤めの侍女で、ヴァンフリートが退位した際に手元に残したのである。
3868年生まれで、栗色の髪、鳶色の目をしており、中肉中背……というか、かなりプロポーションはよかったようだ。
そしてヴァンフリートが手元に残した最大の理由は、大のお気に入りだったから。
もっと言うなら『お手つき』だったからである。
4人の妻たち……皇后・皇妃たちを相次いで失ったヴァンフリートの心の隙間を埋めてくれたのがゼルマだったのだ。
そして、国巡りの旅も終わり近い頃、ゼルマに子供ができたことを知る。
「本当か、ゼルマ?」
「……はい、陛下。陛下の……御子でございます」
「そうか……」
この歳になって……当時のヴァンフリートは69歳だった……子供ができるとは思っていなかったが、紛れもなく自分の子であることは確信できた。
なにしろ、5年近くもゼルマを手元に侍らせており、里帰りすらさせていなかったのだから。
「元気な子を産んでくれ。……だが、儂の子であると公にはできぬ。それはわかってくれ」
「はい、陛下」
「だが、そなたとその子の生活は保証しよう」
「ありがとうございます」
ヴァンフリートは私財をゼルマに分け与え、さらには彼女の故郷に小さな家も買い与えた。
そしてゼルマのお腹が目立ってきた頃には、侍女としての役目を解いた。
「今までご苦労だったな、ゼルマ」
「お世話になりました、陛下」
その時に、ヴァンフリートは一振りの短剣をゼルマに与えて言った。
「これは、お腹の子が皇帝家の血筋であることを証明するための短剣である。もしもそなたが、またその子が、儂の、あるいは皇帝家の庇護を欲するならば、短剣を証拠に名乗り出るがよい」
その短剣は、400年前に仁がヴァンフリートとよく似た名前の皇子……ヴィンフリート・ショウロに贈った、おもちゃの短剣であった。
だが現在では、『皇帝家の血筋を証明する』という伝承を残すのみ。
皇帝家の血を引くものが魔力を込めれば、その刀身が金色の光を放つ、というもの。
現皇帝エルンスト2世も、幼い頃に一度その輝きを見たという。
皇帝家の至宝であるが、ヴァンフリートとしては、だからこそ己の誠意をゼルマとそのお腹の子に示したかったのだろう。
その短剣を持った我が子が、皇帝家の一員としていずれ迎えられる……そんな空想をしたのかもしれない。
いずれにせよ、太上皇帝ヴァンフリートは皇帝家の至宝を己の一存で持ち出し、あまつさえ侍女に与えたのである。
この1点は、歴代の皇帝からお叱りを受けるべき暴挙であった。
なにしろ、この時を境に、ショウロ皇国宮城の宝物庫から、『皇帝家の血筋を証明する短剣』が消えてしまったわけだから。
とはいえ平和な時代。短剣がなくなっていることに気付いた者は誰もいなかったのである。
* * *
こうして『証拠の短剣』は、元侍女ゼルマの手に渡った。
月は満ち、ゼルマはヴァンフリートの子を産んだ。女の子であった。
「あなたの名前はメルツェよ」
命名はヴァンフリート。女の子ならメルツェ、と言っていたのである。
ちなみに男の子だったらなんと付けようとしたのか……それはゼルマが故人となった今ではわからない。
再び時は流れ、ゼルマは還らぬ人となり、代わってメルツェを育ててくれた祖父母もまたこの世を去った。
そして『証拠の短剣』はメルツェのものとなる。
天涯孤独になったメルツェ。
唯一の頼りは『証拠の短剣』だったが、自分が皇帝家の血筋であるなどという話は俄に信じられるはずもなく。
短剣を鑑定してもらった道具屋の主人が、最近隣国セルロア王国で勢力を伸ばしつつある『公平党』の一員であったことが、メルツェの運命の転換点であった。
誘拐という試練を乗り越えたあと、彼女を待っていたものは……。
既に語ったとおりである。
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本日4月25日(日)は14:00に
異世界でホムンクルスになっていたのでスローライフを目指す
https://ncode.syosetu.com/n8402fn/
を更新します。
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20210425 修正
(誤)ショウロ皇国皇帝ヴァンフリート・ラスガン・フォン・サファス・ショウロは、大陸暦3805年に生まれた。
(正)ショウロ皇国皇帝ヴァンフリート・ラスガン・フォン・サファス・ショウロは、大陸暦3819年に生まれた。
(誤)この歳になって……当時のヴァンフリートは84歳だった
(正)この歳になって……当時のヴァンフリートは69歳だった
20210426 修正
(誤)「お世話になりました、閣下」
(正)「お世話になりました、陛下」




