77-46 快気祝い
「はい、どなた?」
ドアが5センチほど開いて、女が外を窺いながら返事をした。
「ええと、向かいの部屋に泊まっているクライネといいます。ちょっと盗難事件がありまして……」
盗難、という単語を聞いた女は、急いでドアを閉ざそうとしたが、『クライネ』は足の爪先を隙間に挟んでそれを阻止。
「ちょっとだけ、話を聞いてほしいんですが」
「……話す事なんかありません!」
「いえ、そちらにはないでしょうけれど、こちらにはあります。ちょっと中に入れてくれませんか?」
「その必要はありません。あんまりしつこいと人を呼びますよ?」
だが『クライネ』はしれっとしている。
「どうぞ。その場合困るのはあなたでしょうけれどね」
「どういうことよ!?」
「……短剣」
「!?」
ぼそっと呟いた『クライネ』の言葉に、女はビクッと反応し、ドアを押さえる力が僅かに緩んだ。
すかさず『クライネ』は足をドアに突っ込み、さらに身体をねじ込んで女の部屋に押し入ったのである。
「な……なんなんですか、あなたは! 本当に、人を呼びますよ?」
「どうぞ。私は皇帝家に依頼され、短剣を取り戻し、犯人を捕まえに来ました」
「!!」
『クライネ』が目的を明らかにすると、女は身を翻し、窓から飛び出そうとした。
……が。
「おっと、そうはいかないぞ」
そこには『アルフレート』が待ち構えていたのであった。
「ううう……」
「諦めなさい、『公平党』さん」
「なっ……なんでそれを!?」
「もうわかっています。……そのバッグの2重になった底に短剣が隠してあることも」
「……あんたたちはいったい何者?」
「皇帝陛下の代理人、と言っておきましょう」
「……」
女から力が抜けた。諦めたようだ。
『クライネ』は用意していたロープで女を後ろ手に縛った。
魔法行使ができないよう、『魔力妨害機』を首に掛けた。
そして『アルフレート』と共に部屋を出、女を連行していく。
宿の主人には事情を話し、迷惑料としてお金を置いてきた。
「確保完了」
時刻は午後6時15分。
「ね、ねえ、まさか夜通し歩かせる気じゃないでしょうね?」
今、『アルフレート』と『クライネ』は捕縛した女を連れて街道を西へと歩いているところである。
日が暮れた空には星が瞬いていた。
そんな中、立ち止まることなくずんずんと歩くものだから、女も不安になるというものだ。
「大丈夫だ。じきに迎えが来る」
「迎え?」
「ほら、見えた」
見上げた『アルフレート』の視線をたどれば、暗い夜空に星とは異なる光が見えた。
それはぐんぐんと近付いてくる。
「チーフの『ハリケーン』だ」
「はりけーん? ……『ハリケーン』……って! 『魔法工学師』の飛行船じゃ?」
「知っているのか?」
「もちろんよ。つい最近も、なんとか記念館を建てたじゃないの」
「『アドリアナ記念館』だな。……ほら、もう着陸するぞ」
ウルムの町から1キロほど離れた荒野に、『ハリケーン』は着陸した。
「ご苦労だった、『アルフレート』、『クライネ』」
「ご足労ありがとうございます、チーフ」
「その女性が犯人か?」
「はい。証拠もこのバッグの中に」
「……」
仁に見つめられた女は睨み返す。
「そう、あんたが『魔法工学師』……」
「そういう君は?」
「あたしはアデリナ。アディとも呼ばれてるわ」
「偽名じゃないだろうな?」
「なんでそう思うの?」
「公平党の工作員ならそれくらいしていてもおかしくないからな」
「なるほどね。何もかもお見通しってわけね」
「いや、何もかも、ってわけじゃないがな……まあいい、乗れよ」
『アルフレート』と『クライネ』に付き添われ、アデリナは『ハリケーン』に乗り込んだ。
そして『ハリケーン』は静かに離陸。
機首を西に向け、一路ロイザートを目指した。
今回も非常用最高速であるマッハ2を出して。
6時半を少し回った頃、『ハリケーン』はロイザートの屋敷に到着。
そこには、ダイキから連絡を受けてやって来た警備兵が仁たちを待っていた。
「ジン様、その女が?」
「そうらしい。これが証拠のバッグだ。底が二重になっていて、そこに短剣が隠してある。ただし今はダミーの短剣だけど」
「お預かりします」
警備兵の1人がアデリナを、もう1人がバッグを受け取り、護送用の馬車に乗せて宮城へと戻っていったのだった。
* * *
「……これで終わったかな?」
「ジン様、お疲れさまでした」
ほっとため息を漏らした仁を、ココナが労った。
「夕食の支度ができております」
「お、ありがとう」
屋敷の食堂にはエルザ、ラインハルト、ベルチェ、ゴウ、ルビーナ、そして体調が戻ったメルツェがいた。
仁、ダイキ、ココナが席に着けば、夕食が始まる。
「まずは、メルツェ嬢の全快を祝して。そして事件の終息を祝って」
ホスト役であるダイキが宣言し、乾杯を行う。
ゴウ、ルビーナ、メルツェら未成年者は先日購入したブドウ水、その他はやはり先日購入したワインだ。
「乾杯!」
皆が唱和し、グラスを掲げる。
「メルちゃん、これ美味しいわよ」
「あ、ほんと」
ルビーナとメルツェはもう仲よくなっていた。
ゴウはちょっと複雑そうな顔でそんな2人を見ている。
「ゴウ、まあしょうがないよ」
仁はゴウを慰めた。
「あ、ジン様」
「ゴウやルビーナくらいの年頃だと、同性同士の方が気が楽な面があるからな」
「そうなんですか?」
「ん、確かにあると、思う」
エルザにもそう言われ、ゴウは苦笑いを浮かべた。
「それにルビーナも同年代の同性の友達ってあまりいないみたいだしな」
「ああ、それは確かに」
「まあ、それはゴウも同じだろうけど」
「うぐっ」
「でも、近いうちに社交界にも顔を出すようになれば、自然と友人もできる……かも」
エルザが変な慰め方をした。
「それも面倒そうなんですけど」
「ん、仕方ない。それも貴族のあり方」
「大丈夫だよ。ダイキは、そういう面倒ごとは最低限に抑えてくれるから」
「だといいんですけど……」
夜空には満天の星。
ロイザートの夜は、平和に更けていくのだった。
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